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俺と、ハルベイユ候の晩餐(6)

「では、こちらへ。主がお待ちです」


 晩餐がね、俺を待っているのです。


 使者さんに連れられて、屋敷の内へ。しげしげとして俺は内装を眺めてしまいます。やはりと言いますか、カミールさんのお屋敷とは違いますねぇ。細部まで化粧をほどこされたようなあの屋敷とは違って、こちらはかなりのところ無骨と言いますか。


 キレイな木目の光る、壁であり床なのですが、それでも装飾は少なくて。ロウソクの燭台なども必要最低限と言った感じで。廊下は廊下でけっこう。必要なものは必要なだけあれば良いってそんな感じですね。


 ぶっちゃけこの感じは居心地が良いですねぇ。ラウ家の雰囲気を思い出させてくれますし。緊張ばかりの胸の内が少し落ち着くような感じでしたが……やっぱ緊張は消えないよなぁ。


 さて、ここからどうなるのか。


 ハルベイユ候との晩餐。それは一体どうなるのでしょうかねぇ? ハルベイユ候の容態もかなり気になりますし、本当落ち着けないなぁ。はてさて、本当どうなるのやら、どうなっているのやら。


「あの、すみません。ハルベイユ候の体調の方は、実際どの程度なのですか?」


 緊張を紛らわすためもありました。使者さんに尋ねかけまして、使者さんは寂しげな笑みで答えられました。


「昨日の通りです。良いとは間違っても言えません」


「目立った症状などはおありで?」


「いえ、衰弱されているという形でして」


「衰弱ですか。栄養などは十分に……あ、いえ」


 失礼な問いかけかなと思って中断したのでした。ハルベイユ候の栄養面の面倒なんて、使者さんら家臣の方々が十分以上に見ておられるでしょうしねぇ。俺の問いかけは、失礼と言ってこれ以上のものは無いでしょう。


 不機嫌にさせてしまっただろうかとビクついたものですが、実際のところそんなことは無くて。


 隣で歩かれる使者さんは、寂しげな笑みにどこか無力感を漂わせられるのでした。


「そうですね。病を負っておられるわけでは無いので。十分な栄養取ってさえ頂ければ話は変わるような気はするのですが」


「え? 取っておられないので? いや、取れないと?」


 俺だって疲れた時にはなかなか喉をご飯が通らなかったものですし。ハルベイユ候もそんな状況なのかと思ったのですが、使者さんは悩ましげに言葉に迷われました。


「そこは……どうなのでしょうね。体調としては、取れないことも無いかとは思います。ただ、以前からです。ご長男を失われてからは、非常に食が細く。今はなおさらでして」


 そう言えば、昨日もそうおっしゃっていましたね。いえ、カミールさんのお茶会でも聞きましたが、長男さんが亡くなられてからは食も細く、以前の様子は失われたと。


 カミールさんはハルベイユ候に体調を回復して欲しいらしく、また俺にしたところで前回の恩人が衰弱状況にあるのはどうにも心に引っかかるところがあり。


 どうにか出来るものならしたいですが。


 ただ……ご長男ですか。ハルベイユ候の疲労の根は深いようで。俺なんかじゃあね? きっともっと身近な人たちがハルベイユ候のために色々と思案と工夫をされてきたでしょうし。


 変なことを考えずに、ハルベイユ候の招待にただ誠意をもって応える。


 これが俺に出来る精一杯でしょうかねぇ、えぇ。


 そんなことを考えている内にです。どうやら目的地にたどり着いたようでした。


 両開きの大扉の前で立ち止まりまして。使者さんは俺に振り返り笑顔を見せられます。


「こちらの広間で主はお待ちです」


 いよいよですね。使者さんは「ノーラ殿がいらっしゃいました」と扉の向こうに尋ねかけて、しかし返事を待たずに扉に指をかけられて。


 俺はちょっと眉をひそめました。もしかしたらです。ハルベイユ候は言葉を返せないほどの状態にあるのでは? かなり不安になりましたが、実際はどうなのか。


 扉が開かれます。


 カミールさんのお屋敷と比べて、全体的に手狭な印象のあるこのお屋敷でしたが、ここは違いました。


 天井付近の採光窓からの斜陽に照らされた広々とした空間。そこは品の良い調度品で満たされており、中央には二十人は余裕をもってかけられそうな長卓が鎮座しており。


 そして、その上座にでした。


「……良く来たな、ノーラ」


 ハルベイユ候がおられました。


 椅子の背にもたれかかるようにして、しわがれた声を俺に向けて来られました。


 俺はにわかに声を上げられませんでした。


 これは……その、確かに。


 弱られているという話でしたが、確かにその通りでした。以前も元気とはほど遠い様子でしたが、今は本当に……あー、何て言ったらいいのか。


 髭と髪の白さばかりが目立って、肌は土気色をして。頬も以前にも増してげっそりと痩け落ちていて。その中で、目ばかりが浮かび上がらんばかりで、そこにだけに力があるようで。


 先は長くない。


 そう思わざるを得ないような、ハルベイユ候の様子でした。


「……何をしている? かまわず入ってくるといい」


 ただ、意外と声音はしわがれながらも流暢なものがあって。とにかくです。俺は驚きをひとまず置いて、頭を下げて広間に踏み入れます。


「は、はい。失礼します」


 踏み入れると、ここでも使者さんが先導されるのでした。俺の居場所は、ハルベイユ候のすぐ側の席ということらしく。案内されて、着席を促されて。もちろん椅子になんてことでは無く、俺ように敷かれたのか瀟洒なじゅうたんの上でしたが。えーと、犬座りで良いのかな? とにかく腰を降ろします。


 そんな俺を間近にしてです。ハルベイユ候はにわかに頭を下げるような動作を見せられました。


「本来なら、立ち上がって出向くべきだろうがな。許せよ。生憎、体調がそれを許さんのだ」


 それは本当、見ての通りでしたが。もちろん気にしていませんと俺は首を左右にするのですが、同時に一言口にしたくもなりました。


 やっぱり療養された方が良いのでは?


 ただ、昨日の使者さんは、ハルベイユ候は自分が死ぬものとして療養は選んでいないとおっしゃっていたので。あえて心配の言葉を口にすべきかどうか。それは非常に悩ましいところでしたが。


「ご招待頂き、まことにありがとうございます」


 ハルベイユ候も、療養しろとはきっと言われ尽くしているだろうしね。ここは感謝の挨拶をさせて頂くのでした。


 ハルベイユ候はひきつるような笑みを浮かべられました。


「はっは。そうか、良いぞ。私を訪れてくる連中は、一言目には私の体調を気遣ってきたがな。気兼ねするなよ。口の方はな、まだまだ回るようだからな」


 案の定と言いますか、多くの人たちは当然気遣いの言葉を発せられてきたようで。俺も口にしたいのですがねぇ。ただ、ハルベイユ候はそんなやりとりに飽きているみたいだし、このまま体調に関しては触れずに話をさせて頂くとしましょうか。


 とは言え、俺から口に出来るようなことは感謝の挨拶以外無いのですが。コミュニケーション弱者らしい結末ではありますが、え、えーと、どないしましょう?


 悩む時間は短くてすみました。


 さすがはホスト役ということでしょうか、ハルベイユ候が口を開いてくれまして。


「広場での活躍は見事だったな」


 本題って感じでした。ハルベイユ候が俺を招いてくれた理由がこれでして。俺はお褒め頂いてっていうことで、再び感謝の意を伝えさせて頂きます。


「ありがとうございます。皆様のおかげで何とかやりきれました」


「謙遜はいらんぞ。良くやったのはお前だ。見事カミールを助け出し、アルフォンソを無様に敗走させてくれた。私は後で話に聞いただけだがな、アレは痛快だった。実に良かったぞ、うむ」


 因縁あるハルベイユ候ではありますが、褒めて頂けますとね? なんともその、嬉しいものでして。俺は頭を下げさせて頂くのでした。


「ありがとうございます。私も皆さんの期待に応えられたようで何よりでして」


「そうか。殊勝なことでもあれば、お前は本当に面白いドラゴンだな。人間以上に義理人情に固いように見える。出来ればな、お前は手元に置いておきたいものだが……」


 ちょっとばっかり冷や汗でした。ハルベイユ候の目には、物欲しそうな光が浮かんでおりまして。まさか、またまたのラウ家との因縁の再燃では?


 

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