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俺と、親父さんの出世(終)

 んんー? って感じでした。


 腕に怪我が無ければ、腕組みで唸っておられそうな表情を娘さんはされていまして。


「確かにそれはその通りなのですが……でも、今がそれが通用するような時代なのか、私はちょっと疑問に思っていまして」


「時代? どういう意味だ、サーリャ?」


「すでにして思いがけないことが起きていますから。この王都で、本来の味方同士が軍勢を用いた争いを起こして。私もこの王都で虜囚の憂き目に会って、当主殿も普段は振るう必要の無い剣を振るうことになって」


「……確かにな。カミール閣下はこれからの時代が混迷するようなことをおっしゃっていたが。軍役に無いからといって、戦場に出ずにすむような時代で無くなるかもしれんな」


「うん。それで、そうなった時のためにだけど、隣なり背なりを任せられる勇士たちを養っておいて、ラウ家のボロボロの武具などを新調したりして。領地を頂いての話になるけど、そうした方が結果として当主殿の身の安全は図れるんじゃないかって、私はちょっと思っているんですよね」


「……ふーむ」


 親父さんは一唸りされて黙り込まれましたが、それは娘さんの言い分に理があると思ってのことでしょうね。


 俺も確かになぁって感じでした。諸派が対立しあって、この国は混乱の時代に入りかけているようでして。親父さんも、それに巻き込まれて否応なく再び剣を振るうことになるかもしれませんもんね。


 その事を思ったら、あらかじめ戦力を充実させて親父さんが無茶な突撃をしても、何とかなるようにしておくのも手かもしれませんが……うーむ。ただ、カミールさんの実力で、混乱が速やかに収束する可能性もあるわけで。


 対岸の火事として親父さんが安穏としていられる可能性はあるのですよね。しかし領地を頂いてしまえば、混乱を収めるための原動力の一つとして、親父さんは間違いなく戦場に出ることになるはずで……


 うーん。難しい。予想も出来ない未来のことですからね。何とも判断のしようが無いよなぁ。


「……あのー、そもそもですが。少し良いですか?」

 

 沈黙し思案にふけっておられるっぽい親父さんに対してです。娘さんはひかえめに声をかけられまして。親父さんは「あぁ」と頷きを見せられました。


「すまんな。少し考えることに集中していたが。なんだ? 何か私に聞きたいのか?」


「はい。そもそもですが、何で当主殿はカミール閣下からの誘いを断られることに決められたので?」


「む、私の意見か?」


「そりゃそうですが、当主殿の身の安全のためにはっていうのは私の意見ですから。当主殿がこの件について何を思って断ろうとされたのか、是非知っておきたいと思いまして」


 そう言えばですが、親父さんその説明はされませんでしたね。いや、あえてされなかったのかな? なかなかこう、俺であれば口にするのが気恥ずかしい内容ですし。


 で、実際親父さんもそう思われているようで。「わ、私の意見か」などとためらわれて、俺のことをちらりとうかがって来られて。気持ちは分かりました。愛する娘を見守るためって、なかなか口にするのは難しいでしょうし。


 ただあの、俺を見つめられてもですね。代わりに言えってことでしょうか? いやぁ? こういうことは、本人の口からおっしゃった方が良いような。娘さんもそっちの方が嬉しいでしょうし。


 俺は首を小さく左右に振りまして。親父さんは観念されたように、悩ましげに娘さんに向き直られました。


「……まぁ、その、あれだな。私はお前の唯一の肉親なのだ。これからも監督していく責務はあるだろうからな」


 なんとも固っ苦しい言い分になったのですが。しかし、娘さんには十分に伝わっていたようでして。


「……それって、私が心配だからってこと? だから、戦場で無茶をするようなことは避けたいって?」

 

 娘さんが示された理解は至って的確でしたので。親父さんは「う、うむ」と頷かれるしかないのでした。


「まぁ、そうなるな。一応な」


「……ありがとう。嬉しい。そんなこと私に思ってくれてたんだ」


 娘さんは心底嬉しそうに微笑まれました。それが何とも気恥ずかしかったのでしょうねぇ。親父さんは明らかに動揺されて、何度も頷かれて。


「う、うむ。うむ。まぁな。一応お前の父親だからな」


「あははは。そっか。とにかく嬉しいよ。お父さんは私を見守ってくれようとしてくれて……でも」


「でも?」


 親父さんが声に出されて、俺も『でも?』と内心で呟いて。でもって、何でしょうかね? 疑問の眼差しで見つめることになったのですが、娘さんは気恥ずかしそうな笑みを浮かべられました。


「でも、今回みたいなのも良いなぁって思ったよ。私が空で、お父さんが地上でっていうのも。なんか、お互いに見守ってるみたいで」


 その発想は親父さんには無かったようでした。目を軽く見張って、若干の驚きを見せられた上で苦笑を浮かべられました。


「お互いにか? どちらかと言えば、私が見守られる方だと思ったが?」


「ははは。まぁね。こっちが見下ろす立場だし。でも……私はそう思ったよ。お父さんが一緒の戦場にいると思うと、なんか心強い感じがあったし」


「心強いか?」


「うん。でもまぁ、それはともかくだよね。とにかく、私は領地の件を引き受けた方が良いと思うけど、お父さんの……当主殿の決断が一番大事だから」


「そうだな。もちろん、最後は私の決断になるが」


「では、もちろん決断はお任せします。じゃあ、私はそろそろ行くね。ラナを寝させないといけないし。ノーラもじゃあね」


 そうして、娘さんはラナを連れて去って行かれました。


 親父さんと娘さんのやりとりを目の当たりにして、俺はほっこり気分で見送ることになったのですが。この方はですね、ほっこり気分とはいかなかったようで。


「……うーむ」


 親父さんは低く呻かれて、金の頭髪をガシガシとかきむしりもされて。


 まぁ、でしょうねー。


 多分親父さんも多少はほっこりされたでしょうけど。娘さんが残されたものはそればかりではなかったですからね。


「……なるほど。アイツも良く考えているものだな」


 それは間違いなく、娘さんの提言に対するもので。俺は同意を示すのでした。


「ですねー。領地を頂かなくても、結局戦場に出る可能性はあると」


「それぐらいなら領地を頂いて、軍備を整えるべき。その方が安全だというのも分かる。だが、しかし領地を頂けば……」


「可能性では無く、絶対に戦場に出ることになりますね」


「だな。その辺りの判別が難しく、それに……」


 俺は首を傾げることになりました。今までは、親父さんの苦悩も理解出来て、それなりの相槌を打つことが出来たのですが。それにの続きがちょっと分からなくて。


「それにでしょうか?」


「あぁ、それにだ。私もな、良いかもしれんと思ってな」


「良い?」


「あぁ。サーリャと一緒に戦場というのもな。良いかもしれんが……はぁ」


 悩ましいと親父さんでした。


 娘さんを見守り続けたい意思もあれば、戦場自体はお好きで、さらに娘さんと一緒にという欲も出て来られたようで。


 うーむ、難しい。


 単純な答えなんて無ければ、俺に言えることなんて無いよなぁ。あ、でも、これぐらいなら言っても良いかな?


「私も戦場におりますので」


 ん? と親父さんが俺に目を向けられまして。俺は続きを言葉にします。


「サーリャさんにも当主殿にも、俺は全力で味方でありたいと思っています」


 どんな選択をされるにしてもです。俺は全身全霊で、親父さんの力になりたいと思っていますので。そのことをもって、少しでも気持ちを楽にしてくれたらなぁって、そんなことを愚考した次第でありました。


 しかし、思ったよりも効果はあったのかな? いや、どういう効果なのかは分かりませんが。親父さんは真顔になって頷かれるのでした。


「そうだな。お前がいたか」


「はい。微力ながらにですが」


「お前の微力は何かの冗談かと疑うが……うむ、そうか。あの時とは違うのだな。お前もいれば、ハイゼ殿もサーリャを気にかけてくれている。カミール閣下もそうであれば、クライゼ殿もアレクシア殿も……なぁ、ノーラ?」


「えーと、何でしょうか?」


「この点をもってしてな、アイツも認めてはくれんだろうかな?」


 アイツ。これは間違いなく、親父さんの奥様でしょうね。戦場にて、カミール閣下の期待に沿い活躍することを許してはくれないかと。


 もちろんなんて頷きたいところでしたが、故人の意思は分かりませんからねぇ。ましてや、一度も会ったことの無い俺にはね。苦笑の声を上げさせてもらうしかありませんでした。


「ははは。どうでしょう? 当主殿はどう思われますか?」


「私は……うーむ。叱られるかもしれんな。私の話の何を聞いていたっ! などと、怒鳴られるかもしれんが……」


 親父さんもまた苦笑を表情に浮かべられました。


「まぁ、いつか会った時のためにな。謝罪の準備だけはしておくとしようか」


 親父さんはそう決断をされたようでした。


 翌日です。


 親父さんは是の返答を、カミールさんにされまして。


 もちろんそれは歓迎の声の下に受け入れられたのでした。



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