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俺と、ステファニアさん(1)

 前回の騒動では、色々印象に残るアレコレがあったのですが。


 その中でも、トップに位置してくるのはアレですね。広場への降下前の空戦ですが、その最中のアルベールさんのふるまいですかねー。


 いきなり、娘さんに婚約を申し出るっ! なんておっしゃられて。それが何とも、色々な意味で衝撃的でありましたが。


 それ以外にも一つですね、俺には記憶に残るふるまいがあったのでした。


「……ステファニアはどうやら飛んでいないようだな」


 空戦の最中です。鋭い口ぶりで、アルベールさんはそんなことをおっしゃったのでした。その時は、俺の頭には娘さんのことしかなかったし、アルベールさんもそうであると思っていたので。俺は不思議の声を上げることになりました。


「ステファニアさんですか? 大事なことなので?」


 ステファニアさんはアルベールさんの騎竜なのですが、それがこの局面で重要なことなのかどうか? そう思っての問いかけだったのですが、反応は否でした。


「いや! 違う。でも、どうしても気になったんだよ。アイツは俺の大切な騎竜だからさ……ことが終わったら、必ず取り戻さないとな」


 アルベールさんは根っからの騎手であり、だからこそ同じ爪先から頭のてっぺんまで騎手の娘さんに好意を抱いたのだろうな。そんな感慨を俺は覚えたものですが。


 とにかく、ステファニアさんについての話題は、俺がそうだったのですかと返して終わりました。


 そして、その後は色々とごったごたしていまして。アルベールさんはステファニアさんを取り戻すことは出来たのか? そのことについて、俺の頭から抜け落ちていましたが。


 どうやらですね、上手いこと取り戻されたようですね。


『……おおぅ』


 草原の青さの眩しい、カミールさんの放牧地においてです。


 俺は少しばかり気圧されていました。お会いしたのは、この屋敷での一騎討ちぶりですが。でかいなぁ。立派だなぁ。


 俺が目の前にしているのは、もちろんステファニアさんでした。犬座りでこちらをジッと見つめておられますが、相変わらず素晴らしい風格ですねぇ。


 しっとりとした鈍色の体躯は、陽光の下で輝くわけでは無いのですが、不思議と重厚な存在感を見せていまして。目つきが鋭ければ、身にまとう雰囲気も相応で。王国一流のドラゴンだということを、その存在をもって示されておられるような感じですねぇ。


 俺の畏怖の思いは、ステファニアさんの騎手にも十分に伝わっているようでした。アルベールさんは自慢げに、ステファニアさんの背中を叩かれます。


「あらためて見ても立派だろう? 俺の自慢のドラゴンだ」


 俺は感嘆の頷きを見せるしかありませんでした。俺が貧相な体躯をしていることもあってでしょうが、本当立派にしか見えません。


 まぁ、立派な体躯をしている方々も感想は俺と同じようでしたが。


 この場には、俺の他にもラナにアルバ、サーバスさんもいらっしゃって。それぞれに、興味深そうにステファニアさんを眺められているのでした。口をついて出るのは、やはり『大きい』『強そう』といったところで。ひたすらに感心しているって感じですかね。


 とにかく感心の目ばかりで、それに感じ入っておられるようで。アルベールさんはわかりやすく得意満面でしたが、まぁうん、それはともかくでしてね。


「あのー、アルベールさん?」


「ん、なんだ?」


「ステファニアさんを連れていらっしゃいましたが、その、どうされたので? 用件の方がいまいち分からないのですが」


 不意打ち気味にですね、いきなり来られたのでした。しかも、俺に御用があるということで。俺としてはですね、そこについて是非うかがいたのですが。


 あぁ、とアルベールさんでした。


 アルベールさんはステファニアさんの背を再び叩かれまして。


「そう言えば、言ってなかったっけか? そりゃあまぁ、ステファニアだよ、ステファニア」


「えー、それはまぁ。ステファニアさんを連れて来られたので関連する用事なのでしょうけど。無事取り戻されたぞということで?」


「それもある。でも、本題は別だな。ノーラにさ、ステファニアに言葉を教えてもらおうかと思って」


 へ? となりました。


 俺がステファニアさんに言葉を? それは……まぁ、そっか。


「何かおっしゃっていましたもんね。俺だとうんたらかんたらーって」


「ざっくりしすぎだ。ノーラだと、俺の意を理解してくれて飛んでるからな。騎手として、あれほどの幸せはないって俺は思ったもんだよ」


 えー、そうでした、そうでした。アルベールさんは広場上空での攻防において、俺にそんなことをおっしゃってくれまして。


 そのことがあって、アルベールさんは俺に言葉を教えろなんておっしゃっているようですね。ステファニアさんを俺のような、言葉を理解し話すドラゴンにしようってことで。


 まぁ、言葉を話し、言葉を話せることと、肝胆相照らすような仲になれることにはは天と地以上の差があるような気はしますが……まぁ、そこは後にしまして。ちょっと口にさせて頂きたいことがありまして、それを優先させて頂きましょう。


「しかし、それでこの屋敷に自ら来られたのですねぇ」


「そりゃ、頼みに来たんだしな。それが礼儀ってものじゃないか?」


「それはそうですけど、すごいなぁと。本題はともかくとして、サーリャさんに会いに来られたわけですもんねぇ」


 そこが本当に感服させられておりまして。どうしても口にしておきたかったのでした。


 豆腐ほどの剛性も無い俺のメンタルだったらです。一度告白をお断りされたら、二度と顔を会わせる気にはなれないでしょうけど。


 すごいですねぇ。本当タフ。出来る男ってのは、一度断れたぐらいじゃへこたれないんですね。心底、尊敬しか出来ないなぁ。


 そんな感じで、俺はアルベールさんに尊敬の眼差しを送らさせて頂いたのですが。な、なんでしょう? アルベールさんは真顔的な笑みと言いますか、妙な笑みを見せられておられますが。


「……無理するんじゃなかった」


 そして、ぽつりと妙な言葉をもらされまして。俺は戸惑いつつ応じることになりました。


「え、えーと、アルベールさん?」


「意地を張るんじゃなかった。素直にノーラに来てもらえば良かった。男だったら、一度振られたぐらいで気遅れなんかするなよって、自分に言い聞かせて来てみたんだけどさ。はははは」


 乾いた笑い声もまたもらされるのでした。


 さ、左様でしたか。アルベールさんであっても、失恋の痛みは深々と胸に突き刺さっていたらしく。その上で、今日の結果だよなぁ。


 娘さんはですね、アルベールさんの来訪に挨拶には出向かれたのですが、あわあわとして早々に逃げられたのです。親父さんが領地を受け取られることになったのですが、その色々の手伝いがあってなんて言い訳をされてですね。


 拒絶されたと受け入れられたのだろうなぁ。アルベールさんの表情からは笑みが消え、ため息ばかりが春の陽気を湿らせます。


「はぁ……なかなかさ、辛くてさ。分かるよな、ノーラ?


「え、えぇと、分かりますが、決してですね、サーリャさんはアルベールさんを嫌われているわけでは……」


「分かってる。でもな、嫌いじゃないけど夫にはしたくないって評価がさ? 俺も男なんだ。染みるんだよ、本当」


「え、えー、それはまぁ、はい」


「……はぁ。辛い。ふられて辛い。それに忙しくて辛い。リャナス派のギュネイ家の当主みたいになってしまってさ。家臣の取りまとめとか色々大変でさ。本当まぁ辛くて……」


 アルベールさんはちょっとばかり病みを感じさせる笑みで、ステファニアさんの背中をなでられました。


「……大事なドラゴンとさ、心を通じ合わせたい。俺はそう思ったんだ。それが出来たら、きっと楽しいに違いなくってさ。ははは」


 え、えーと。なんか理解しました。多分、心の清涼剤を求めておられるのですね。ステファニアさんと心を通じ合わせて、最高の騎手と騎竜になれたら幸せだろうって、今の荒んだ心も癒されるだろうって。アルベールさんはおそらく求めておられるのでしょう。


 う、うーむ。


 多分、アルベールさんにはいつもの表情に見えたでしょうが、俺はとにかく渋面でした。な、悩ましいな、うん。


 ちょっと、いや大分? 言い出しにくくなってしまいましたね。アルベールさんは、ステファニアさんが言葉を理解し話せるようになることで、より良い関係が築けると思われているようですが……それは、かなり可能性は低いですよねぇ。


 

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