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俺と、親父さんの出世(6)


「なかなか……手厳しい方だったようですね?」


「そうとも。お前はサーリャのことが頭にあるだろうがな。あんな優しくはないぞ。田舎の国人領主などはな、山賊の親分と五十歩百歩の存在であるが。その妻とはどうあるべきか? それを分かりきった女だった。そんじょそこらの女とは比べものにならないほどに心身共に強靭でもあったな」


 ほ、ほぉ、へぇ。かつてです。ハイゼさんは親父さんと、娘さんのお母さんを奪いあっていた。そんなことを聞いていたものですから、てっきりです。争いの的になるような女の方……まぁ、言ってみれば静かで優しいお姫様然とした方であろうと想像なんてしていたのですが。


「立派な方だったんですねぇ」


「立派だったな。強かった。だが、私も負けてはいなかったがな。お前はアホか? などと言われてしまったが、俺にだって言い分はあった。騎竜の任を求めていたこともあれば、俺の働きによって一族を安んじている自負もあったからな。戦を知らぬ女は黙ってろっ!! などと怒鳴りつけて、三日三晩言い争いを続けることになったが……」


「が……ですか?」


「が……だな。結局、アイツの言い分に理がある。いや、アイツの言い分に心惹かれるものがあると俺は納得させられてしまってな。単純にだ。妻と子を置いて死ぬわけにはいかん。コイツらの面倒を俺は見なければならないし、見てもやりたい。そう思わされてしまったのだ」


 親父さんは微笑まれていましたが、その笑みは今度こそ、俺では無く遠い過去の人に向けられているようで。


「……愛されていたんですね」


「ははは。気恥ずかしいが、まったくもってその通りだな。愛していたし、今でも……な? そういうことだ。だから……どうにも悩ましいのだがな」


 言葉通りの気恥ずかしげな笑みは影をひそめまして。これまた言葉通り、親父さんは悩ましげな渋面を浮かべられました。


「カミール閣下が求められているのは間違いなく、戦場ではしゃぎまわるガキのような私だろうからな。敵の弱きを見つけては、喜び勇んで突き進み、それによって敵陣を破り、味方を結果的に鼓舞するような……悪鬼などと馬鹿にされたものだがな。求められるのはそんな働きなのだろうが……」


 何故、ここで親父さんが言い淀まれたのか。さすがに俺でも分かる話でした。


「娘さんでしょうか?」


「その通りだ。アイツの忘れ形見の行く末をな、俺は見守ってやりたいのだ。多少騎手としての実力はついたようだが、まだまだ半端者なのだ。せめて一人前になるまではな」


 これですっかり親父さんの苦悩の内訳が分かったのでした。


 一介の武人、武将としてはカミールさんの提案に頷きたいものもある。ただ、親父さんの胸中には、亡き奥様の言葉と思いがあり、今後も娘さんを見守っていくためにも戦場で無茶をする気にはなれなくて。


 これは……難しいなぁ。矛盾じゃないけど、なかなかその二つを両立するのは難しいでしょうし。結論なんて、出そうと思ってもちょっとねぇ?


 当然親父さんの苦悩は深いらしく。


 眉間をもみほぐしつつ、大きなため息をもらされまして。


「はぁ……せめてサーリャの婚約が決まっていたら、私もそこまで悩まずはすんだものを」


 一瞬、ん? となりましたが、親父さんの言わんとすることは分かりました。


「娘さんを見守ってくれる人がいればってことでしょうか?」


「まさにな。サーリャのことを大事に思って、守ってくれる存在がいるのならばな。私も父親の責務のようなものは感じずにすんだのだろうが……アイツはまったく」

 

 話している内に、昨日今日の怒りが蘇ってきたようで。今までとは違った意味で額にシワが浮かんできまして。


「アイツは本当、何なんだ? 何が不満なんだ? アルベール殿のような若者などな、ハルベイユ候領では草の根分けて探しても見つからんと言うか、そもそも存在しないだろうに」


「えー、おそらくそうなんでしょうねぇ」


「おそらくでは無い。おらん。アルベール殿はな、サーリャに婚約を申し出る前に私に話を通しに来られてな。その場でのやりとりがまた素晴らしいものでな」


 へぇ、でした。それはちょっと初耳でした。娘さんに告白される前に、親父さんに会いに行かれていたのですねぇ。まぁ、娘さんはラウ家の人間であり、親父さんはその当主なのですから。話を通すのは普通のことかもしれませんが。

 

 しかし、どんなやりとりがあったのか。親父さんに素晴らしいと称させた、その中身は何なのか。非常に気になりますねぇ。


「アルベールさんとはどんなやりとりを?」


「サーリャと年の頃は変わらんはずだが、素晴らしく堂々とされていてな。サーリャと一緒になりたいがお許しを頂けないかと、これまた堂々と筋を通して来られた。あれは立派だった。私の時を思い返すとな、四男とは言えさすがは大貴族の生まれだと感服させられっぱなしだったな」


「ふーむ。さすがですかねぇ」


「その上、細かい配慮にも事欠かない方でな。最初は婿に入りたいと思っていたが、現状ではそうもいかず。リャナス派のギュネイ家として家を立てなければならなくなった。だから、サーリャを妻として迎えたいが、もちろんラウ家の跡継ぎのことは考えていると」


「跡継ぎですか? あぁ、それはそうですよね」


「そうとも。そこが私の一番気になるところだからな。そして、その点をしっかりと考えてくれていたのだ。始めの男士はギュネイ家の跡継ぎにしたいが、次子が男士であれば必ずラウ家の跡継ぎに考えていると」


「ふーむ。しっかりされていますねぇ」


「本当にな。それで私は、娘を頼みますとその時に告げさせて頂いたのだがな」


「へ? あ、そうだったんですか?」


「これ以上の若者など無いと確信出来たからな。だが、アルベール殿はサーリャに頷いてもらわなければ納得出来ないとな。男の矜持のようなものを感じたな。それで俺は、まさかサーリャが断るはずもないと思って、吉報を待っていのだが……」


 はぁぁぁぁ、と。


 気の毒なぐらいに深々と親父さんはため息をつかれました。


 う、うーむ。俺は同情の目で親父さんを見つめることになりました。なるほど、親父さんの怒りにはこのような経緯があったようで。


 俺は娘さんのことが好きですから。娘さんが結婚されなかったことには多少の喜びを感じてはいますがでもねぇ?


 娘さん、それに親父さんの幸せ。そのことを考えますとね? 逃した魚は大きかったって、そう思うしかないのでした。


「娘さんですよねー……なんでですかねー?」


「分からん。さっぱり分からん。サーリャが何を思って断りよったのか。他に好いた男がいるとか、ノーラ、その辺りについて何か知るところはないか?」


 そんな尋ねかけを受けましたが、そうですねー。俺もでした。その点についてはちょっと考えてもみたのですが、でもねー。


「私の知る限りでは無いですし、アレクシアさんに尋ねてもそんな男は知らないとのことだったので。親父さんに心当たりが無いのであれば、おそらくは……」


「そうだな。いないだろうな。だからこそ、余計分からん。アイツは何を考えているんだ? いずれは跡継ぎを考えなければいけない身でありながら……まぁ、ともかくだな」


 親父さんは「ふぅ」と小さくを息をつかれまして。


「悩ましいのだ。私はまだまだサーリャのことを見守っていかなければならん。だが、再び全力で戦場を馳駆したい。軍勢を率いた戦にも臨みたい。その思いも確かにある」


 親父さんはやや疲れた目を俺に向けられます。


「どう思う? 私の悩みは? ノーラは何を思った?」


 ドラゴンながらに俺は顔をしかめるのでした。


 これはまぁ、難しい問いかけで。何を思ったかと言われれば、親父さんの悩みは納得ですってことだけで。それと後は……うーん。


「当主殿の決定であれば何であれです。俺は全力で応援させて頂きます」


 正直、親父さんの決定に意見だとか、俺には荷が重すぎますし。申し訳ないですが、俺に言えることはこれだけですかね。


 しょうもない回答にはなりましたが。ありがたいことに親父さんは嬉しそうに笑みを浮かべて下さいました。


「そうか。それは嬉しいことだな。そうなると、後は私の決定だけだな」


 ただ、もちろん俺の回答は親父さんの苦悩を取り去るものでは無く。親父さんは黙り込まれると、静かに目をつむられたのでした。


 うーん。


 親父さんを見つめながらに、俺は内心一唸りでした。俺に出来ることがあれば良いんだけどねぇ。歯がゆいですが、ここは見守らせて頂くしかありませんよね。


 さて、親父さんの悩みの内訳についてはお尋ねしました。


 当初の用件はすみましたし、これ以上ここにいても親父さんの思考の邪魔にしかならないでしょうし。そろそろお(いとま)させて頂くとしましょうか。


「今日はありがとうございました。ではあの、そろそろ私は失礼の方を」


「うむ。こちらこそ助かった。話を聞いてもらって少し心が軽くなったようだ。ドラゴンには少し辛い時間だろう。ゆっくり休むといい」


 親父さんのお役に立てたのでしたら、俺としても万々歳でありまして。


 立ち上がり、一度頭を下げまして。


 俺はこの場を去らせて頂こうとしたのですが……んん?


「む?」


 親父さんがにわかに目つきを鋭くされて膝立ちになり。俺もまたビクリとして、首を伸ばし耳をそばだてることになりました。


 別に耳をそばだてる必要は無かったかもでした。人間さんの耳だって簡単に分かる程度に、その異変は分かりやすく空気を震わして伝わってきており。


 大勢の人間による、殺意だった怒声の響き。いわゆる(とき)の声というやつが耳に届いたのです。


「ノーラっ! 行くぞっ!」


 親父さんが走り出し、俺もまた背に続きます。


 カミールさんには、こんな夜分に攻めかかるような予定は無いはずで。


 つまるところ夜襲を仕掛けられたと、そのはずでした。


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