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俺と、親父さんの出世(3)

 領地をもらって頂きたい。


 これはつまり、その、何でしょう? 殿、おめでとうございますっ!! 的な、そういう状況なんでしょうかね、今。


 ただ、娘さんも首をひねっておられれば、親父さんも難しい顔をされていまして。


「……当家にでしょうか? それは何でまた?」


 実際に親父さんはそう声に出されたのでした。まぁ、当たり前の話ですが、理由はってそれを気にされたようで。


 そして、もちろん理由はあるとのことで。カミールさんは笑みのままで親父さんに応じられました。


「ラウ家にはもっと大きな役割を担って頂きたいと思いましてな」


「大きな役割……でしょうか?」


「そうです。ラウ家の実収は、軍制上ではおそらく騎手一人に騎竜三体。それでトントンぐらいでしょうかな?」


「その通りです。ちょうど、その辺りになります」


 多分です。俺の元いた世界の昔で言うところの、領主は石高当たり何人の兵士を出さなきゃいけないみたいな話をされているのだと思います。


 俺には全然縁の無い話でしたが、ちょっと納得しました。いや、今まで思ったことはあるんですよね。親父さんはまだまだお若いのに、戦場には出向かれないなぁって。ラウ家には若い男衆もいれば、戦える人はけっこういるのにって俺は思っていたのですが。


 これがその理由なのですかね? 騎手と騎竜を出すことで、ラウ家としては軍役を十分に果たしていた。おそらく、そういうことになるでしょうし……なんだか、ピンと来るところがありました。


 大きな役割。


 カミールさんのおっしゃったその点についてですね。俺にも察せられる部分があったような。


「……お父さんに、いやラウ家の当主に戦場に出て欲しいということでしょうか?」


 どうやら俺以上にピンと来られていたみたいでした。娘さんが首を傾げながらにですが、そう声を上げられまして。カミールさんはすぐさま頷かれました。


「そういうことだ。俺はな、ヒース殿に武人としての働きを期待させてもらっているのだ」


 やはりでした。

 

 納得は出来るよなぁ。ギュネイ邸への急襲、塔における攻防。俺が関わったのはこの二回しかありませんが、どちらにおいても親父さんは武人として非凡なところを発揮されていたような気がしますし。


 ただです。「お父さんが……武人? 何か勘違いがあるような……」とか、目の当たりにしていない娘さんは納得いっていないようですが、それはともかくとしてです。


 当人も納得はされていないらしく。親父さんは苦笑を浮かべておられました。


「ありがたくも、過分過ぎる評価のような気がいたしますな。リャナス家には家臣にも一門にも、優れた武人はいくらでもおられる。その中で、私などに領地を割かれる必要性はありますまい」


 謙遜にも、正確な評価にも聞こえました。確かにと言いますか、王国随一のリャナス家ですからね。アルフォンソの一件でも、王都におられた精鋭の方々が、親父さんほどでは無いような気はしましたが抜群の働きを見せられましたし。


 きっと本国領地の方にも、優れた方々はたくさんいらっしゃるでしょうしね。人材に不足しているようにはとても思えないのですが、どうなんでしょう?


 カミールさんはにわかに真剣な顔をして、首を横に振られました。


「確かに、当家にも腕自慢の勇士たちは大勢おりますがな。ただ、今はそれで満足出来る状況ではありませんので」


「と、おっしゃいますと?」


「ご存じだろうが、アルフォンソはいまだ健在でしてな。領地に引きこもって、武備を整えると共に起死回生の機会を虎視眈々とうがっているところです」


「そのようですな。往生際が悪い……とも言えませんか」


「お察しの通り。実際、アルフォンソは窮地でも何でもありませんからな。ギュネイ家としての戦力はまったくもっての無傷。その上で、信奉者がいぜん王都に隠然として多数。まったく困ったものではありますがな」


 これはまた初耳でして、俺は興味深く話に耳を傾けることになりました。


 アルフォンソって、今そんな状況なんですね。広場では敗残の将っぽかったですが、実際は全然そうでは無く。


 となるとです。アルフォンソとの戦いに、親父さんの活躍を期待されているのか? そう思ったのですが、どうやらそういう話では無いらしく。カミールさんは、うんざりとした調子で話を続けられるのでした。


「問題はですな、この状況で私が王家ににらまれているとうことでして。どこぞのドラゴンが広場で派手にやってくれたおかげで、俺こそ王位にふさわしいと持ち上げてくる連中が出てきまして」


「あ、あー、それはまた災難だったでしょうが、当時の私どもにはそれぐらいしか選択肢が無く……」


 親父さんが気遣ってくれて、俺もちょっとモヤっとするものは感じますが謝って見せようか思ったのですが。


 別にカミールさんに別に俺を非難する意図は無いようで。つい皮肉な言い方をしてしまっただけのようで、話を続けられます。


「アルヴィル王国は、実質三派に分かれてしまっています。一つは俺のリャナス派、もう一つは当然ギュネイ派となり、若干この二派と重なる部分もありますが、王家派というのも確かにある」


「それはまた。厄介なものは感じさせますな」


「厄介なのです。この状況で、隣人の動向もありますからな」


「隣人?」


「隣国のカルバですな。この国がここまで混迷を深めていれば、お隣さんとしても何かしら動かざるを得なくなるでしょう」


「ふーむ。なるほど」


「厄介であり、問題なのです。そして……まぁ、私もこの国を代表する貴族の一人ですからな。この状況で、この国の民たちを、その生活を守る意思ぐらいは持ち合わせております」


 そうおっしゃるカミールさんの顔には……いつになく真摯な表情が浮かんでおり。その目つきが、静かに親父さんに向けられます。


「貴殿を頼りにさせて頂きたいのは、この辺りが理由になりますな。私は潰されるつもりもなければ、この国を窮地に陥れるつもりも無い。そのために戦力を欲しているのです。実力もあれば、信頼もおける。そんな戦力を」


「……それで私に……ハイゼ殿と私にと?」


「その通りですな。ハルベイユ候には話を通させて頂いておりますが、この国の、王家のためであらばと了承は頂いております。この国のため……いや、私とこの国のために、どうか力をお貸し頂けないだろうか?」


 俺はすぐ側で、お二方のやりとりを見守らせて頂いたのですが。


 ちょっとばっかり、ビクついていたりするのでした。いやぁ、だってね? そもそも、なんかメチャクチャ真剣な話ですし。そして、国だとか国民だとか、そんなドデカイ話をされていて。


 うーん、すごい場違い感ですが、それはともかく親父さんですよねぇ。


 俺は、国だとか国民だとか、そんなことを考えられるようには育っておりませんので。これが親父さんや娘さんにとって、どういう話なのかって、そればかりが気になるのですが。


 領地がもらえて、代わりに親父さんががんばることになりそうで。危険は間違いなく増えるでしょうが、一体親父さんはどんな判断をされるのか?


 娘さんも固唾を呑んで見守られているようでした。


 親父さんは迷われているのか。しばしの沈黙がありました。そして、静かに口を開かれました。


「……少し、考えさせて頂きたい」


 納得の回答ではありました。


 ラウ家の今後を左右しかねない選択ですしね。考える時間を求められるのは納得でした。ただ、親父さんの態度がいつもとは少し違った感じでして。


「そうですか。では、サーリャ殿などとも話されてな、じっくり考えて頂きたい」


 親父さんの反応は想定の内だったようで、カミールさんはにこやかに応じられたのですが、親父さんは応じられませんでした。


「あのー……お父さん?」


 娘さんも声をかけられましたが、やはり応じられず。


「では……これにて失礼させて頂きます」


 心ここにあらずと言って、これ以上の感じは無く。


 親父さんは冷静な表情をされて、しかし、同行者である俺や娘さんを省みることはありませんでした。頭を下げられると、淡々としてカミールさんの陣幕を後にされるのでした。


 えー、大分ポカーンですが。俺は思わず娘さんと顔を見合わせます。


「えーと、親父さんはあの、どうされたのでしょうか?」


「さ、さぁ? 多分、物思いにふけるって感じだと思うけど……」


 俺と娘さんが困惑を露わにする一方で、カミールさんもまた首をひねっておられました。


「むぅ? 別に怒らせてしまったというわけではないのだと思うが……」


 疑念を露わにされ、そして今まで沈黙を守られていたハイゼさんもです。


「ふーむ。あそこまで正体を無くしたラウ家殿は初めて見ますな」


 驚きを露わにされるのでした。


 少なくとも、十数年の単位で親父さんと付き合いのあるハイぜさんのおっしゃることですから。これは本当に珍しいことなんでしょうね。


 で、この中で間違いなく一番付き合いの深い娘さんは、心底珍しそうに親父さんの去った方向をしげしげと眺められていたのですが。不意にです。カミールさんへと、首を傾げつつ顔を向けられまして。


「しかし、あの……閣下? 本気なのですか? 当家の当主に、戦場に出て働けとは?」


 これまた心底といった感じで、不思議そうに問いかけられるのでした。カミールさんはすぐさま、ぶっきらぼうに頷かれます。


「本気も本気だ。生憎、俺は敵ばかりで有用な戦力は喉から手が出るほどに欲しいからな。ましてやヒース殿だぞ? 立志伝中の勇士を何故俺が見逃さなければならんのだ?」


「り、立志伝中? えー、本当に人違いとかではないので?」


「あるか、たわけが。しかし……本当に、お前は知らんのだな。俺の世代であれば、王都でヒース殿を知らぬヤツはいないし、アルベールも勇名は聞き及んでいたのだぞ? 何で娘であるお前が知らんのだ?」


 カミールさんは呆れた様子で娘さんを見つめておられるのですが、娘さんは戸惑いの表情を浮かべるしか無く。



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