俺と、ハルベイユ候の晩餐(4)
娘さんもまた剣呑な表情を引っ込められて、納得の頷きを見せられました。
「そうだったのですか。すみません、妙な勘ぐりをしてしまいまして」
非礼をということで、使者さんに頭を下げられるのでした。使者さんは苦笑でこちらも頭を軽く下げられます。
「いえ、今までの経緯を考えましたら当然の思いでありましょう。こちらこそ、サーリャ殿に疑わせてしまって申し訳ない思いで一杯です。それで、どうでしょうか? ノーラ殿への晩餐への招待は受け入れて頂けるでしょうか?」
疑いも晴れれば否定する要素は無いようで。娘さんは笑顔で頷かれます。
「もちろん。私が拒否する理由はありません。ラウの当主もおそらくは同じ返答となるでしょう」
「それはありがたい。ヒース様には、また私から確認の方をさせて頂きたいと思います」
この場においては、次は俺ということでしょう。使者さんは笑みを俺に向けられます。
「ノーラ殿はいかがでしょうか? 招待を受け入れて下さいますか?」
それはもちろん、娘さんと親父さんの同意があるのでしたらですよね。俺は頷きを見せます。
「当主殿らのお許しがあればもちろん」
「そうですか。ありがとうございます。我が主もお喜びになることでしょう」
「いえ、こちらこそご招待を頂きまして。ですが、あの、ただ……」
ちょっと言いたいことがあったのでした。使者さんは「はて?」と首を傾げられます。
「ただ、ですか? 何かしらのご要望などが?」
「えー、その通りです。ラウ家の方々の出席を望むことは出来ないのでしょうか?」
これが俺の言いたいことなのでした。
せっかくハルベイユ候にもてなしてもらえるのだから、娘さんや親父さんとその喜びを分かち合いたい。なんて、殊勝な理由では無くてですね。
単純に気まずそうだからです。もしかしたら、ハルベイユ候と二人きりなんてことも想像出来るのですが。絶対きまずいじゃんねー。向こうはそう思わないかもですが、俺が胃を痛くすることは想像するに難しくなくて。
だから、お味方をということでした。娘さんと親父さんが同席して下さったら、俺もかなり安心できますし。可能であれば本当同席をお願いしたいのですが。
しかし、使者さんの表情なぁ。申し訳なさそうに眉を八の字にされていて。
「それはえー……申し訳ないのですが、色よい返事は難しく……」
先ほどの、娘さんの疑惑を呼んだ返答と同じ中身でした。うーむ? 使者さんの個人の見解ってわけじゃないでしょうしね。どうにもこうにも、ハルベイユ候はとにかく娘さんたちを晩餐に呼ぶつもりはないようですが。
「なにかしらの理由がおありで?」
「あー、それはもちろんでありますが……そのですね。我が主は、なかなかこう、過去のアレコレは忘れられない方でありまして……」
なんかもう、納得でした。
ハイゼさんはです。ハルベイユ候を指して執念深い人であると称しておられましたが。つまりはそういうことでしょう。ハーゲンビルの戦、黒竜の討伐、それらにまつわるアレコレがラウ家とハルベイユ候の間にはありまして。それが尾を引いている格好なのでしょうねぇ。
娘さんも納得のようでした。ただ、納得出来ることと受け入れられることは話は別のようで。
「なんかなぁ。もともとケンカをふっかけてきたのはあちらでしょうに」
当然の不満を口にされるのでした。
別にこの方が気に病まれる必要はないのでしょうが、それでも家臣としてということでしょう。使者さんは小さくなって頭を下げられました。
「なんとも申し訳ありません。ただこの一件をもって、晩餐の招待を拒否されるようなことは、出来れば控えて頂けますと……」
使者さんは本当に申し訳なさそうに小さくなっておられまして。な、なんだろう。中間管理職の悲哀みたいなもの感じるなぁ。俺には縁の無かったポストだけど、その苦しみは大分如実に胸に迫ってくるものがあって。
「あ、あのー、サーリャさん?」
手厳しい返答はいかがなものでしょうか? 俺自身はあまり出席したくは無いのですが、それでもこんな呼びかけをしてしまったのでした。
娘さんはややしかめ面でした。しかし、それでも断る理由は感情以外には特に無く。そして嫌がらせのような皮肉な対応が出来る人ではありませんので。
「……ノーラのことを買って下さって招待頂いているのですから。私には感謝の思いしかありませんが」
そんなご返答になりまして、使者さんもほっと安堵の笑みで。
これで俺はハルベイユ候の晩餐に出席することになったようですねぇ。うーむ。ぶっちゃけ不安です。一体どんな晩餐になるのやら。俺のストレス耐性ゼロの胃はちゃんともってくれるのか。うむむむむ。
「しかし、安心したな。ノーラを招待しようと考えられるぐらいにはハルベイユ殿はお元気なのだな」
話が一段落したと判断されてか、カミールさんが使者さんにそんなことをおっしゃったのでした。
まぁ、そこは確かにですよねぇ。
実は今際の際なんじゃないかって、そんな心配をしていたのですがね。少なくとも、俺と一緒に夕飯を食べようってなるぐらいにはお元気なようで。親しい仲だなんて間違っても言える間柄ではありませんが、それでもお元気そうで何よりでした。
しかし……むむ? 使者さんは少し寂しげな苦笑をうかべられていまして。
「どうやら、カミール閣下も我が主の状況は聞き及んでおられるようで」
口ぶりも非常に寂しげでしたが、え? 娘さんがわずかに目を丸くされましたが、俺も驚きに背筋を伸ばすことになりました。
「お元気ではないのですか?」
つい驚きを声にも出して。使者さんは頷かれました。
「壮健とはほど遠く。先の騒動における疲労が重い意味をなしているようで」
「え、それで私を招待されて? ……あの、ご療養された方が良いのでは?」
素直にそうとしか思えませんでした。俺を招待するなんて、いつでも出来ることですし。明らかに優先順位は低ければ、静養された方が良い気がしますけどねぇ。
ただ、俺の普通すぎる意見が成立していれば、そもそも招待になんてなっていないわけで。使者さんは苦笑いで首を左右にされました。
「我が主にそのつもりは無いようで。もはや自分には先は無いものとして、急いでやり残したことをこなしております」
「まさか今回の件も?」
「はい。広場での活躍はまさに見事なものでしたので。可能な内に歓待をさせて頂きたいとなりまして」
「え、えーと。評価をして頂けるのはありがたいのですが……やはりあの、療養を優先された方が……」
俺はやはりそうとしか思えず。一方でこの方は何を思われたのか。カミールさんがしかめ面で口を開かれます。
「療養しても甲斐がないような状況なのか?」
「そこは何ともですが、嗣子を亡くされてから食も細ければ気力にも欠け……危うい状況には私にも見えております」
息子さんを亡くされてからグッと老け込まれたなんて話を俺は聞いていましたが。そこに先日の疲労が重なったということでしょうか。危うい、と。使者さんは端的にそうおっしゃられて。
そして、でした。
使者さんは静かに頭を下げられました。
「我が主の、今生における最後の歓待と思い下さいませ。是非の出席をお願いいたします」
どうやらです。今回の晩餐は、尋常な晩餐と受け入れるべきものでは無いようで。
そこにどういう心持ちで望めば良いのか分かりませんが……とにかくです。
娘さんの許しもあれば、親父さんもおそらくは容認されるらしいので。俺は使者さんに大きく頷いて見せるのでした。