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俺と、ハルベイユ候の晩餐(終)

 ハルベイユ候の屋敷における晩餐から三日が経ちました。


 その午後です。俺は竜舎でウトウトしていたのですが、マルバスさんを通じて急にカミールさんに呼び出されまして。


 さっさと屋敷の応接室に来いということでした。お前に客が来ているぞ、と。


 お客さんなんて使者さんぶりでしたが、今度はどなたなのやらって俺は急いで屋敷に向かうことになり。


 そしてでした。


 応接室にて目の当たりにした人物に、俺は大きく首をかしげることになりました。


『どなた?』


 思わず声に出してもしまって。


 カミールさんと向かい合うようにして座っている方がおられまして。見覚えが多分無いだろうご老人でした。いや、ご老人なんて言葉の響きにはそぐわないような方で。


 姿勢は素晴らしく良くて、背筋はびしりと伸びていて。髪とヒゲは白かったのですが、それらはキレイに整えられていて清潔感もあれば何とも若々しく。


 そして、目つきは鋭ければ活力にあふれていて。上品と言うよりはどこか土の香りのするようなたくましさを感じさせる方でして、精悍なる老将ってそんな雰囲気ですが……えーと、本当にどなたですかね? カミールさんの一門の方とか、そういう感じで? しかしあの、何か見覚えもあるような気がするのですが、うーん? 


 俺がうろたえているとです。カミールさんは面白そうにクツクツと喉を鳴らされました。


「やはりだな。お前も戸惑っているか。そりゃそうだがな」


 発言から察するに、どうやらカミールさんもこの方と顔を会わせられた時に戸惑われたらしいのですが。


 えーと? 


 とにもかくにもです。俺とカミールさんに戸惑いをもたらしたこのご老人はどなたなのか? そこが気になるばかりでしたが、くだんのご老人です。淡々として口を開かれたのでした。


「三日ぶりだな、ノーラ。息災だったか?」


 朗々とした張りのある声でしたが、どこかしわがれた部分があって。あれ? この声には覚えがって、三日ぶり? となるとです。この方はもしや……?


「は、ハルベイユ閣下で?」


 恐る恐る尋ねかけますと、ご老人は「ふーむ?」と首をひねられました。


「そこまで戸惑うか? やれやれ、今までどれだけ衰えていたかということだな」


 口ぶりから察するにです。どうやらこの方は、間違いなくハルベイユ候のようなのですが。


 思わず、まじまじと精悍な顔つきを見つめてしまいます。え、えぇ? ま、マジ? 本当? 三日前にはあの人、棺桶被って黄泉路を散歩しているような様子でしたが。それがコレ? それって、え? アリなの? アリ?


 俺が戸惑いを深めているとです。カミールさんは納得されたような頷きを見せられて。


「だな。それが普通だな。お前からハルベイユ殿が食事を取られたと聞いていずれはとは思っていたが。だが、三日ではなぁ?」


「は、はい。三日ですよね、三日」


「そうだ。三日だ。まぁ、アレだ。若かりし頃から戦場で鍛えられて生き残られた方は、やはり出来が違うということですかな?」


 カミールさんは楽しげにハルベイユ候に声をかけられて。ハルベイユは「ふむ」と首を傾げられて。


「昨今の将兵と名乗る者共が不甲斐なさ過ぎるだけの気はしますがな。一週間絶食したとて、翌日には戦場を馳駆する。私が若い頃はそれが普通でしたが」


「はっはっは! なるほど。まぁ、貴殿ほどの勇士は昔日にも多くは無かったと思いますがな。ともあれ、お元気になられてなによりで」


 そうですねー。元来たくましかったハルベイユ候は三日であっても体調をかなりのところ取り戻されたようですが、とにもかくにもお元気になられてなによりでして。


「体調の方は何も問題は無いので?」


 見た目通りかなぁと思いつつも、一応尋ねかけさせてもらいます。やはり三日ですし。無理しているところもあるんじゃないかなと思いまして。ハルベイユ候は「ふむ」と考えるような間を置いて答えられました。


「無いわけでも無いが、さしてはな。挨拶に出向くぐらいの余力はある。だが、竜舎に出向くまでは億劫でな。悪いが許せよ」


 いえいえそんなそんなと俺は首を左右に振ります。さすがに三日前を知っていましたらですね、文句を言う気になんてさらさらなれなくて。そもそも小心者の俺は呼びつけられたからといって、文句が頭に浮かぶことは無いのですが。

 

 しかし、アレですね。ハルベイユ候はまだ全快とはならずとも、この屋敷を訪れてこられていて。なんでしょうかね? その目的というものが気になるところでした。


「私をお呼びとのことでしたが、あの、どういったご用件なのでしょうか?」

 

 率直に尋ねかけてしまいます。ハルベイユ候は一つ頷きを見せられました。


「そうだな。そこが重要だ。とは言っても、さしたる用事では無いのだが。お前にな、一つ伝えたいことがあるだけだ」


 伝えたいこと。はて? 皆目検討はつきませんが、もちろんお聞かせ願いたく。俺が耳をすませる中で、ハルベイユ候は淡々と口を開かれました。


「家臣どもはな、お前に感謝していてな」


「へ? 家臣の方々が私にですか?」


「私の体調を一夜で回復に向かわせて見せたとな。知っていたか? 三日前にお前が去っていったその後姿をだな、拝んでいるヤツが何人もいたらしいのだぞ? まったく始祖竜もかくやだな、うむ」


 へ、へぇって感じでした。俺が帰り道についた後ろでそんなことが起きていたんですか。恐れ多いと言いますか、なんか冤罪じゃないけどそんな雰囲気がありますような。


「わ、私がうんぬんって話じゃないと思いますけどねぇ」


 内心を吐露させて頂いたらでした。ハルベイユ候は愉快そうに目を細められるのでした。


「ほぉ? ノーラの手柄では無いと申すか? 晩餐に立ち会った家臣どもなどは、全てはお前のなしたことと毎夜手を合わせているそうだが」


 晩餐に立ち会った家臣さんと言えば、使者さんに侍女さんでしょうが。そ、そんなことになっているのですか。まるで仏様みたいな扱いだけど、俺を拝むことで得られる効能なんてねぇ? 時間を無駄にさせてしまっているようで、非常に申し訳ないような感じですが、えーとハルベイユ候の疑問に答えないとね。


 そりゃそうですと俺は頷きを見せます。


「無いと思います。選ばれたのは閣下自身ですので」


 あるいはきっかけぐらいになったのかもしれないけどね。でも、俺の言葉に人の心を変えるような力なんて無いしなぁ。宗教の偉い人だったり、ミリオン出すような歌手さんだったり、あるいは歴史に名を残すような詐欺師だったり。そんな人たちが持っているようなカリスマ性や技術とは、俺はもっとも縁遠い所にいるので。


 ただただ、ハルベイユ候がそうしたかっただけでしょう。ハルベイユ候自身が回復したいと思われていて、それを実行に移すきっかけが先日の晩餐であったとそれだけのことで。


 とにかく俺はそんなことを思ったのですが、ハルベイユ候は不思議そうに首をひねられていました。


「ふーむ。謙遜しているようにも思えないのが不思議なところだな。本心からそう思っているとすれば、大した自己評価の低さだが」


「えー、私はですね、適切な自己評価であると思っておりますが」


「そうか。だがな、私は初めて見ずにすんだぞ」


「へ? あの、何をでしょうか?」


「寝る前に、息子の顔をだ。あやつが死んでから、就寝する前には必ずまぶたの裏に浮かんだものだったがな。あやつが死ぬ直前に私にすがった顔がだ。だが、見なかった。お前と晩餐を過ごしたその日からはな」


 ハルベイユ候はにわかに虚空に視線をやり遠い目をされて。


「そしてな、代わりに浮かぶものがあったのだ。お前が幸せだったと言ったアイツが大事にしていたものをな。残された妻子に、家臣ども、王家への忠誠もあれば託されたハルベイユの領土。まだまだやることがある。私はそう思うことが出来た」


 ハルベイユ候の顔には静かな笑みが浮かび。


「だからな、私は伝えにきたのだ。家臣どもの思いと、この私の思いをな。忘れるなよ。お前には、このジョシュ・ハルベイユとその家臣たちがついている。いつでも頼れよ。必ずや応えてみせよう」


 その力強いお言葉に、俺は正直戸惑うしかありませんでした。


 か、過分っ! 過分なお言葉過ぎると言いますか、明らかに俺への評価が過分に過剰で。


 どう考えても俺という存在を見誤っておられるのですが……しかし、けっこうですなんてお伝えするのは謎対応すぎますし。それに評価してもらっていること自体は、わりとけっこう嬉しいですし。


「……ありがとうございます」


 とにかく頷きを見させてもらって。ハルベイユ候は「ふむ」と頷かれ、そして何故かカミールさんが笑声を上げられて。


「はっはっは! やるではないか、ノーラ。ハルベイユ殿にここまで言わせるのはなかなかだぞ。だが、ふーむ。これは俺もノーラをこれ以上に丁重に扱ってやらなければ。どうだ? 血筋の良いドラゴンの一体や二体でも紹介してやろうか? ん?」


 どうやら俺をからかいたくなって我慢出来なくなったようで。この人ってある意味若いよなぁ。若くて、何とも対応に難しくて。


 ありがとうございますとでも言っておけばいいんでしょうかね? 悩んでいるとです。ハルベイユ候が呆れたような息を吐かれて。


「相変わらずの御仁だな。アルフォンソの気持ちも少しは分かるというものだが」


「ははは。ご心配は不要ですぞ。私はあの男ほどには王家をないがしろにするつもりはありませんからな」


「やれやれ。そう期待はしたいものだが。ノーラもな、元をただせば王家の下にあるものだ。あまり無下にはされるでないぞ」


「もちろん。まさかそのようなことは無いかと。なぁ、ノーラ? そうだな?」


 俺は返答に迷うことになりました。ど、どうでしょう? 無下にされている感じはありませんが、しかし何だろうね。この素直に頷きがたい感じは。


 まぁ、ともあれです。


 ハルベイユ候が元気を取り戻されて、カミールさんはそのことを愉快そうに歓迎されていて。


 俺が何かしたって感じはないのですね。


 良かった良かった、と。


 俺は目の前の光景に、そんなことを思うのでした。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 やはりノーラが人間だとバレましたね。 他作品で同じパターンは色々見てきましたが、ハルベイユ候がいい人で良かったです。 安心して読めます。 続きを楽しみにしています。 …
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