俺と、親父さんの出世(1)
嫌がられるかなぁ、とは思っていました。
心地よい陽光に照らされたリャナスのお屋敷、その大扉の前です。片腕を吊るしたけが人ルックの娘さんは、露骨に嫌な顔をされました。
「え……? 私が呼ばれてるの? お父さんと一緒に?」
はい、その通りで。
俺は長い首でよいしょと頷きを見せます。
「親父さんと一緒に来るようにと、カミール閣下はおっしゃいましたね」
「……そう。お父さんとかぁ。うーん」
娘さんは渋面を深められるのですが、まぁ、そうかもですねぇ。
はてさてです。
娘さんたちを無事救出したのは一昨日のことになります。
そして訪れた本日ですが、俺が行っているのはメッセンジャー業務でありました。
カミールさんはギュネイ派の残存勢力の掃討に尽力されておりまして、俺もそれに手というか足というか口というか。色々と協力させて頂いていたのですが、その最中のことでした。
ラウ家の面々に話がある。お前は、サーリャを呼んでこい。そうカミールさんに頼まれまして。
で、こうなったのです。
俺は娘さんの療養しているリャナスの屋敷まで飛んできて、娘さんは玄関先まで出てきてくれて。
そして、嫌がられているわけですねぇ。
カミールさんに呼ばれたのが嫌だ、カミールさんと顔をあわせるのが嫌だ。そういう話では無いのです。
親父さんと顔を合わせたくない。
そんな事情が娘さんにはありまして。
「……あー、うーん」
娘さんは苦しげに眉間を無事な方の手で抑えたりされていますが。やっぱり、そうなのでしょうね。
「えーと、やはり気まずいですか?」
「そりゃそうだよ。めちゃくちゃ気まずい。アレだけ怒られてまだ一日しか経ってないし」
ため息が深々ともれるのでした。
そうですねぇ、アレはその……なかなかでしたね。
俺は虚空を見つめながらに思い出すのでした。
アルベールさんの告白を断った。
それがまず前日談としてありまして。
で、アルベールさんに撤回を申し出に行くことになったのですが、その前に告白を受けたことを親父さんに知らせた方が良いだろうとなりまして。
お伝えしたのです。結果、とんでもないことになりました。
鬼が現れました。
当主の了解も得ずに、良縁を勝手に何としてくれたのかっ!! って、そんな感じで。
親父さんが優しいだけの方では無いことは重々承知していたのですが。あれは……ねぇ? 娘さんは涙目以上の表情になっておられましたが。俺も、号泣一歩手前でしたね。マジ怖かった、マジで。
まぁ、ともかくです。
カミールさんからの呼び出しですからねぇ。娘さんは気が進まないようでしたが、拒否なんて選択は失礼でもあればあり得ないでしょうし。
「とにかく行きましょう。私も何とか間に立つ努力はしてみますから」
「……はぁ。ありがとう、ノーラ。とにかくだよね……行きますか」
嫌々といった感じですが、娘さんは頷かれました。
で、スタスタトテトテでした。
俺に騎竜としての装備もなければ、娘さんは手綱を握れるような状況では無くて。
なので、石畳の道を歩いて目的地なのですが……うーむ。
なんだか、病院に注射のために連れて行かれている子供がワンちゃんみたい。娘さんの様子です。足取りも重ければ、表情も暗く。どうにかなりませんか? って感じで、俺の顔を何度もうかがって来られているのも何ともねぇ。
相当親父さんと顔を合わせるのが嫌なんでしょうね。そのことばかりで頭が一杯のようで。カミールさんが何のためにラウ家父娘を呼ばれたのかなんて、欠片も気にされていないようで。
俺は気になりますがねー。
親父さんと娘さんに何の御用なのか? 娘さんを連れてこいとおっしゃった当人は、妙に真剣な顔をされていましたが。
あの人がああいう表情をされていたということは、何かしら重要な用件があってのことだと思いますがねー、はてさて。
とにかく、戦時とは思えない静かな路地を進みまして。
そして、にわかに戦時めいた騒がしさに出会うことになるのでした。
一種の攻城戦でした。
ここからは兵士たちが陣を布いて、石造りの防壁と睨み合っている光景なのですが。
上から見ると良く分かるのです。リャナスの屋敷からほど近い場所なのですが、ここには防壁に囲われた、砦のようにも見える小さな屋敷がありまして。
で、ここにですね、ギュネイ派の残党がこもってがんばっているのです。がんばらせているのは、当然カミールさんでして。自ら陣頭指揮を取りながら、手際よく囲んで、さっさと降伏しろと呼びかけている最中でした。
それでです。
この場には、親父さんも参陣されていましてですね。さてはて、どこにいらっしゃるかな? カミールさんは父娘そろって来いとおっしゃられていましたので、娘さんは嫌でしょうけど合流しなければなりませんが。
一応、包囲側だけでも四百人ぐらいいるからなぁ。娘さんを迎えに行ってきます、と来る前にそんなやりとりはしたのですが、合流場所は決めって無かったもんね。これは失敗だったけど、本当どうしましょうか。
そんなことを考えて、携帯欲しーとか思いつつ首を伸ばしているとでした。
リャナス家の屋敷からだった、ここにたどり着くだろう。そう推測して、待ち受けてくれて下ったようで。
「……やっと来たな。くだんの親不孝者がな」
俺たちを見つめながらにです。
戦装束の親父さんが、そう不穏なつぶやきをもらされたのでした。
「……やっぱり帰ろっかなぁ」
娘さん、後ずさりでした。
後ずさりで、俺の陰にそそくさと隠れられまして。
い、いやぁ? そうはいかないでしょうけど、気持ちは分かりました。くだんの親父様ですが、冷え冷えとした敵意に近いものを感じさせる目つきをされていまして。ギュネイ家の屋敷での肉薄を思い出しますねぇ。怖い。必要なのは、ラウ家父娘って話だったので。俺は帰ろっかなぁ、どうしよっかなぁ。
まぁ、そうはいかないんでしょうけど。
出来るだけ間に入ると口にしてしまった手前です。そうふるまわなければなりますまい。少しでも場の雰囲気を和らげるために、俺は出来るだけ穏やかな声音を作って親父さんに声をかけます。
「えー、用事をすませて参りました。では、早速向かいましょうか? いやー、カミール閣下はどんなご用事があってお呼びされたのでしょうねー?」
娘さんの話題が上がらないようにと思っての、そんな声かけになりました。これで親父さんが応じて下されば、娘さんはそこまで気まずい思いをせずにすんだのかもしれませんが……アカン。