第3話:俺と、無策なのですがうーむ(1)
さて。
娘さんが婿取り嫁入りをする気になれるように協力する。
あらためて考えるとすごいことを引き受けた感がありました。恋愛なんてからっきしな俺がそんな協力をね? 門外漢も良いところで、アホかお前って自分に言いたくなる感じであって。
事実悩むしかないはめに陥って。
これね? 本当、どうしよう? 俺はまったく『うーむ』でした。『うーむ』で『うーむ』しかなく。本当俺はどうしたら……
「ノーラ?」
俺の前では、娘さんが首をかしげて俺を見つめていて。
おっと、でした。
悩むことに没頭して周囲に意識が向かっていなかったようです。悩むことも大事ではありますがね。今は現状にもしっかりと意識を向けましょうかね。
とは言っても、別に大した現状でも無いのですが。
春の日差しの温かい午後です。俺はカミールさんの屋敷の放牧地にいまして。
当然、俺一体ではありません。目の前には、首をかしげられたままの娘さんがおられまして。そしてです。この場には、ラナにアレクシアさんもおられました。
このメンツで何をやっているかと言えば、それはえーとアレなのですが、ともあれです。
娘さんが見つめてきておられますが、何かしらの用事があってのことでしょう。俺はともかく娘さんに応じます。
「すいません、ボーとしちゃいまして。何かありました?」
尋ねかけますと、娘さんはニコリ……いや、ニヤリ? なんか意味深な笑みを浮かべられて、ラナを手のひらで示されて。
「ラナさんがだね、ノーラにご挨拶したいそうで」
何ですかね、その奇妙な言葉遣いとにやけ面は。
いぶかしく思いつつ俺はラナに目を向けます。ラナは犬座りで俺を見つめているのですが、何か不機嫌? と言いますか、嫌な予感がするってそんな表情?
そんなラナの鼻面をです。アレクシアさんは笑いがこらえきれないという顔をされながら、軽くなでられまして。
「そうです、そうです。ラナさんがですね、ノーラにご挨拶したいそうで」
ラナさんがですか? ご挨拶? 今さらと言いますか、あのどういうことで? 俺がボーとしている間に一体ここで何が起きていたのか。
不思議たっぷりですが答えはすぐそこにあることでしょう。
俺が見つめる中で、ラナは言葉を作って。
「ご機嫌いかがでしょうか、ノーラ様? わたくしはラナと申します。以後お見知り置きを」
艷やかな女性の声でそうおっしゃって、ペコリと頭を下げられたのですが……あのー、ラナさん?
「……えー、どうされましたかな? その大仰な口調は?」
「これが女子の普通の口調で挨拶だとお聞きしましたの」
「左様でしたか。ですが、ラナさんや」
「はい」
「それ絶対間違ってます。少なくとも、俺やラナが使うような口調じゃないから」
娘さんとアレクシアさんがニコニコと見つめる中でです。
ラナは『なるほど』と小さく呟いて。
『いやね? 私がいつも聞いている感じとは大分違うなって正直思ってたけどね?』
『その直感はうん、バッチリ合ってたよ。素晴らしい観察力だね』
『ありがとう。で、何? 私遊ばれてたって、そういうこと?』
『まぁ、端的に申しますと……』
そうかそうか、とラナさんでした。見る見るそのまなじりは鋭角につり上がっていきまして。
「くぉら、このバカ女どもがっ!! 私をダマしやがったなっ!!」
ドスの効いた声で吠えかかりまして。ですがそのバカ女どもさんたちにはまるで効果は無いようでした。
アレクシアさんは一連の流れがツボにはいったみたいなのかな? 腹筋になかなか来ているらしく、腹を押さえて前かがみになりながらに応じられます。
「ご、ごめんなさい。ラナがこんな口調で喋ったらさぞかし可愛らしいだろうと思ってしまいまして、えぇ」
一方の娘さんも同じ心地らしく。
こちらは目尻に涙を浮かべながらの笑い顔でした。
「ご、ごめん。でも、可愛いだろうなって思って実際可愛くて。本当になぁ、可愛いなぁラナは、本当にもぅ」
そう口にして、ラナの頭に抱きつくようにして頭を撫でたりされて。
少なくとも悪意が無いということで、ラナもどうにも怒りようが無いようでした。ラナはただただため息をこぼすしかないようでしたが、えーと、ともあれです。
これが現状でした。
ラナが人間の言葉を学びたいなんて、よく分からない学習意欲を先日見せてきたのですが。
それが実現しているのでした。もう学び始めて一週間にもなるけど、今日もまたアレクシアさんを講師にした学習会が開かれているのです。
しっかしすごい上達速度だよね、ラナ。
読み書きを覚えるよりも、しゃべれるようになる方がはるかに容易い。言語に関して、そんな風聞を耳にしたことがあるけど、それにしてもねぇ?
前提としての魔術をさらっと会得して、あっという間に日常会話程度には不自由しないようになって。
俺が毎日練習に付き合っていることもあるのでしょうが、それにしてもだよね。ラナの基礎能力の高さをあらためて思い知ることになったなぁ。本当、すごい。マジですごい。ただ、何が胸中にあって、ここまで熱心に学んでいるのか、それは分からないのでしたが。
まぁ、その理由について、何かを感じさせる部分はあるのですが。不意に、ラナはじとりとした目線を送ってきて。
『しっかし、アンタもアレね。こんなヤツが好きだなんて。趣味悪いんじゃないの?』
『んな失礼な。娘さんは俺にとっては素晴らしい人だけどね』
『ふん、そうかい。アンタにとってはそうかもね。ただ、私には……ちょっと無理よね。これはね』
ラナは不機嫌そうに、しかしそれだけでは無いように思える目つきで抱きついてくる娘さんを見つめていますが。
こんな感じなんだよね。
言葉を学びたいと口にしてきた日から、ラナはよく娘さんのことを見つめるようになっていて。気にかけるようになっているみたいで。
ラナが言葉を話そうとしていることには娘さんが関係している。そんな気はするのですが、まぁ、今はです。ラナの胸中は非常に気にかかるところですが、俺は今重要なタスクに精魂を注がなければならないので。
娘さんねぇ。
本当、娘さんなぁ。
「サーリャさんは楽しそうですねー」
声をかけさせてもらいますと、娘さんは「ははは」と満面の笑顔でした。