表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

212/366

俺と、親父さんの出世(8)

 で、この混乱をこの方は最大限に生かされるらしく。


 ギャッ!? と悲鳴が上がりました。次いで、血の匂いが立ち込めます。


「ノーラっ!! 止まるなよっ!! 常に動き続けるのだっ!!」


 長剣から血しぶきを飛ばしながら、親父さんがそう叫ばれました。多分、囲まれるなってことだと思います。俺は「はいっ!!」と返事をしましたが、そんなことはロクに実行出来る気がしないわけで。とにかく親父さんの背を追うことに決めたのでした。


 そして、親父さん劇場でした。


 停滞など一切無く、敵兵の中を嵐のように駆け抜けて。


 俺は魔術を使ったり、頭や尾にものを言わせながらなんとかついて回るのですが……間近にするとやっぱり違うなぁ。


 親父さんの働きです。


 卓越したものは今までにも感じていたのですが、やっぱりすごいですね。剣技うんぬんってそういう話では無くて。戦場でのふるまい方を熟知されているって感じで。


 決して止まることなく、決して不利に陥ることなく。相手の強きにはあえてぶつかろうとせず、相手の弱気を突きながら負けないふるまいを続けられて。


 すごいものだと感心ばかり覚えますが……しかしです。見事に敵の策を阻んだのですが、問題は俺たちの今後ですね、俺たちの。


「えぇい、味方はまだ来んのかっ!!」


 敵兵の一人を蹴飛ばしながら、親父さんは苛立たしげに叫ばれました。俺もまた魔術で敵の囲いを破綻させながらに冷や汗でして。


 早く味方に来て頂かないとですね。今は何とかなっていますが、俺と親父さんもその内に疲れちゃいますし。囲まれてどうにかなってしまう未来が、容易に想像出来るような。


 助けを叫んだら、誰か来てくれはしないでしょうか?


 自らの疲労を自覚しつつ、実際に行動に移すか悩む俺でしたが。どうやらです。その必要は無いようでした。


「はっはっはっ!! 派手にやっているようですなっ!!」


 聞き慣れた愉快げな叫びが耳に届きました。


「は、ハイゼさんっ!?」


 俺が胸に閃いた名をそのまま叫びますと、くだんのハイゼさんが槍をひっさけながらに現れて下さいました。その周囲には、味方と思わしき十人ばかりの兵士の方々がおられて。


「カミール閣下から借り受けて参りました。平たく言えば援軍ですな」


 俺はもちろんですが、親父さんもでした。ホッとされているようで、汗だくの顔には安堵の表情が浮かんでいました。


「さすがハイゼ殿ですな。伏兵に気付いておられたか」


「まぁ、見え透いておりましたからなぁ。とにかく、あと一踏ん張りで。カミール閣下が、怒り狂って兵たちを呼び戻しておられますからな。迂闊な連中めと大層ご立腹でして」


 カミール閣下の怒り具合はちょっと気になりますが、ともあれ一安心ですかねぇ。カミールさんから借り受けたとおっしゃっていましたが、見たことのある顔もちらほら。どうやら先日も活躍された、リャナス一門の精兵らしいですね。十人足らずの人数ではありましたが、周囲の敵兵を圧し始めます。


 やれやれでした。魔術の使いすぎでちょっと頭が痛くなってきていましたが、これで一休み出来ます。出来れば休んでいる間にですね、増援がいらっしゃって状況が決すると良いのですが。


 なーんて楽観したのが悪かったのかどうか。


「クソがっ!! 全く来ないではないかっ!!」


 親父さんが苛立ちを露わにされながらに長剣を振るわれます。


 えーとですね。囲まれちゃってます。で、増援は全然来ないのでした。


「は、ハイゼさん? 増援はあの、まだで?」


 近づく敵兵をしっぽで薙ぎ払いながらに、俺は思わずハイゼさんに尋ねかけます。ハイゼさんが来られてから、もう十分ぐらいは経っているはずなのですが。増援なんて影も形も無い現状でして。


 ハイゼさんは槍を振るわれながらに、「うーむ」と一つ悩ましげにうなられました。


「来てもおかしくは無いが……味方の軍勢も寄せ集めでなぁ。上手いこと指示の伝達が成されてはいないようだな。はっはっは。まぁ、良くあることだな、うむ」


 どうやら、そうらしいのですが……い、いやぁ? 俺はその、笑えるような心地では全然無いのですが。


 親父さんも当然そうであるようで。憎らしげに舌打ちをもらされたのでした。


「まったく……冗談ではないぞ。これでは味方に殺されるようなものではないか」


「ははは。そうですなぁ。信頼できる味方は希少なもので」


「そうとも。信頼出来る者は、まったく貴殿ぐらいのものですな」


「ほぉ? はっはっは! まさかラウ家殿に認めて頂く日が来るとは! これは私も発奮せねばなりませんなぁ」


 ハイゼさんを毛嫌いしていた過去のことを思い出されてでしょう。親父さんは苦笑を浮かべられ、ハイゼさんは意味深にニヤリとされていて。


 ……良いなぁ。なんか男の友情って感じで。ちょっと以上に憧れますが、その友情をこの夜で終わらせるわけにはいきませんなぁ。


 ちょっと集中しましょう。薄暗がりで、現実にイメージを投影しにくいのですが、気合です、気合。


 暴風を編み切ります。敵兵を五、六人まとめて吹き飛ばし、包囲の輪を緩めることに成功します。


「ははは。ラウ家殿。ノーラには信頼出来ると伝えずによろしいので?」


 楽しげなハイゼさんに、親父さんもこれまた楽しげに応えられます。


「言わずもがなですからな。クライゼ殿との一騎討ちの時から、私はノーラには全幅の信頼を置いていますので」


 嬉しいことをおっしゃって下さったのですが、喜んでる場合じゃないよなぁ。カミールさんに襲い掛かるために、まず俺たちと。敵さんは根性入れて俺たちを囲み攻め立てて来ていて。


 このままでは俺たちも疲れ果てて、あまり考えたくない最後を迎えるしかないのですが……って、ん?


 俺は耳をそばだてることになりました。


 それはおそらく人間には聞こえないような音で。しかし、ドラゴンの俺には如実に聞こえていて。


 これは……ドラゴンの羽音か?


 そして、視界がオレンジに染まりました。


「な、なにごとだっ!?」


 親父さんが驚きの声を上げられましたが、俺には状況はすっかり理解出来ていました。


 ドラゴンブレスです。


 空では一体のドラゴンが飛んでいて。それで、地上に向かって届かない程度のドラゴンブレスを放っているのです。まるでですね、ここで俺たちが戦っているぞと示しているようで。実際、傍から見たら、ここで激戦が繰り広げられているように見えるはずで。


「ふーむ。どこの手の者かは分かりませんが、気の利く騎手がいるものですなぁ」


 ハイゼさん空を仰ぎながら感心の呟きをもらされるのでした。ですねー。これで多分味方も来てくれるでしょうし、敵さんも増援が来るだろうと動揺しているみたいで。


 状況が一気に変わった感じがありますが、素晴らしい騎手さんですねー。まぁ、俺はその素性について大分心当たりがついていましたが。


 だって、あのドラゴンの飛影がね? どう見ても、俺が親しくしているあの赤くて最近ちょっと丸くなった感のある元暴竜に違いないですし。騎手については何をか言わんやって感じで。


 しかし、その点について言及している状況では無いですね。


「今こそ気を上げる時だっ!! ノーラっ!!」


 親父さんが気合を叫ばれまして、俺も当然気合を入れます。


 窮地を脱するまであと一歩。なんとか優位に立ち続けて、ここまで来て命を落とすようなことは無いようにしなければ。


 ただでした。


 幸いなことに、それほどの気合は必要ありませんでした。


 ぱっぱと味方さんが来てくれて、ここに来て敵さんも終わりを実感してくれたらしくて。


 降参で終わりとなったのでした。

 

「……はぁ。やれやれだったな」


 一段落ついて、俺と親父さんの姿は味方の陣幕の中にありました。ハイゼさんはまだ余裕があったらしくて、カミールさんと一緒に投降してきた兵たちの扱いに従事されているようなのですが。俺と親父さんは、もうヘトヘトもヘトヘトでして。


 親父さんは地面にへたりこんで、やれやれと口にされていました。俺は地面にベタリと丸くなって、力なく親父さんに応えさせて頂きます。


「……ですねー。疲れましたねー」


 一人に一体で突撃した時から予感はしていましたが、案の定疲れ果てることになったのでした。


 時間も時間ですし、さすがに眠いかなー。このまま寝てしまいましょうか? そんなことを俺は思ったのですが、ただ……んー。


 俺は地面にアゴをつけつつ、親父さんの顔を見上げます。


 親父さんの表情が少しばかり気になったのです。疲ればかりがそこにあるわけではないようで。アゴをさすりながら、思慮深げに目を細めておられますが。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ラウ家殿って呼び方おかしくないですか?
2023/05/06 21:08 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ