第1話:俺と、親父さんのお願い(1)
絡み酒。
わりと経験のあることでした。もちろん俺は絡まれる方でしたけどね。サンドバッグとしてはなかなか俺は高性能だったようなので。ストレス発散のために、かなりのところイビリ倒されてきたものですが、うーむ。
こんな絡み酒は初めてかもなぁ。
新鮮な思いでいる俺はリャナス家の夜の放牧地におりまして。で、犬座りする俺の隣にはです。親父さんでした。あぐらをかいた親父さんが、月夜を眺めておられます。
この様子だけでしたら、ドラゴンと連れ立って初春の宵の風流を味わっておられるって感じなのですが。ただ、ぐいっとでした。手に持つ酒瓶をラッパ呑みにあおられまして。親父さんの口から酒瓶が離れたと思ったら、ワインのものらしい酒気の含まれたため息が深々ともれだします。
「はぁ……何なのだ、アイツは。まったく……なぁ、ノーラ?」
もう、かなり酔いは回っている感じですねー。頬を紅潮させた親父さんが、すわった目をして俺に尋ねかけてこられます。その雰囲気はまぁ、絡み酒と言ってまさしくといった感じで。
ただ、もちろん相手は親父さんなので。絡み酒にしては初めてですが、俺には不快感はまったくのゼロでした。その点について、信頼出来る方が相手だとこうも違うのかと不思議な感慨はあるのですが、しかし、なんともかんとも。返答に気を使うのは、今までと変わらず……いや、今まで以上でした。
話題が話題でしたので。
俺は『うーむ』と言葉を選びつつ俺は応じます。
「えー、ですかねぇ? 当主殿の思いはまったく正しいもののような感じはしますが」
「だろうな! そうであろうとも! だが、サーリャのやつは何だ? 本当にアイツは婿を取る気があるのか? 嫁に入る気があるのか? どうなんだ、ノーラっ!?」
ただでさえ顔を紅潮させていた親父さんですが、今はもう耳まで真っ赤になっておられました。
んで、どうなんだって言われましてもわたくし困ってしまうのですが、まぁ、ともあれです。これが俺が気を使っている理由なのでした。
親父さんの絡み酒ですが、その肴は娘さんへの愚痴なのです。
アルベールさんの一件以降、なんやかんや冷戦中の親父さんと娘さんなのですが。今日の昼にもですね、どうにもお二人で火花を散らすことになったようで。
そしての今なのでした。すでに酔っ払っていた親父さんが竜舎を訪れて来られまして。で、草原につれて来られての絡み酒です。娘さんに対する愚痴を延々と聞かされていまして。
俺は何とも終始『うーむ』でした。他のどなたかへの愚痴でしたらね。ですよね! 親父さんが正しいですよね! ってイエスマン全開な感じでいられたのですが。
でも、娘さんに関することなので。娘さんを悪し様に言うのは俺には難しいしなぁ。と言うことで、気を使いながら俺は応じることになっているのでした。
「え、えー、そうですねー。サーリャさんにも、何かしら考えがあるのだと思いますがねー」
無難な着地点を目指したのですが、甲斐はまったく無かったようで。親父さんは剣呑に眉根を寄せられまして。
「アイツに考え? んなものは無い! 事実、まともな考えが返ってきたことは一度も無い!」
金の髪を振り乱して親父さんは吠えられたのですが……ま、まぁ、そうですね。俺が覚えている限りでもそんな感じで。正直、娘さんに確かな考えがあるのかは怪しいものでして。
「まったく……本当にまったく……」
親父さんはぐいぐいと酒瓶を傾けられますが、まぁねぇ。気持ちは分かりますね。親父さんはラウ家のご当主でして。
「やはり、お跡継ぎですよねぇ」
俺はそう言葉を作りました。親父さんの立場からしたらね。どうでも娘さんには結婚してもらって跡継ぎを生んで欲しいと、そう思わざるを得ないでしょうしねぇ。
って、はい。
そう俺は思ったのですがね。親父さんは「いや……」と小さく首を左右にされて。
「もちろん望んではいるが、そこまでという感じもあるな」
「へ? そうなのですか?」
「娘が一人しか生まれなかったという時点で覚悟はしていたからな。年頃まで育つかということもそうだが、子の生まれない夫婦などさして珍しくも無かろうに」
「あー、なるほど。それでですか」
「ラウ家にしたところで、直系で続いてきた家では無い。養子を取ることにさして抵抗は無いし、ハルベイユ候領は国人領主ばかりで地縁が深い。周囲の領主はおしなべて親戚のようなものだ。血筋の続いた養子を取ることに難しさも無い。だから正直、跡継ぎをとそこまで熱心に思っているわけでは無いが……」
が……ですか。
親父さんは切なげにため息をつかれて。
「……ふぅ。私と亡き妻の血を継いだサーリャにな、良い家庭を築いてもらいたい。亡き妻の愛したサーリャの子に、ラウ家を継いでもらいたい。私はそう思わざるを得ないのだ」
親父さんはすわった目で俺を見つめられました。
「おかしいか? 私の考えはどこかおかしいか?」
おかしいかなんて尋ねられたらでした。そりゃあねぇ。俺は首を横に振ります。
「おかしいことなんて全く無いと思いますが」
父親としての素直な望みと言いますか。納得しか出来ませんでした。ですよねー。娘さんの子供を跡継ぎにというのは、親父さんからしたら当然願うことでしょうねぇ。
ただ……う、うーむ。
俺は何とも言えない顔になるしかありませんでした。その娘さんですよねー。問題はねー、うーむ。
親父さんも娘さんのことが頭にあるようで。今度のため息は非常に嘆かわしげなものでした。
「はぁぁぁ。しかし、アイツは……本当何を考えているのか。跡継ぎをと強いて求めてはいないが、それでもな? ラウ宗家の一人娘なのだぞ? しかも、アイツもそろそろ良い年頃だ。自分が跡継ぎをと考えて、色々と動いてくれても良いとは思わんか?」
「あー、そうですねー。それはあの、確かに」
「だな、ノーラ? それなのにアイツは。まさか断るとは思わんかったぞ」
「えー、アルベール殿ですか?」
「そうとも! あれほどの良縁が一体どこに転がっているというのか。アイツが何を考えているのか。私にはさっぱり分からんが……そもそもだがな」
親父さんは真顔で首をかしげられて、俺に疑問を投げかけて来られます。
「そもそもだがな、アイツは男に興味があるのか? 私にはな、そんな気配はさっぱり感じられないのだが」
なかなか難しい質問をぶつけられてしまいました。む、娘さんがですか? それはえー、うーん、俺の知る限りではですが。
「正直なところ……あまりそんな感じは」
「はぁ。だろうな。そんな話はさっぱり聞こえて来ないからな。時間がある時にはお前と一緒にいるようだしな。男よりははるかにお前の方が好きだと見えるな」
俺は頷きはしませんでしたが、かなりのところ同意でした。お前の所をドラゴンに置き換える必要はありますが、その通りな感じは非常にします。ドラゴンに向ける興味の千分の一ほどにも、娘さんは世の男性諸氏に興味を向けてはいないような。
ともあれ親父さんは、娘さんが男に興味が無いのではと心配されているようで。その悩みについては非常に理解出来ますが、そこまで心配する必要は無いような気もしますがねぇ。