俺と、ステファニアさん(4)
大事なのはステファニアさんにその気があるのかどうかで。
アルベールさんと交流したいという気持ちさえあれば、アルベールさんの望みは高いレベルで叶うのですが。逆にその気が無ければですよね。例え意思の疎通が可能になったとして、アルベールさんはドラゴンの現実に直面するだけというか。それはいかんですよね。現状のアルベールさんでは、下手したら心が壊れかねないし。
しかしただ、現状はねぇ? ステファニアさんはアルベールさんに興味はさらさらナッシングのようで。やっぱり意思の疎通は無理ですと伝えるしかなさそうなのですが……うーむ、どうにか出来たりしないかねぇ、どうにか。
『ノーラ?』
気がつけば黙り込んでしまっていたみたいで。俺は慌ててステファニアさんに応じます。
『あぁ、ごめん。何でもないよ。俺たちがどんな生活をしているかだっけ?』
ステファニアさんがそんなことを聞きたがっていて、俺はそれに答えていたはずでしたが。えーと、何でしょう? ステファニアさんは黙って、どこかウキウキとした様子で俺を見つめておられますが。
『……良いよねー、ノーラって』
そして、そんなことをおっしゃられまして。良いって、なんじゃらほい? 不思議に思う俺を、ステファニアさんは喜色に満ちた瞳で見つめてきます。
『すっごく話してくれるし、それにすっごく優しい感じがする。良いなぁ、ノーラ。本当に良いなぁ』
それはまぁでした。確かにそうかもしれないですよねー。ステファニアさんのご同僚たちに比べれば。いや、多分ドラゴン界においても、このことに関しては一位、二位を争うんじゃないかな? 元人間の俺は、気遣いだとかそういう点については良くも悪くも鍛えられていますし。
そんな点が珍しくもあれば、俺への高評価につながっているということでしょうね。なんにせよ、褒められたら嬉しいものでして。
『あはは、ありがとう。ステファニアさんが楽しんでくれているようだったら俺も嬉しいから』
『ほら、やっぱり優しい。良いなぁ、ノーラ。私好きだなぁ』
思わずドキリとしました。
す、好き? なかなか以上にです。俺の人生なり竜生なりで、レアリティが高いというか、幻想の中に息づくようなそんなお言葉であって。もちろん、ステファニアさんの好きは、近所の優しいお兄さんに向けられるようなものなのでしょうが。それでも、ちょっとドキドキしますよね。あー、びっくりした……って、ん?
ズバシンッ!! と。
そんな音が響いて、俺はまた別の意味でドキリとすることなりました。ラナです。尻尾で草むらを痛烈に殴打したようで。それが暴力的な響きとして俺の耳に届いたようなのでした。
ふーむ? あの子の方は、一体どうしたのやらですね。なんか不機嫌そうですが。さっきからこうなんですよね。俺とステファニアさんが二人で会話を始めてから、なんかこんな感じで。
なんでかねー? まぁ、ラナの胸中なんて、俺には察しようと思ったところで暗い深淵を覗くようなものですが。ともあれ怖い。でも、今のところ害が無いようなのでとりあえず放っておきます。
『あ、あははは。ありがとう。そう言ってくれて嬉しひぃ!?』
好きへの感謝を示そうとしたらでした。ラナの尾っぽが俺の近くまで伸びてきてバシンっ!! で。
……本当、何なの? 何が気に入らないの? わけ分かんないんだけど?
『ラナはどうしたの?』
ステファニアさんが不思議そうに尋ねてきましたけど、そんなの俺が知りたいんだよなぁ。ラナは眉根を寄せたしかめ面で不機嫌を露わにしてるけど。分からんし、分かる予兆も無い。本当何を考えているのやらだねぇ。
『でも、本当ノーラは良いね。すごいね』
で、ステファニアさんはまだ俺のことを褒めて下さるようでした。うーむ、明かり無き荒涼した大地から、一気に豊穣なる花園に転移した気分。幸せな心地にさせて頂いているのですが、すごいって何? 俺は思わず首を傾げます。
『すごい? そんなことを言われるようなことあったっけ?』
『あった! 前に一緒に飛んだやつ!』
『ん? あぁ、そんなこともあったっけ』
そう言えば一緒に飛びましたっけね。まぁ、俺の感覚ではそこまで穏やかな感じでは無かったのですが、アルベールさんとの一騎討ちの時のことを指してそう表現されているのでしょう。
しかし、すごい? やはり疑問しかありませんでしたが、ステファニアさんはすぐに解説を入れてくれました。
『全然追い付けなかった! 追いつけるはずだったのに! 速くないのにめちゃくちゃ速かった!』
へー、ほー。なるほど。すごいって言うのはそのことについてで。確かにアレは我ながらなかなかだったとは思います。ただ、実際のところ、貢献度は娘さんが九割ぐらいなのであって。褒められても、謙遜に似た事実の白状しか出来ないよなぁ。
『ははは、ありがとう。でも、アレは俺がすごいわけじゃないから。乗っている人がすごいの』
『そうなの?』
『うん。そうなの。俺は特にすごく無いの』
『ふーん? あ、でもすごいよ!』
『へ?』
『ノーラはすごいから! えーと、その、上手くは出てこないんだけど……』
そうして、ステファニアさんは『んー』だとか『あー』だとか漏らされて、俺を褒めることに四苦八苦しておられるようでした。
無理しなくて良いんだよ? って、そんな気分でしたが、なんだろうねー? なんか、ステファニアさんは俺を褒めたくて仕方が無いみたいですが。
まぁ、あれかな? ステファニアさんは、一番会話に付き合っている俺を気に入ってくれているみたいですので。気に入っている俺を褒めてくれようとか、喜ばせて上げようとか。そんなことを考えてくれているのかな? なんにせよ、良い子。本当癒される。是非ともアルベールさんにもこの気分を味わって欲しいものですが……どないしようなぁ、うーむ。
『あ、そうだ! しゃべってるのがすごい!』
苦悩する俺に、ステファニアさんはそんなお褒めを下さったのでした。なんだろう、生きているだけですごいとか、そんなノリ? よっぽど褒める所が無かったんだろうなって、納得しつつも妙な寂しさを覚えるのですが、はて? ステファニアさんの言葉にはどうやら続きがあるようで。
『なんか変な言葉をしゃべってた! それが多分すごい!』
アルベールさんと会話していたことを指してそう言ってくれているのかな? 自分出来ないことだし、きっとすごいことなんだろうって感じでステファニアさんは思ってくれたっぽい?
……ふむ。良い機会かもね。ちょっとあがいてみましょうか。ステファニアさんはアルベールさんに微塵も興味は無いみたいですが、会話するのは好きみたいですし。アルベールさんと会話するのも楽しいよって感じでいけば、アルベールさんに興味を持ってもらえるかもしれませんからね。で、そこから仲良くなって頂ければ、アルベールさんの夢見た世界の扉が開けるわけで。
『えーと、うん。そこはね、ちょっと自慢だったりするかなぁ。それにすごく楽しいよ? 人間の人たちと会話するのはさ』
『ふぅーん? 人間。私を連れてきたアレとか?』
アレ。悪意は無いのだろうけど、辛辣に聞こえて仕方がないのでした。前途が多難に思えて仕方ないけど、大丈夫、大丈夫。サーバスさんだって、クライゼさんのことを怪我したヤツって呼んでたし。だから、いけるいける。多分。