俺と、ハルベイユ候の晩餐(2)
「一体どうされたのですか? そんな力を所望されるような状況がおありで?」
もしかしたら身内の方にでも、重傷なり重病を負われた方が出たのか。そんなことを思いながらの問いかけでした。そうだったら、俺は残念ながら何の力にもなり得ませんが。
カミールさんは重々しく頷かれました。
「そういうことだな。そんな力があればと願ってしまうような状況でな」
「それはまた。お身内の方でしょうか?」
俺の問いかけに、カミールさんは首を横に振られます。
「いや身内では無い。ハルベイユ殿だ」
意外すぎる名前が上がってきました。俺の中には様々な驚きが去来しました。第一にはあの人は今そんな状況なのか? という驚きで、その驚きは娘さんも覚えたもののようで。
「ハルベイユ候がですか? あの、ご病気でも?」
確かにありそうな話ではありました。ハルベイユ候は言っちゃ悪いですが、本当よぼよぼのご老人で。前回も終始、椅子の上にぐでりって感じでしたし、何かしらの病気にかかられてもおかしくは無いような。
カミールさんは深刻な表情をされて、しかし頷きはされませんでした。
「それは何ともだな。だが、とにかく調子が優れないらしい。このままではという話も俺の耳には聞こえてきたな」
ふーむ、でした。俺は少しばかり眉をひそめることになります。
良好な関係とはどう取り繕っても言うことは出来ませんがね。あの方の協力が無ければまず娘さんを助け出すことは出来なかったわけで。病気とあれば快復して欲しいぐらいの思いは当然湧いて出てきていまして。
ただ、ちょっと意外ですよね。ハルベイユ候が調子が優れないというのは十分あり得そうな話ですが。それに対する、カミールさんの反応がちょっとね。
「心配されているんですね」
思わず不思議の思いを声にしてしまって。カミールさんは急にいつもの皮肉な笑みを取り戻されました。
「ふむ。言ってくれるものだな。お前には、俺が恩人の病状も心配出来ない人でなしに見えるわけか? んん?」
「い、いえいえ! そういうわけでは無いのですが! ただその、心配されるのは当然としてその度合がですね!」
「はっはっは。分かってる、分かってる。そう慌てるな。ありもしない力を頼りにする俺のふるまいが不思議だと、お前は言いたいのだろう?」
まさにその通りなのですが、俺は非常にげっそりとすることになりました。分かっていらっしゃるなら、からかわないで頂きたいところでして。前世の記憶もあれば、若干権威主義的なところもある俺ですので。お偉いさんにからかわれるのは、胃がキューっとするんですよね、キュキューっと。
娘さんが「そういうところですよ、閣下。そういうところです」なんてたしなめて下さいましたが、本当そうで。だから敵を作るんだよなぁ。まぁ、良いです。とにかく本題と行きましょう、本題と。
「閣下の心配のされようは、やはり理由があるということなのでしょうか?」
「まぁ、そういうことだな。ハルベイユ殿には今死なれては困るからな。それはもう、非常に困るのだ」
困る、と。アナタが生きていてくれないと私……っ! みたいな情感たっぷりな理由はあり得ないので。ふーむ、なんか非常に政治的な匂いを感じますね。
「政治的な何かしらということで?」
「その通りだが……ふーむ。面白いものだな。ドラゴンが人間の政治性に理解を示すか。何なんだ? 実はドラゴンというのは、夜な夜な竜舎で政治談義でも繰り返しているものなのか?」
「い、いやぁ、そういうわけではありませんが」
「だろうな。だとすると、やはりお前の異様さが一際目立つが。まぁ、良い。とにかくな、俺がハルベイユ殿を心配しているのは政治的な理由だ。あのご老人が俺を支持してくれている限りはな、俺もこの国もそれなりに安泰でいられるからな」
俺は首を傾げます。俺もこの国もですか。なかなかスケールの大きな話ですが、はてさて。正直なところです。あのご老人の支持にそこまで大きな影響力があるのか、非常に測りかねる部分があるのですが。
「えー、あの方は実はそんなに影響力のある大人物だったので?」
「単純にはそうは言えんがな。領地の規模は、せいぜい当家の五分の一。ハルベイユ候領一円の指揮者ではあるのだが、最大動員したところで兵力は四千にも届かん。なかなか大人物とは言い難いな。だが、影響力はある。ハルベイユ候は勤王の人柄として知られた人物でな。そこが非常に重要なのだ」
「勤王の人柄がですか?」
「お前も知っているだろう? お前が広場で派手にやってくれたおかげでな、俺をこの国の初代殿と重ねて見る連中が出てきていることを」
確かに、そんな感じのようでした。俺が始祖竜を気取ったせいで、何やらそんな風聞が生まれてしまっているようで。
「え、えー、はい。存じておりますが、その節は大変ご迷惑をおかけしたようで……」
「気にするわけも無いから気にするな。それでな、そんな連中が俺を王位になんて動き出してくれたおかげで、俺は王家に忠誠を誓う連中から警戒の目で見られているわけだ。コイツには王家を簒奪する心づもりがあるんじゃないか? 率先して排除する必要があるんじゃないかとな。ふん。まったく、良い迷惑だがな」
心底うっとうしそうにカミールさんは半目で鼻を鳴らされたりするのでした。まぁ、まったくもってのとばっちりでしょうからね。カミールさんが不満に思うのも分かりますが、ふーむ。
その状況に勤王の人柄であるハルベイユ候が必要だと? なるほどでした。これはまぁ、俺にもその必要性は分かるような。
「ハルベイユ候が支持されているのなら、閣下に簒奪の恐れなど無いのだろう。そう周囲には思ってもらえるということでしょうか?」
「そういうことだ。現状、ハルベイユ候は広場からの流れもあってな、俺のことを一応支持してくれている。そのおかげで、王家の信奉者たちとの間に無用な軋轢が生じずにすんでいるわけだ」
「かなりありがたい感じなのですねぇ」
「非常にありがたいのだ。これで俺は無駄な争いを避けられて、この国も多少なりとも安定することが出来る。だからこそ、ハルベイユ殿には長生きしてもらわんと困るのだが……」
そこがどうにも怪しいということらしく。
う、うーむですね。だから、俺に奇妙な力を望まれたそうなのですが、もちろん俺にはその力の当てはありませんからね。
「どうやらお力にはなれないようで」
「ま、始祖竜ならぬノーラならばな。気に病むなよ。気晴らしもかねて、ダメもとで来ただけだからな」
「はい。ですが、それでは一体どうされるので?」
「どうしようもない。とりあえず名医でも送っておこうと思うが、それがせいぜいだろうさ。サーリャは何かないか? ど田舎にふさわしい怪しい民間療法でも知っているのではないか?」
若干以上に失礼な感じで、カミールさんは娘さんに問いかけられて。で、本人も失礼だと思われたらしく、やや眉をひそめながら答えられました。
「無いとは言いませんが、あのですね、ハルベイユ候領はそこまで未開の土地というわけではありませんから。そもそもですが、ハルベイユ候はもちろんハルベイユ候領にお住まいなのですよ?」
「あっはっは。確かにそうだな。知っていたら、自身で試しておられるか」
「そういうことですし……あの、閣下?」
「ん、何だ?」
「屋敷の方からマルバス様と……えーと、どなたでしょうか? 二人でこちらに向かって来られていますが」
俺は『ん?』と首を伸ばすことになりました。娘さんのおっしゃる通りでした。リャナス家の家宰さんであるマルバスさんが穏やかな足取りでこちらに向かって来られていて。そして、その隣にはですが、ん? あの品の良さそうな方はえーと。
「もしかして、ハルベイユ候の使者殿で?」
「使者殿? あー、なるほど。一騎討ちの時にお会いした」
娘さんが納得の頷きを見せられましたが、そうですそうです。俺にとっては、先日王都市街で一緒に戦った方でもあるのですが、その使者さんで。