俺と、親父さんの出世(4)
「いえ、そんなことを言われましても、本当に知らないのです。ねぇ、ノーラ?」
同意を求められて、俺は頷きを見せます。
「はい。すごい方なのは今回目の当たりにしましたが、そんな王都でも有名な方なのですか?」
内心そのままに疑問の声を上げます。以前から、その辺りは気になっていましたし。ついでとばかりに尋ねさせて頂いたのでした。
カミールさんは当然と頷かれます。
「そりゃそうだ。悪鬼とも称された、王国を代表する勇士だったぞ?」
「あ、悪鬼?」
穏やかで気安い親父さんとは真逆と言いますか。なんか邪悪な単語が出てきましたが、え、えーと?
「あの方が悪鬼でしょうか?」
「そうだ。俺も実際に活躍を目の当たりにしたわけではないが、軍勢の先駆けとして無類の働きをされていたと聞いている。その辺りは、ハイゼ殿が詳しいだろうがな」
話を振られたハイゼさんです。
どこか懐かしい顔をされながら、笑顔で頷かれました。
「えぇ、まさに。蛮勇一歩手前の、激しい攻め口を得意とされましてな。ヒース殿が百の手勢の先頭に立てば、それを押し止めるには万軍を必要とすると……ははは。まぁ、それは実際過大評価でしょうが、それぐらいの評価を受けた前線指揮官でしたな。悪鬼とはまさしくで」
俺はへぇとはなれませんでした。普段の親父さんを思いますとです。昨日の娘さんへの怒声はヤバかったですが、普段の親父さんはそんな猛将的な印象とはほど遠く。
実際に活躍を目の当たりにされていない娘さんは、俺以上にそんな実感があったことでしょう。いぜんとして首をひねられていまして。
「そんな感じは欠片も無いのですが……あの、本当にでしょうか?」
この疑問にはカミールさんがすかさず答えられるのでした。
「何故疑うのか分からんがな。ヒース殿はな、ハイゼ殿と共に並び称された英傑だ。ハルベイユ候はかつては名将と称されていたが、それはヒース殿とハイゼ殿があってのものであったとな」
「は、はぁ。あのハイゼ様が英傑っていうのは何となく想像出来るのですが……えぇ?」
戸惑いの止まらない娘さんでした。
実際の活躍を目の当たりにすると、少しはピンとくるところがあるのでしょうが。親父さんにもしても、それにハイゼさんもですか。有名な方だったんですねー。先日の市街戦でのふるまいを思いますと、それも納得のような気はしますが。
そのハイゼさんは苦笑を浮かべながらに、娘さんに頷きを見せます。
「とにかく、ラウ家殿が名だたる勇士であったことは間違いないかと。それは私が保証します」
「へ、へぇ。でしたら、きっとそうなのでしょうが……はぁ」
一応納得された感じの娘さんでしたが、やはり心からとは程遠いようで。そんな娘さんに対して、カミールさんは呆れた視線を向けられます。
「自分の親父が褒められているのだから、素直に喜んでおけばいいものをな。しかし……即断は得られなかったな」
少しばかり悩ましげなカミールさんでした。えーと、あー、そうでしたね。カミールさんにとって、この場の本題は親父さんに対する勧誘であって。それの結果がやはり気になるところのようでした。
「ふーむ、対価がうんぬんということでは無いだろうな。どの程度の領地ということにまでは、まだ話は進んでいなかったからな。まさか、すでにギュネイ派や王家から声がかかっていたのか?」
その疑問の声に、娘さんはいやいやと首を横に振られました。
「それは無いと思いますし……ギュネイ派と閣下で迷うことはあり得ないと思います。それに、王家と閣下でも、当家は本当に田舎領主でして。遠い王家よりは、はるかに閣下に親しみを感じているかと」
ですよねって感じでした。どこぞから声がかかっていたとしても、親父さんが選ぶのは間違いなくカミールさんである気はします。
ただ、そうなるとって話でした。カミールさんは悩ましげに腕組みをされます。
「そうなると、うーむ。何をもって迷われているのかだが……」
「さ、さぁ? そこは分かりませんが、私はそもそも当主は戦働きはあまり好きではないと思っておりましたが」
「ふむ? そうなのか?」
「家ではまったく戦の働きは聞きませんでしたし。そうではないかなぁと」
「ふーむ。俺は不思議に思っていたのだがな、あのヒース・ラウ殿がここ十数年はまったく有名を轟かせることが無くなっていてな。年齢からして、まだまだ現役で活躍出来るはずだと思っていたのだが……それが原因なのか? 何かしらの理由で、戦働きが嫌になったと? で、俺からの誘いにすぐさま乗る気になれなかったと?」
「い、いえ、そこは私の想像ですから。実際は私には分かりかねますが……」
娘さんは困ってハイゼさんに目を向けられました。親しく付き合われるようになったのは最近でしょうが、それでも親父さんと戦場での付き合いもあるハイぜさんにです。
ハイゼさんは「ふむ」と、考えこむようにアゴを指でさすられました。
「どうでしょうかなぁ。少なくとも、私の知るヒース・ラウは人並以上に戦働きの好きな男でしたがな。戦の空気と高揚感を愛する男であったような」
「ほう? それが何故、最近はまったく名を聞かなくなったのか? 実力は健在なのだろう?」
「今回から理解するに、ほとんど遜色はありませんでしたなぁ。私も不思議に思って、最近一度尋ねたのです。一時期からさっぱり槍働きに精が出ないようですが、それは何故かと。するとですな、働いたところで意味が無いと気付いたとのことでしたな」
「意味が無い?」
「ラウ殿は、戦は好きだったようですが、何故戦働きに精を出していたかと言えば、騎竜の任をラウ家に取り戻すためでしてな」
「ふむ」
「ただ、前線で武人として戦果を上げれば、やはり武人としての活躍を求めるようになり……」
「かえって、騎竜の任が遠ざかったということかな?」
「そういうことで。それを悟った結果、戦場でがんばることは止めたと、そううかがっておりますが」
ハイゼさんとカミールさんの話を聞いてです。俺は不思議となつかしい気持ちになっていました。
親父さんねぇ。喜んでおられましたもんね。俺が生まれたことも喜んでおられましたし、俺が初めて飛んだ時もそうだっけか? 娘さんが修行を終えて、ラウ家に帰ってきた時も喜んでおられて。
やっとラウ家が騎竜を手にすることが出来た。やっとラウ家が騎手を輩出することが出来た。そのことに対する喜びなのでしょうが、それほどに親父さんは騎竜の任を取り戻すことに執心されておられたのでしょうね。だから、果たせたということで非常な喜びを見せられたと。
なので納得でした。勇士である親父さんが、娘さんにも気づけないほどにそのナリを潜めることになっていたというのは。そんな事情があってのことだったのでしょうね。
ただ、うん。
疑問は湧きますね。だって、ほら、ね? もうラウ家には俺を始めとして騎竜がいるわけでして。
腕組みのカミールさんは、ぐぐっと首をひねられました。
「だったら、それはもうためらう理由にはならないのではないか? すでにラウ家には騎竜はいるのだ。それでいてヒース殿は戦が嫌いなわけでは無い。それで他勢力からの勧誘は無い。何をためらわれているのか俺には分からんが……」
カミールさんは娘さんへと視線を移されまして。
「おい、サーリャ」
「は、はい? なんでしょうか?」
「俺は是非ともヒース殿には戦場に出て頂いて活躍して頂きたいのだが。お前はどう思う?」
「私は……えー、当主のことですから。当主が望むのであれば、私に異議などはありませんが」
「そうか。で、その当主の胸中が分からんのだがな。分からんのは気持ちが悪いものだ。お前には、ヒース殿の胸の内を聞き出してもらいたいのだが、どうだ?」
多分、対策を取りたいって意味もあると思います。親父さんの胸の内を知って、親父さんが頷きやすい状況を作りたい的な?
ただ……それは難しいかもなぁ。まず胸の内を聞き出すのがですね。娘さん、今のところ親父さんとねぇ?
「えー、それはちょっと無理です。私ですが、現在当主と少し険悪な関係にありまして」
案の定、娘さんはその件を訴えることになりまして。カミールさんは意外そうに目を丸くされました。
「なんだ? 仲が良さそうに見えたし、感動の再会の後じゃないのか?」
「そうだったのですが……少し事情が変わりまして」
「ふーむ。事情で取る態度が変わるとは、なかなか打算的な父娘関係だな? まぁ、いいが。しかし、お前が無理となると……」
娘さんにカミールさん。二人揃って俺を見つめられまして。ハイゼさんの笑い声が不意に響くのでした。
「はっはっは。さすがは始祖竜。困った時にはなんとも頼り甲斐がありますなぁ」
いえ、始祖竜じゃないですし、きっと始祖竜はこんな便利屋的な使われ方はされていなかったと思いますが。
それでもここは俺の出番でしょうか。
カミールさんの提案に、親父さんが何を思われたのかは気になるところですしね。尋ねるぐらいでしたら俺にも出来るでしょうし。
俺は一つ頷きを見せるのでした。