俺と、ステファニアさん(3)
じゃあ任せた。
色々とお忙しいらしくてですね。アルベールさんはそうおっしゃって笑顔で去っていかれたのでした。
『……ぬぐわぁ』
見送りながら、俺の口から自然と奇声がもれました。やってしまった。才能があるのかどうか。もう少し確認してみますねって返事をしてしまった。
本当、辛いことを後回しにしただけだよね。後でやっぱりありませんでしたって答えなきゃいけないんだから、自身の優柔不断さにはもう吐血の思いしかありません。
まぁ、ともかくですね。
リャナスの放牧地には、尻尾ゆらゆらのステファニアさんが残されたのでした。澄んだ黒色の瞳をされていますが、その瞳で俺のことをウキウキと見つめておられます。
どうにかアルベールさんのことを好きになってもらえませんか? そんな意味不明のお願いは出来ないし、聞き届けてもらえるとも思えませんし。どうしよっかなぁ。どうしたらいいのかなぁ。
分かりません。分かりませんが、ステファニアさんはどうにも俺としゃべりたそうな感じなので。ひとまず反応させて頂きましょうか。
『あー、うん。名前名乗ってなかったよね? 俺はノーラって言うんだけど、よろしくね』
体格とはギャップのあるステファニアさんの性格を考慮してです。このぐらいの口調で良いかなって感じで、名乗らせてもらったのでした。
で、その選択は少なくとも間違ってはなかったかな? ステファニアさんは嬉しそうに応えてくれました。
『ノーラ! 私、ステファニアって呼ばれてるから、多分ステファニア! よろしくね、ノーラ』
もちろんよろしく、と俺は返事をさせて頂くのですが……なんか、本当に可愛らしいなぁ。ドラゴンって、こんな感じだったっけ? 若いドラゴンにはあまり会ったことが無いので分かりませんが、俺の知る限りではねぇ? 例の赤い子なんかは、そのアレだったし。
『なによ? その意味深な目線は?』
思わず見つめてしまって、ラナから不機嫌そうな声が返ってきました。い、いえいえ、そんな深い意味はありませんとも。俺は慌てて目を反らしますが、うーん。やっぱり違うよなぁ。ステファニアさんは、純粋に無邪気って感じで。あの頃のラナは、無邪気に凶暴って感じだったし。
『……なんかムカつくから。あとで覚えてなさいよ』
今は年相応に凶暴って感じですよねぇ。あとで何をされるのか。それが怖くて仕方がありませんが、ステファニアさんはラナのことも興味津々に見つめておられて。そうですね。とにかく紹介ですかね。
『えーとね、こっちはラナ。あー、自己紹介よろしく』
何となく不機嫌になっていたようですが、ラナは快く応じてくれました。
『紹介されたラナよ。よろしくね、ステファニア』
なんか、めちゃくちゃお姉さんっぽさを感じますねぇ。ステファニアさんは、嬉しそうに声を返されます。
『ラナ! うん、よろしく!』
とにかくドラゴンと声を交わすことが嬉しいみたいですねぇ。尻尾ふりふりで、口調には喜色が溢れていて。
次いで、サーバスさんとアルバが挨拶しましたが、こここでも嬉しそうに応じられて。うーむ。本当にねぇ。なんかこう、今までに出会ったことの無いドラゴンさんですね、このステファニアさんは。
その思いは、俺のご友人方も同じようで。皆さん不思議そうにしていますが、アルバが代表してその思いを口にしてきました。
『しかし、面白いな。お前みたいなヤツもいるんだな』
ですよねーって感じのアルバの意見でしたが、当人にとってはよく分からない意見だったようで。
『面白いの、私?』
ステファニアさんの疑問の声に、アルバはもちろんと答えます。
『なかなかいないからな。お前みたいな、おしゃべり好きなヤツは』
『へぇ、そうなんだ。いや? やっぱりそうなんだ、へぇ』
納得してるみたいだけど、何を思っての発言なのかどうか。気になったので尋ねてみることにします。
『やっぱりって、何かそういう経験をしたりしたの?』
『うん。だって、みんな全然話してくれないもん』
『みんな?』
『一緒に暮らしてるみんな』
なんともなるほどでした。
どうやら、ステファニアさんのご同僚たちは普通のドラゴンたちのようなのですね。その中で暮らしていたら、会話なんてロクに出来ないだろうし、自分が特殊だって自覚することにもなるだろうね。
しかし……うーん。この子は何とも特殊な性格をしているようだけど。それで普通のドラゴンたちの中で暮らしていたのか。それはなんとも。
『大変だったろうねー。退屈だったり、寂しかったりさ』
ステファニアさんは、人恋しいならぬドラゴン恋しいタチっぽいですし。そんな生活だったんじゃないかって、俺は推測するのですが。
ステファニアさんは『んー』と考えこむような間を置かれました。
『どうだろう? おしゃべりした方が楽しいのにって思ってはいたかも。でも、今日は嬉しいよ! 話しちゃダメなのかもって思ってたけど話せたから!』
満面の笑みなんてドラゴンには浮かべられないのですが。でも、尻尾はゆらゆらで、瞳は光り輝いていて。ステファニアさんの喜びの丈の大きさは、見ているこちらがほほえみたくなるぐらいに十分に伝わってくるのですが……ふむ?
『話しちゃダメって何の話かな?』
そう言えば、さっきもそんなセリフを聞いたような気がしますが。ステファニアさんは、俺たちに話しかけ辛いものを感じていたってことなんでしょうかね?
『みんな私から離れてたから。なんか話してるのは分かってたけど、私は混ざらない方が良いのかなって』
そんなことを思っていたらしいのでした。あー、なるほど。前回会った時にはですね、状況が状況で、むしろこちらの方が話しかけ辛いものを感じていたりしましたが。
『えーと、ごめんね? 前の時は、人間の人たちに囲まれてちょっと近づきにくかっただけだから。混ざらない方が良いとか、全然そんなことじゃなかったから』
ギュネイ家の大事なドラゴンということで、護衛の人たちがついてましたしねぇ。本当、ただそれだけのことでありまして。
『本当?』
ステファニアさんの声に、俺は思わず頷きを見せます。
『本当、本当。むしろ俺は話しかけたかったし。今日は話せて本当に嬉しいよ』
『そうなの? 良かったぁ。じゃあ、私も話しかけても良いよね? ね?』
『ははは。そりゃそうだよ。俺に限らずだけど、何でもいつでも話しかけてくれて良いから』
まぁ、アルバが眠たい時とラナが機嫌が悪い時は別だけど、あえて言葉にする必要も無いかなぁ。この子、話しかけちゃダメだと思ってたなんて言っていたけど、かなり空気を読もうとする子みたいだし。
ともあれ、俺の言葉はステファニアさんが喜んでくれるのには十分だったようで。
『いいの? やった! じゃあね、うーん、何を話そうかなぁ、うーん』
そうして、早速ステファニアさんは悩み始められて。その様子が何とも可愛らしくて。
アルバとサーバスさんはもちろん、ラナにすらその様子はほほえましげに映っているようでした。和やかな空気が、放牧地の一画に流れます。
なんか、良いですねぇ。
俺は目を細めたくなるような心地でした。良い機会になったって感じでした。俺たちにとっても、ステファニアさんにとってもね。
ステファニアさんはアルベールさんの騎竜であって、これからも戦場でお会いすることになると思うのですが。これから長く付き合うことになる良い友人に出会えたって、そんな感じが俺にはあるのでした。
こうして、俺たちには親しく出来るドラゴンが増え、楽しい放牧地での時間を過ごすことになりましたとさ。
めでたし、めでたし。
……って感じじゃダメかな? いやダメなんでしょうね、ぬはははは。
本題が待ち受けております。
ステファニアさんと俺たちの挨拶が終わりまして、それからみんなでいくらか会話を弾ませた後でした。
『へぇ、ノーラたちの生まれた場所って、そんなところなんだねぇ』
ステファニアさんが楽しげに相槌を打たれて、俺はまたラウ家の所領について説明したりするのですが、えーと現状なのですがね。
アルバは日課の睡眠に入って、サーバスさんもそよ風に吹かれながらボケっとされ始めて。
よってステファニアさんと会話しているのは現状俺だけなのでした。いや、途中まではラナもいましたが、端的に言いますと会話にちょっと飽きてきたようで。今は寝転がって、遠巻きに俺とステファニアさんの様子を眺めています。
で、ステファニアさんと表面上楽しく会話を続ける俺なのですが……内心、けっこう悩んでいたりするのでした。
本題がねぇ、うん、本題が……うーん。
なんとか意思の疎通が出来るようにさせられないかと、アルベールさんに頼まれてはいるのですが。そして、その願いは叶えて上げたいのですが。ねぇ?