俺と、ステファニアさん(7)
『いやね、アルベールさんから頼まれごとをしてですね』
『今日いたヤツだな。で、頼み事ってなんだ?』
『ステファニアさんに人間の言葉を教えて欲しいって。仲良くなりたいみたいなんだけどさ』
『仲良くなりたい? 変なことを考えるものだが……』
アルバは寝そべりながら、引き続き上空の死闘を眺めていたのですが、その視線はステファニアさんに注がれているようでした。
『問題はアイツだよな。アイツは人間と仲良くしようなんて思ってるのか?』
『いんや、全然』
『じゃあ、人間の言葉を教えたところで無駄だろ。お前の望みは叶わないと伝えることだな』
俺もまた上空を見上げつつ『うーむ』でした。やっぱりなぁ。やっぱりそうするしか無いよなぁ。
『やっぱり無理かな?』
『俺がステファニアならな。興味を持てと言われたところで困る。ドラゴン同士だって、俺が興味を持てるぐらいなのはお前にラナ、それにサーバス、加えて今日のステファニア。そのぐらいだからな』
『ふーむ。そもそも人間だって、知らない他人に興味を持てって言われても困るだろうしなぁ。やっぱ無理か』
『そうだと俺は思うがな。しかし、さっきのヤツだ。アイツはステファニアを好いているのか?』
『じゃなきゃ、仲良くなろうなんて思わないでしょ。で、問題は……ステファニアさんもきっと自分を好いてくれるだろうと思ってるんだろうなぁ』
俺は今日何度目かの渋面でした。意思が疎通出来れば、きっと仲良くなれるはず。ペットに対して飼い主が幻想を抱くのにも似ているかな。きっと心が通い合っているはずって。きっとアルベールさんは、そんな希望的観測を抱いておられるでしょうし。
アルバは『なるほど』と応じてくれました。
『だったら、現状が幸せだろうな。仲良くなれるだろうと思っていられる現状がな』
『あー、うん。だよなぁ……』
それが一番でしょうかね。
『ありがとう、アルバ。おかげで結論が出たよ』
『そうか。そりゃ良かった』
謝意は示させてもらって、さて。後はもう、アルベールさんに伝えさせてもらうだけど……彼女らなぁ。いつまでやんのかねぇ。
ドラゴンの体力的にはそろそろ限界だと思うのですがね。何か、よっぽど燃えるものでもあるのか、二体は延々と空戦を繰り広げておりまして。
ただ、やはり限界は近かったようで、二体はゼーゼーしながら地上に降りてきました。どちらが勝ったのやらですが、対決は終わりかな? そう思ったのですが、二体の攻防はまだ終わらないらしく。
今度はリバーシをし始めました。ハイゼ家の竜舎でも行った、2種のコマで行う陣取りボードゲームです。もはや懐かしい遊びですが、どうしても決着をつけたいということなのですかね? ラナがルールを教えた上で、早速対戦をはじめまして。
で、結果はと言いますと。
『……はん』
ラナが鼻で笑うのでした。
長いことやっていたのですがね。ラナが結局全勝で勝負を終えることになりまして。いや、そりゃ一日の長があるわけで。この結果は当然なのでありまして。
『ラナ。ちょっと大人げなくない?』
思わず指摘しますと、ラナは『ふふん』なのでした。
『んなこと知ったことか。小娘がさ、私に張り合おうなんて百年早いのよ』
悪役感ばっちりで、それが非常にお似合いなラナなのでした。
まぁ、うん。自分に有利なフィールドでビギナーを捻り潰した性悪ドラゴンは放っておくとしまして。俺が目を向けたのはステファニアさんでした。どうにも負けが心に響いているようで、地面に書かれた盤面を見つめて全身をわなわな震わさせておられますが。
『あのー、ステファニアさん? 負けてもね、全然気にしないで良いからね? ラナは経験者で、こんなの当然だからね?』
俺は当然のフォローを入れさせて頂くのですが、耳に届いているのかどうなのか。ステファニアさんは変わらず身を震わしておられて、そして、
『きーっ!! あー、うわーっ!!』
なんか叫ばれました。それに対し、ラナは『ふふふん』でした。
『良い気分だわ。負け犬の遠吠えが耳に心地良わね』
君はどこの悪の組織の構成員ですかね? いや、やはりラナはどうでも良くって。それよりも傷心で正気を手放しかけているステファニアさんが問題で。
『あ、あのー? とにかく一度落ち着かれましたら……』
『負けたくなかったっ!』
『へ?』
『ラナには負けたくなかったっ! ノーラっ!』
ステファニアさんは突然俺の名前を呼ばれて、鋭い視線を俺に送ってこられて。気圧されなら、俺はとにかく反応するのでした。
『は、はい。ノーラですけど、何ぞご用で?』
『ラナに出来ないことっ! あるよね? あるでしょ!?』
そんなことをステファニアさんは尋ねられたのでした。
そりゃありますがね。初対面の年下のドラゴンに対する気遣いとかが現状出来ていない気がしますし。でも、多分そういうことを聞きたいわけじゃないんだろうなぁ。
ステファニアさんはラナにリバーシで負けてご立腹なわけで。何か勝負してラナに勝てるものはないか? って、そういうことをおっしゃっているのでしょうが。うーむ。
『ラナに出来ないこと……ある、かなぁ?』
俺は首をひねらざるを得ませんでした。きっとあるんでしょうけど、咄嗟には思いつかないのです。ラナって実際かなり優秀だしなぁ。ドラゴンとして騎竜としても優れていて、地頭もかなり良くって。
『ないの?』
『ごめん。ちょっと思いつかないかも』
正直に答えさせて頂くとです。ステファニアさんは『むっ』と黙り込まれました。視線は虚空に向けられていて、何かないかとご自分で考えられているようですが。
『じゃああれっ! ノーラが変な言葉話してたヤツっ!』
一瞬何を言われたのか分かりませんでしたが。えーと、ステファニアさんが褒めてくれたことかな? 俺が人間のことをしゃべられるってヤツ。
『ラナが人間の言葉をしゃべられるかってこと?』
『そう! 多分それ!』
直近の話題だったので頭に浮かんだのでしょうが、なるほど。確かにそれならば、
『ラナは出来ないかな、うん』
何故かラナは話したいみたいなことを言っていたのですが。ただ、言葉を理解することはともかく、話すには魔術に親しむ必要があって。
その辺りについてはアレクシアさんのご協力が不可欠なのですがね。リャナス一門としてカミールさんにこき使われているみたいでまだその件について話せていないので。まだ、ラナは話せるようにはなっていないのでした。
ともあれ、ステファニアさんにはその辺りの事情はどうでも良いことであって。ステファニアさんの目には力がありました。これは……ん? この流れは?
『じゃあやる』
『ん?』
『じゃあやる! ラナに出来ないことをやる! 私勝つ!』
ラナを上回ってやると、そんな気概たっぷりのステファニアさんのお言葉でしたが、あれ?
俺は思わずアルバと目を合わすのでした。アルバはどこか感心したような目をしていまして。
『なかなかな? 思った通りにはいかないものだな?』
まったくねぇ。
アルベールさんのためにはステファニアさんは話せない方が良いので現状維持で。
そんな結論を得たばかりだったのですがね。えーと、ラナに怒っておけばいいのかな? いや、完全に冤罪ですが。これはもう巡り合わせが悪かったと不幸を呪うしかないよなぁ。
ただ、嘆いてばかりはいられないのでして。
『……あー、ステファニアさん? それは止めておいた方がいいかな?』
早速、行動に入ります。ステファニアさんは不服の声を上げられました。
『何で? ラナに勝てるんでしょ?』
『ま、まぁ、うん。その点についてラナを上回るかもしれないけど。でも、他ので良くない? ステファニアさんはさ、アルベールさんとか他の人間とかに全く興味は無いんでしょ?』
『無い』
『だったら、もっと建設的にって言うか。身についたらステファニアさんのためになるようなことの方が俺は良いと思うなぁ』
割とです。俺にしてはなかなか説得力がある物言いが出来たのではないでしょうか? ステファニアさんのためなんて偽善もしっかり組み込んでありますし。
しかし、でした。ステファニアさんの返答はと言いますと。
『じゃあ何なら良いの?』
『へ?』
『ラナに勝てるやつ。他にあるの?』
じゃあテメェは代案を提示出来るのか? って、そんなヤンキーちっくでは無いでしょうが納得のご意見でありました。
『そ、そうだね。それが大事だよね』
俺は肯定の返事をしつつ、脳内で必死に考えるのでした。