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俺と、ステファニアさん(5)


『そうそう。あの人とかね。人間の人たちって面白くてさ。すっごい物知りで色々なことを知っていて、それに俺なんか目じゃないぐらいすっごいおしゃべりで』


『へぇ? そうなの?』


『すごくそうなの。君を連れてきたアルベールさんって言う人間さんはね、人間の中でも特に面白くて素敵な人で。一緒におしゃべりするのが本当に楽しいんだよね、うん』


 ドラゴンとしては稀有なことにおしゃべり好きっぽいステファニアさん。だからこそ、アルベールさんが素敵なおしゃべり好きだということはかなりのセールスポイントになるはずで。いけるんじゃないの、これ? これで興味を持って貰えればね、アルベールさんの夢見た世界に一歩近づくことになるでしょうね。さて、どうなる? どうなった?


『ふーん。あ、そうだ。ノーラって、いっつもどう過ごしてるの? 私いっつもヒマでそれが知りたいなぁ』


 ……俺、けっこう頑張ったと思うんですけどね? どう考えても興味の焦点は、アルベールさんでは無く俺に合っていて。な、何故? 頑張ったし、そこまで悪くなかったよね? ちょっと納得がいかないし、もう少し粘らせて頂きましょうか。


『ごめん、ステファニアさん。ちょっと話題をさかのぼるけど良い?』


『へ? うん、良いよー』


『ありがとう。さっき言ったアルベールさんだけど、どう思ったかな? 一緒にしゃべりたいとか思ったりしなかったかな?』


 そうあってくれという直接的な問いかけになりました。ステファニアさんはすかさず答えてくれます。


『アレと? んー、全然?』


 全然無いと、そんなニュアンスで。え、えー? 何で? 楽しいよ? 俺みたいな軟弱な優しさしか売りじゃない男と話すよりも二十割以上割増で楽しいよ? ですよ?


『え、えーと、アルベールさんって本当素敵な人だよ? しっかりされてるし色々経験されて話の間口は広いし。それに俺なんかより優しくて明るくて。一緒にしゃべったら絶対に楽しいよ? 間違いないよ?』


『そうなの?』


『うん。めちゃくちゃそうなの』


『ふーん。ノーラが言うならそうなのかな?』


『そうです! 間違いないよ、ホントだよ! どうかな? しゃべってみたいって思わないかな?』


『全然』


『……あの、理由をおうかがいしても?』


 どうにも納得出来ないので尋ねさせて頂くのでした。興味ぐらい示してくれても良いと思うのですが、変わらず全然って。本当、何でなんですかね? 私にはさっぱり分からんのですが。


 ステファニアさんは今回も早速答えてくれました。あどけない少女の笑顔が脳裏に浮かぶような口調で答えてくれました。


『だって、ノーラがいるもん!』


『はい?』


『ノーラがいるから! ノーラとしゃべりたいもん! だから、アレとか全然だよ、全然』


 なるほど。


 どうやらそういうことらしいのですが……ま、まさかだな。まさか俺みたいなノーと言えない系軟弱陰キャドラゴンが、アルベールさんの前に障壁となって立ちはだかる日が来るとは。


『……アルベールさんとしゃべった方が絶対楽しいんだけどなぁ』


『私はノーラとしゃべるのが楽しいの! 私は絶対にそうなの!』


 そうらしいのです。う、うーむ。どうしよう? 俺と話すよりアルベールさんと話すことが楽しいことを、これ以上どう説明したらいいのか? このタスクは、明確に俺のキャパシィを超えている気がしますね。


 むーん。悩ましい。悩ましいが、しかし……何でこんなに可愛いんだろうなぁ。


 もちろんステファニアさんについてです。彼女は今、ウキウキとして俺が何か話しかけて来ないかって待っているのですが。かわいい。彼女は俺より1.5倍程度の体躯を誇る勇壮なドラゴンなのですが、それでも文句無しにかわいい。


 なんだろうねー? もちろん、ステファニアさんの無邪気で明るい性格が非常に魅力的なことは間違いないのでしょうが。それ以外のファクターがどうにも俺の中にあるようで。これはギャップなのかねぇ。


 女の子のドラゴンさんとは、一度非常に親密に付き合った経験があるのですがね。その方と比較して、どうにも俺はステファニアさんに愛らしさを感じているようで。うーむ、違うなぁ。あの赤いのと比べると……って、止めよう。思わず見てしまったけど、今にも首筋に飛びかかってきそうな目をして俺のことを見ている。な、なんであんなに怒ってんの? 分からん。本当、さっぱり分からん。


『ノーラ、どうしたの?』


 物思いにふける俺に、ステファニアさんが疑問の声を投げかけてこられたのでした。


 ステファニアさんは心底俺との会話を楽しみにしてくれているようで。陽気に目を輝かせながら、俺の受け答えを待ってくれているみたいで……アルベールさんのためにも、何とかしたいけどなぁ。でも、とりあえずは会話ですかね、会話。俺も楽しければ、ステファニアさんを落胆させたくは無いですし。


『えーと、ごめんごめん。で、何の話だったっけ? 俺たちのいつもの過ごし方だっけ?』


『確かそんな感じ』


 ヒマ潰しの仕方をって話だったような気もしますが。ヒマ潰しかぁ。ノーラとラナのおかげで、俺はヒマなんて感じることなく今まで生きてこれたからね。参考になりそうなことは口に出来そうにないなぁ。


『うーん。ヒマ潰しかぁ。ごめんね、それはなかなか……』


『あ、ヒマ潰しとかじゃなくて良いかな? とにかくノーラのいつもが知りたいから』


 素晴らしいご配慮でした。そうなるとハードルはぐっと下がりますね。えーと、普段ねぇ。


『いつもはおしゃべりかな? サーバスさんは別の所にいらっしゃるから、アルバとラナといつもね』


『いっつも? 良いなぁ』


『ははは。君からしたらそうだろうねぇ』


『うん。本当にうらやましい。他には? 何したりしてるの?』


『他かぁ。他って言ったら、アレかな。ラナとはよく遊んでるかな?』


『遊び?』


『そうそう。ラナとね追いかけっこしたりね』


『へぇ。追いかけっこ!』


『うん、そう。で、追いつかれたらがぶぅで』


『がぶぅ! ……がぶぅ?』


 不思議そうなステファニアさんでした。がぶぅが一体どんな状況なのか咄嗟に頭に浮かばなかったようで。


『えーと、がぶぅっていうのはね? 首にかみつくのが、そのがぶぅって感じでね?』


『え、噛みつくの? ノーラが?』


『あはは、違う違う。追っかけるのはいっつものラナでね。俺はもっぱら噛みつかれる方だよ』


 まさかまさか、俺がそんな野蛮な行為に出るはずが無いじゃないですか。しかし、追いかけっこって表現したのは間違いだったよな。決して、そんな和気あいあいとした雰囲気じゃないし。双方向性の欠片も無い、ラナによる暴力の一方的伝達ですし。


 しかしまぁ、いっか。ステファニアさんは、その遊びを楽しそうなものと受け止めておられるらしく目を輝かせておられて。あえてね、あえて現実を教える必要も無いでしょう。目を輝かせておられるステファニアさんを眺めるのは、俺にとっても幸せなことですし……って、ちょっ!?


 不意にでした。ステファニアさんがぐっと俺の首に顔を伸ばして来られて。この感覚はラナによって何度も味わされたものですが、え、マジ? 


 俺が恐れおののく中です。ガブグシャっと。いや、パクリと。ステファニアさんは俺の首を甘噛みしてこられまして。


『えへへ? こんな感じ?』


 そして、楽しげにステファニアさんはそう口にされました。


 経験則から、俺は思わず命の危機を覚えたものですが……かわいいなぁ。なんだよ、本当にかわいいな、マジで。


 そこには暴力性は欠片も無くて。俺との時間を楽しもうとする無邪気さだけがあって。


 あかん、かわいい。


 娘さんも可愛らしい方ですが、これは比肩する。俺の出会ってきたドラゴンの中では、ダントツで一番かわいい。


『……ステファニアさん』


『ん? なに?』


『ステファニアさんは本当、素敵だね。本当、本当に素敵』


 思わず褒め称えさせて頂いたのでした。するとステファニアさんは嬉しそうに俺の首に頭をこすりつけてこられて。


 ……うわぁ、幸せだぁ。めちゃくちゃ幸せだ、これ。もうアルベールさんに敵対して、ステファニアさんをラウ家のお屋敷にお誘いしたい気分。


 どうしよっかなぁ。どうやったらステファニアさんがアルベールさんに興味をもってもらえるか考えなきゃいけないんだけど。考えたく無いなぁ。このままずっと、この幸せを享受していたいなぁ。


 とにかく幸せ。だったのですが。にわかにその幸せが遠ざかる気配が耳に届きました。


 ズサ、ズサっと。


 足音でした。で、ズズイっと俺の視界に入ってきたのは赤いしなやかな体躯のドラゴンで。


 ラナです。彼女はえーとなんかこう、んーと、ど、どうした? ゴゴゴとか効果音が付きそうなすごい剣幕で俺をにらみつけてきているのですが。


『……ノーラ』


『な、なんでしょうかね?』


『覚悟だけはしておけ』


 な、なんの? くっそ意味が分からないけど、くっそ怖いんだけど? とにかく恐れおののくしかないのですが、それはステファニアさんも同様のようで。


『えーと、ラナ? 怒ってる?』


 俺ほどガクブルしている感じは無かったのですが、とにかくラナが怒っていることは察しておられるようでした。ただ、当の本人は怒ってるつもりは無いようでした。


『怒ってない。全然怒ってない』


 ラナと付き合いの長い俺からすると、それは欺瞞以外の何物でも無いのですが。ラナをよく知らないステファニアさんは判断に迷われているようで。


『えーと、そうなの?』


『そうなの。怒ってない。ただ、ちょっと忠告して上げようと思って』


『忠告?』


 ステファニアさんは不思議の声を上げられましたが、俺も同様でした。忠告ってなんぞ? ラナからステファニアさんへの忠告。内容は想像も出来ないんだけど。



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