俺と、ステファニアさん(終)
ステファニアさんがラナに勝てそうなこと。もちろんそれは性格なのですが、そんなことを口にしたら俺がラナに血祭に上げられるので却下で。
それを除いてですが……うぬおぉ。思い当たらん。ラナって本当基礎スペックは高いんだよなぁ。きっとあるはずなんだけどさ、咄嗟に思いつけないぐらいにはラナは本当に優秀であって。
『ふふふん。その小娘が私に勝ってるところ? そんなの考えるだけ無駄よ。存在しないものを探すのは止めたら?』
で、この性格の素晴らしさでした。得意気な流し目でそんなことをおっしゃってくれて。ラナさんや、止めて下され。そんなことをおっしゃると、ステファニアさんは間違いなく頭に血を集中されることになりまして。
『勝つ! 絶対に勝つ! 変な言葉しゃべる! ラナに勝つ!』
憤慨して、現状存在する勝ち筋に固執されることになったのでした。あ、あかん。これはあかんですよ。
『す、ステファニアさん? いや、大丈夫だって勝ってるから! 体格だってラナよりはるかに大きいし! それで速いし!』
そう言えばということで、分かりやすくも素晴らしい長所を口にさせて頂いたのですが。ステファニアさんは不満そうに俺を見つめておられました。
『でも、勝てなかったよ?』
とのことらしく。ラナとの遊びのことでしょうが、えーとまぁ、確かに。体格と速さは単純にラナに勝っているはずなのですが、でも勝てなくて。その結果がステファニアさんに長所を長所として認識させていないようでした。
『とにかく、変な言葉っ! 絶対勝つからっ!』
教えろとステファニアさんでした。そして、そんな彼女をラナは冷笑しまして。
『いいじゃん、教えてやったら? まぁ、私の方が絶対に上手くこなすけどね』
まぁ、すでにしてある程度理解している感じはありますし。負けるはずないとラナは勝ち誇ります。で、そんなラナの様子がステファニアさんの火に油を注ぐわけで。
『ノーラ!』
……呼ばれてもなぁ。そんな真剣の目をして言われてもなぁ。
どうにもこうにも悩ましくて。
で、俺が取った結論はと言えばですね。
「それで、どうだった? ステファニアは言葉を覚えられそうか?」
放牧地を斜陽が染め始めた時間帯です。アルベールさんが戻ってこられました。その顔には笑顔が一杯で。良い知らせを心から期待されているようで。
横に座らせたステファニアさんを、そわそわしながら撫でたりされているのですが……さて。
結論は決まっていました。
アルベールさんはステファニアさんが意思の疎通が出来るようになって欲しくて。そして、ステファニアさんも意思の疎通は出来るようになりたくって。しかしアルベールさんには興味は全く無くて。
この状況で俺にどんな選択肢があるのか? そんなものはもちろん決まっていました。
「ステファニアさんに才能はあります」
アルベールさんはそれはもう花咲くような笑みを見せられるのでした。
「本当かっ!? ははは、良かった! ステファニアだったら、絶対才能はあると思ってたんだけどさぁ」
嬉しそうにステファニアさんの頭を撫でられるのでした。心から喜んでおられるようで良かった良かった。なんて、ここで終わらせるわけにはいかないよなぁ。
「ですが、私はオススメしません」
アルベールさんは首をかしげられました。
「オススメしない? それは……なんでだ?」
「ドラゴンは人間とは違います」
「そりゃ分かってるけどさ。見るからにそうだろ?」
「中身の問題です。実際のところ、かなり似通っている部分もありますが、ドラゴンはドラゴンです。ステファニアさんに人間の友人のようなものを求めると……かなり面食らうかもしれません。落胆するかもしれません。アルベールさんの期待するようなことにはならないかもしれません。だから、私はオススメは出来ません。決して出来ません」
これが俺の結論であり、選択でした。
とにかく真摯に説明して、アルベールさんに判断を委ねようという感じで。ステファニアさんのアルベールさんへの心情という致命的な部分は隠させてもらいますが。思い通りにならないであろうことだけは、しっかりと伝えさせて頂くのでした。
「……そうなのか。俺はてっきり、ドラゴンは実は皆ノーラのようなものかと思っていたんだけど。違うのか?」
表情を曇らせての尋ねかけでした。俺は厳として首を左右に振ります。
「違います。私みたいに人間に気兼ねしたり配慮するドラゴンは例外中の例外だと考えて下さい」
「……なるほど。そうだったのか」
「はい。ステファニアさんは人間と意思を疎通出来るようになるとは思います。ただ、それでアルベールさんの理想が実現するかと言えば、決してそうではありません。それはもう、本当決してです。その辺りのことは、絶対に頭に入れておいて下さい」
とにかく、言うべきことは言えたでしょうか? 後は、アルベールさんの判断となりますが。
アルベールさんは悩まれているようでした。ステファニアさんを撫でられていた手はピタリと止まって。眉間には深いシワが刻まれて、「そうか」と悩ましげな呟きをもらされて。
「……ノーラの言いたいことは分かった。ありがとうな。俺のことを心配して言ってくれたんだよな?」
「えぇと、はい。アルベールさんとステファニアさんの関係をって感じですが」
「ははは、ありがとうな。しかし……そうか。ドラゴンは、こんな風に心配はしてくれないのか。過剰な期待をステファニアにかけていたみたいだな。だが……」
「だが、ですか?」
「……望みは捨てがたい。希望はあるんだろう?」
「えー、あー、否定はあの、しません。一応ですが」
「だったらな。ノーラ?」
アルベールさんの瞳には強い光が宿っていました。
「頼む。ステファニアが意思の疎通が出来るようにしてやってくれないか?」
「そ、そうですか。そんな結論になりましたか」
「やっぱり捨てがたいんだよ。ノーラを見ているとさ。サーリャ殿とノーラみたいに、俺とステファニアもなれるかもしれない。そう思うとさ」
とのことでしたが、うーむ。やっぱり疲れていらっしゃるのかもですね。それなりにリスクについては説明させて頂いたのですが、メリットばかりに目がいっておられるみたいで。
ただ……まぁ、それがアルベールさんの選択でしたら。これ以上は俺なんかがとやかく言うことじゃ無いかなぁ。
「分かりました。覚悟がおありなのでしたら。アレクシアさんの助けも必要なので、すぐにとはいきませんが」
「そ、そうか! よし、すぐにはとは言わないさ! 頼んだぞ、ノーラ!」
アルベールさんは本当に嬉しそうでした。その様子を間近にして、俺はこれで良かったのだと納得……納得は……そうねぇ。
現状大変なアルベールさんですが、新たな地獄の扉に手をかけられた可能性も否定出来ず。しかしまぁ、アルベールさんは俺よりはるかに優れた素晴らしい男性なので。その辺りで何が起こっても、ご自分で対処されるでしょう。俺ももちろん手をお貸しさせて頂きますしね。なんとかなるでしょう、多分。
まぁ、それはそれとしまして。
『ステファニアさん、話は終わったよ』
ステファニアさんに声をかけさせて頂きまして。彼女は前のめりに俺に向けて口を開かれます。
『終わったの? どう? どうなったの?』
彼女にはですね、アルベールさんの許可が無いと言葉を教えることは出来ないと伝えさせてもらっていたのでした。だから、返答としては。
『アルベールさんは良いって言ってくれたよ』
『ほんと? ……よし。ラナには負けないから。絶対に負けないから!』
ステファニアさんの様子は、アルベールさんの未来を暗示しているようで俺は思わずひと唸りでした。う、うーむ。やっぱり、アルベールさんはこの子の眼中に無いよな。やっぱり嫌な予感がするよなぁ。でも、こうなってしまったからなぁ。
せめてもでした。これだけは言わせてもらいますかね。
『許可を出してくれたのはアルベールさんだからね? 少しでも話せるようになったら、ちゃんとお礼を言うんだよ? 分かった?』
『分かった! ノーラとの約束だから! 絶対守る!』
これで少しはアルベールさんに良い未来をプレゼント出来たでしょうか? いや、どうかなぁ。心のこもっていないだろうお礼を受けて、アルベールさんがどれほど喜べるのか。それは疑問でしたが。
とにかくこれが結果でした。
ステファニアさんが人間の言葉を学ぶことが決まりまして。当人はラナへの対抗心に心を燃やし、アルベールさんは幸せな未来を想像して大喜びで。
悪くない結果っぽくみえますよね。俺もまた、ステファニアさんという可愛いドラゴンの知遇を得られたわけで。
良かった、良かった。
これでめでたし、めでたし。
そういうことにしておくことに決めました。未来の苦労は、未来の自分に任せておくとしましょうかね、はい。