俺と、ハルベイユ候の晩餐(3)
「ふーむ。マルバスが客人を連れてきたわけか。しかし、ハルベイユ殿の家臣となると……まさか、そういう知らせではないだろうな?」
カミールさんは珍しく不安そうなと言いますか、嫌な予感がするって感じのしかめ面をされていました。俺も、割とそんな気分でした。いやだって、そんな話をしていましたし。そこにタイミング良く使者さんが訪れてこられたわけで。
娘さんも少しばかり嫌な予感を覚えておられるらしく。笑い飛ばそうとして、しかし笑顔を浮かべ切れない感じでした。
「は、ははは。まさかですよ。まさかそんな狙い澄ましたかのようになんて……無いと思いますけどねぇ」
最後には不安そうな視線を使者さんに向けられていました。俺も何とも不安な気分になっていますが、まぁ、答えはすぐ得られるでしょうし。考える必要は無いものとして、ただやはり変なドキドキを覚えつつ使者さんを待ち受けるのでした。
そしてです。
「お会い出来て光栄でございますが、さすがはカミール様でございますなぁ。疲労の色も無ければ、覇気がみなぎって見えるようでして」
使者さんのそんな挨拶でした。その表情は穏やかで、当主を失った心労にさいなまれているようにはまるで見えず。
一同揃って、ホッと一息でした。しょせん悪い予感なんて予感に過ぎないということで。ただ、かなりビクビクしてしまいましたが。
「あのー……皆様、どうされたのでしょうか?」
当然の反応として、使者さんは不思議の声を上げられまして。カミールさんは「いや」と首を振られました。
「気にされる必要は無いぞ。非常に内輪の理由でな、うむ」
「は、はぁ。左様で」
「そう、左様でな。マルバス、案内ご苦労だった。下がっていいぞ」
マルバスさんも俺たちの様子を不審には思われていたようですが、当主の勧めということもあってでしょうか。穏やかな笑みで会釈をされて、屋敷へと戻って行かれました。
で、使者さんですよね。
ハルベイユ候の悪い知らせなのではないかってビクビクして、一体どんなご用事かなんて予想もしていませんでしたが。悪い知らせじゃないっぽいと分かった今はそこが気になりますよね。
「とにかく来訪を心から歓迎させて頂くが、用件について尋ねてもよろしいか? ハルベイユ殿からの用件など、正直想像もつかんが」
カミールさんも気にされていたと見えて、早速使者さんに尋ねかけられて。ただ、使者さんはどこか申し訳なさそうに苦笑を浮かべるのでした。
「いえ、そのですが、挨拶にと閣下の元を訪れさせて頂きましたが、用件の方はノーラ殿にありまして」
とのことでして。俺へのお客様とかいう意外な展開。俺はもちろん驚きの声を上げることになりました。
「へ? 私にご用事ですか?」
「はい。我が主からの伝言を預かっております。お伝えしても?」
それはもちろん良いと思いますと言いますか、非常に気になりますし。ハルベイユ候から俺にねぇ? ハルベイユ候とは、広場での戦いの前日以降、一度も顔を合わせていませんが。ちょっと遅めの戦勝祝いだとかそんな感じだったりするのでしょうかね。
まぁ、俺の推測はともあれです。
「えぇ、もちろん。お聞かせ願います」
話を進めて頂くことにしまして。使者さんは笑顔で頷かれました。
「では、失礼して。我が主はですな、ノーラ殿を晩餐に招きたいと申しておりまして」
俺はただただ目を丸くすることになりました。えーと、晩餐? 晩餐ってえーと、何かごちそうが待っていそうな雰囲気がありますが、そういう感じで? そんなものに、ハルベイユ候が俺をご招待?
半分以上呆然としていましたが悲しいかな俺はドラゴンで。俺の心情はまったく伝わらなかったようで、使者さん笑みのままで話を続けられます。
「ついてはですが、私はノーラ殿のご意思をうかがように仰せつかっておりまして。早速ですが、返答をお願いは……」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ! 正直ですね、あの、かなり戸惑っていまして」
「戸惑いでしょうか?」
「それはまぁ。だって私はドラゴンですし。ラウ家の方々とお間違えなのでは?」
普通に考えたら、まずそんな感じでしょう。きっと何かの間違い。牛や馬を、食卓に上がらせるような奇特な方はまずいないでしょうし。いやまぁ、世の中色々な方がいますし、ハルベイユ候がそういう趣味の方の可能性はありますが。
実際のところどうなのか。
使者さんは柔らかな笑みを浮かべられました。
「確かに、普通はドラゴンを晩餐になど呼ばないものです。ですが、ノーラ殿は普通のドラゴンではありますまい?」
「それはあの、はい、その通りですが」
「我が主は、ノーラ殿の広場における活躍に感服しておりまして。是非とも一度、晩餐という形でもてなしをさせて頂きたいのです。急な話ではありますが、お返事の方を頂いてもよろしいでしょうか?」
どうやらでした。
ハルベイユ候は何の間違いでもなく、ドラゴンである俺を晩餐に招待しているようで。そして、その返事を今求められているわけですが……
俺は娘さんを首を回して見つめるのでした。俺の立場はまずラウ家のドラゴンであって。独断で返事なんて出来ませんよね。飼い主であり騎手である娘さんに、何をおいてもと言うことでお伺いを立てたのです。
娘さんは少し困惑されている感じでした。
「ドラゴンを晩餐に……何とも不思議な感じはありますが、ありがとうございます。ノーラのことを評価して下さっているようで」
ラウ家のドラゴンが褒められたということでまずお礼を口にされた娘さんでした。使者さんはここでも柔和な笑みでした。
「我が主に限らず、評価をするのは当然のことでしょう。ノーラ殿はそれだけの活躍をされたのですから」
「そう言って下さると本当に嬉しいです。ただ、ノーラの参加についてですが……」
「ふむ? 承服は難しいところがあるでしょうか?」
「いえ、おそらくラウの当主も頷くとは思います。ハルベイユ閣下のお誘いなので。しかし、お尋ねしたいことがありまして。私なりラウの当主なりが参加することは、お認め頂けるのでしょうか?」
そう尋ねる娘さんの目には、少しばかり警戒心が光っているような感じでした。
さもありなんと言いますか。ラウ家とハルベイユ候は、この一年間ほど決して仲良しこよしの関係じゃなかったですからね。俺の強奪問題なんかも起こったりしましたし。
だからこその娘さんの言い分でしょう。監視じゃないですけど、同席はさせてもらおうと。俺としては非常にありがたかったです。実際、少しばかり疑いの思いはありましたし。先日、それなりに一緒の時間を過ごしたのですが、あの人は物欲しそうな目でよく俺を見つめてきていましたしね。
使者さんは表情を曇らせました。どうやら娘さんが何を懸念しているのかを察して頂けたようで。
「あー、そうでしょうね。サーリャ殿のおっしゃりたいことはよく分かっております。ただ、ラウ家の方々の出席はご遠慮頂ければと」
娘さんの目がやや剣呑に細まります。俺もまた、何か裏があるのではないかと少しばかり疑い深くなったりしたのですが。
ここでカミールさんでした。
苦笑を娘さんへと向けられまして。
「ラウ家とハルベイユ殿のあれこれは俺も聞き及んでいるがな。お前の懸念は考えすぎだろうさ。あの老将はな、ノーラは王家に属しているべきだと思うが、現状を考えれば俺の元にいるのも止むを得ないとそうおっしゃっていてな。まさか独占しようなどと企みはすまい」
へぇ、でした。ハルベイユ候はそんなことを口にされていて。ハルベイユ候は勤王家みたいな話をしていましたが、それが王家のためになるという判断なのでしょうか? とにかく、俺を取ってやろうみたな気配は確かに無いようで。