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俺と、親父さんの出世(7)

 親父さんの悩みが頭には残っていましたが、何はともあれでした。


 俺たちはどうやら夜襲を受けているようでして。狙いはもちろんカミールさんでしょうが、んなことは絶対許すにはいかないわけです。


 で、親父さんの背に従い、どたばたと怒声と剣戟の渦中に受かったのですが。


 ……おや?


「急げっ!! 退けっ!!」


 そんな叫びが耳に届いて、事実その通りの光景が広がっておりました。


 敵さんは石塀の正門を開いて、手近な味方に突撃したようなのですが。なんかあっさり撃退されたっぽい? その上で、開けっ放しだった正門につけ込まれているみたいで。


 そして、なかなかこの小勢に手を焼かれていた味方さんたちなので。その鬱憤を晴らすかのように、次から次へ、どしどし正門に殺到しておられます。なんか、終わったって、そんな感慨を抱かせる光景でした。


「えーと、どうされます? 私たちも向かいますか?」


 場の雰囲気的にそうした方が良いのかなーって感じで、俺は尋ねさせてもらったのですが。ただ、親父さんでした。味方に右にならえをするつもりは無いようで、鋭い目をして陥落した正門をじっと眺められています。


「ど、どうされました?」


 俺が問いかけますと、親父さんはぽつりと口を開かれました。


「……あそこの連中はそれなりに手練れでな」


「へ?」


「夜襲なり奇襲に際し、あぁも無様に付け入りを許す連中には思えなかったが」


 何か違和感があると、そんな感じでして。


 親父さんの発言からの連想ですが。俺の頭には、ちょっとうがった解釈が浮かぶのでした。


「罠……だとかですか? 勢い込んで攻め込んできたところをみたいな?」


「それもありそうだが……いや。連中は救援も無く孤立している。こちらにいくらか痛撃を与えたところでどうにもならん。ならば狙うべきは一つか」


「もしかして……カミール閣下で?」


 こちらの急所と言えば、一にも二にもまずカミールさんしか浮かばないのですが。親父さんは頷きを見せられました。


「だろうな。こちらの軍勢を屋敷に殺到させておいて、いずれかに密かに伏せておいた手勢で閣下の本陣へ。まぁ、分かりやすくもありがちだが、十分にあり得るな」


 親父さんは落ち着いた様子で、そう分析を口にされましたが……えー、あまり落ち着いている場合では無いのでは?


「い、急いで閣下の元に向かいましょうっ! お守りしないとっ!」


 こうしている間にも、味方は続々と正門をくぐっており。カミール閣下の周囲が手薄になっているだろうことは明らかであって。


 これはもう急ぎ向かわなければならない局面のはずでした。ただ、親父さんは応とは言ってくれませんでした。


「いや、そういうのは好かんな」


 淡々としてそうおっしゃられて。俺はかなりのところポカーンとしてしまいました。


「へ、へ? まさか……カミール閣下を見捨てられると?」

 

 そんな風に俺には聞こえたのでした。しかし、それは俺の考え過ぎであったようで。親父さんは呆れ顔で首を左右に振られました。


「そんなわけがあるか。単純にだ。カミール閣下の側にいて、策が図にはまったと意気軒昂の敵勢を相手するのはあまりしたくはないという話だ」


「では、その、どうされるので?」


「増長される前に叩くしかあるまい。となると……」


 親父さんは思考を巡らせるように、わずかに闇空に目をやって。そして、ため息でした。


「はぁ。手勢が無いというのは厄介な話だな。ノーラ、一応だが。増援を呼びかけてもらってもいいか?」


「分かりました。文句の方は?」


「適当でいいが、一応ヒース・ラウの名を使っておいてくれ。伏兵を叩くのに協力を願うと」


 俺は頷き、風の魔力を練ります。俺はまったく大音量のスピーカーのようなもので。味方の人たちは、血相を変えて屋敷に殺到していますが、俺の言葉であれば届くはずでした。


「敵に伏兵があるっ!!! 誰かヒース・ラウに続くものはいないかっ!!?」


 精一杯の声量を響かせます。多分、救急車や消防車のサイレンよりはうるさく響き渡ったたと思います。ところが、あー、うん。


「……ダメっぽいですね」


 一瞬こちらに目を向けてくれた人たちもいたのですが、呼びかけに応じてはくれないようで。親父さんは再びの嘆息でした。


「はぁ。やはりな。始祖竜の呼びかけと言えども、勝利を前にした熱狂の渦には勝てんか」


「ど、どうされます?」


「どうもこうも無い。敵の伏している場所には検討がついている。寡勢もいいところだが向かうしかあるまいが………どうする? ついてくるか?」


 そりゃもちろん。俺はすかさず頷きを返します。


「私はラウ家のドラゴンですから」


 当主殿のお頼みとあれば、もちろんご一緒させて頂きますとも。始祖竜だとかいう虎の威を被ってもいれば、魔術の行使で多少は役に立つでしょうし。

 

 親父さんは嬉しそうな笑みを浮かべてくれました。


「そうか。では、当家のドラゴンにはそれ相応に働いてもらうとするか。行くぞ」


 親父さんは駆け出されて、俺はその背を追いかけます。正門への人の流れを横目にして、石の防壁の側面へと。


 突き進む先には、雑木と茂みに覆われた場所がありまして。最初に耳が異変を捉えました。深いヤブの中から、わずかな人の話し声と金属音がもれ伝わってきていて。


「……どうやらいるみたいです」


 背後から伝えますと、親父さんは立ち止まり頷きを見せられました。


「そうか。やはりいたか。夜襲を隠れ蓑として、壁伝いに降ろしていたのだろうな。そして、手近なヤブに隠れていたと」


 さすが戦歴のある方と言いますか。読みどおりズバリ伏兵はいたようでした。ただ……うん?


「あの……おそらく百に届かずとも、そのぐらいいるようなのですが……」


 耳感覚ですが、多分あっているはずです。そしてなのですが、伏兵に気付いているのは俺と親父さんのみ。きれいに俺と親父さんだけなのです。


 ですが、その点については親父さんはまるで気にされていないようで。


「……どうだ? 向こうには気づかれているか?」


 俺と親父さんは、松明の光から遠い暗がりにいるのですが。えー、どうでしょう? 俺は耳をそばだてまして。


「……大丈夫かと。気づかれている感じは無いです」


 親父さんは身を小さくされながら頷かれます。


「では、良い。ノーラもな、精々声を上げながら突貫すると良い。奇襲のたぐいはな、こちらが大勢だと相手に思わせることが肝要だぞ」


「は、はい。ですがあの、一人に一体なのですが……」


「もはやそこは仕方あるまい。とにかく、私たちが暴れれば寄ってくる味方もあるだろう。カミール閣下を死なせるわけにはいかんからな。では、行くぞ」


 親父さんに臆された様子は無く。そして、すらりと音も無く長剣を引き抜いたわけですが、うーむ。悪鬼かぁ。粛々として死地に望む様は戦鬼って感じですが、この人って多分根っこからの武人なんでしょうね。ちょっとばっかし恐ろしい感じも。


 一つ頷きを見せられて、親父さんは駆け出されました。今さらですが、白兵戦かぁ。嫌だなぁって思いますが、親父さんを一人でなんて選択肢は無くて。


「お、おおおおおっ!!」


 言われた通りに大声を作ってです。


 俺は飛び立つぐらいの勢いでヤブに突っ込んで。敵兵を間近にすることになりました。全員が全員、驚きで目を見張っていて。うわぁ、この状況怖ぁ。ですが、うん。


 すかさずです。そろそろ慣れてきた風の魔術を行使して、目につく範囲を吹き飛ばして。


「し、始祖竜だと思ってくれてもいいですよっ!!」


 ついでに、始祖竜の虎の威を広げてみたりもして。


「れ、例のドラゴンかっ!?」


「マズイっ!! 策が露呈したぞっ!!」


 ともあれ、二種類の混乱を引き起こすことに成功したのでした。策がバレた上に、変なドラゴンが襲ってきたという混乱です。



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