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終話:俺と、ラナとの夜

 そして、娘さんはうんうんと苦悶をもらしながらに去っていかれました。


 どうにも明日アルベールさんの元を訪れるのが心の重荷になっているようで。その悩ましげな様子は少しばかり気の毒でしたが、それはともかくですね。


 さて、寝てしまいましょうか。


 明日もきっと忙しいですし。なんだか物思いにふけっていたくは無い気分ですし。


 全ては忘れてです。今後のために寝てしまいましょう。


 そう思ってどっこいせっと地面に丸まり、お、おおぅ?


 にわかに背筋を震わすことになりました。


 俺の目の前では、金色に光る二つの瞳がランランと光っており。


 ね、猫? なんて思ってしまいましたが、ここはドラゴンの集結地。なかなかね、この場に近づけるだけの度胸に恵まれた猫は存在しないでしょうから。


 当然、ご同類でした。


 と言うか、ひっじょーに身近なドラゴンでした。ラナです。ラナがこちらも地面に丸くなりながら、俺を目を光らせて見つめてきています。


『お、起きてたんだ』


 とにかく驚きを声に出します。


 もうドラゴンの就寝時間はとっくの昔に過ぎていますし。間違いなく熟睡しているものだと思い込んでいたのですけどね。


『ふん。どっかのウザいヤツとアンタがさ、私の前で長いこと話しこんでくれたからね』


 とのことでした。


 丸くなったままで、心から不満そうに答えてくれて。


 ふ、ふーむ。それは何とも悪いことをしてしまったようで。これは謝罪させて頂くとしましょう。


『ご、ごめん。疲れてるところを本当にごめんね』


 体を起こしながらに、そう謝らせてもらったのですが。ラナは『ふん』と再び鼻を鳴らした上で、アゴで地面をくいっと示して。


『いいから、寝ておきなさいよ。アンタこそ疲れてるんでしょ?』


 お、おぉ。何ともはやお優しい。疲れは確かにありますので。お言葉に甘えて再び寝転がらせてもらいますが、ふーむ? 


 怒っているような雰囲気だったけど、実際そこまででは無いのかな? 俺を見つめるラナの瞳には、怒りの色は無いようで。


 ただ、妙な感じはありましたが。


 ちょっとソワソワしていると言うか。非常に気にかかることがあるといった、そんな雰囲気のような。


 どうしたのかねぇ? ラナの雰囲気の内訳が知りたいところでしたが、あー、いやそれよりもか。


 言うべきことが俺にはあるのでした。


 娘さんたちを救い出してから、ラナたちとはじっくり話す時間が取れなくて。だから、ロクに伝えられなかったのです。


『今日のことだけどさ、本当にありがとう。おかげで全てが上手くいったよ』


 今日のお礼だよね。


 ドラゴンたちには協力する意味なんて特に無いはずなんだけど、ほとんど俺への優しさばかりで協力してくれて。頭が上がらないって言ったら、これ以上のことは無いよね。心底、感謝の気持ちしかないのでした。


 ただ、ラナは俺のお礼なんかどうでもいいらしく。うるさそうに目を細めてくるのでした。


『いいわよ、そんなの。私がやりたくってやっただけだし。それよりも……ちょっと聞かせなさいよ』


 はて? でした。


 ちょっと聞かせてって何を? 予想もつきませんので、ラナの次の言葉を待つことにします。ラナは、いつになく重そうに口に開いてきました。


『……あのウザいヤツのことが好きなのか。断言出来ないって言ってたけど、どうなの? 無事助け出せはしたみたいだけど、今はどう思ってるわけ?』


 口ぶりもまた重く。


 あまり聞きたくはないけど、尋ねずにはいられないって、そんな妙な雰囲気がラナの口調にはありましたが……ともあれ、それがラナの疑問の内容でした。


 ……むむむですねぇ、これは。


 しかめ面なんて、普段あまり浮かべないものですけど。この時ばかりは浮かべていたようで。


『お、怒ってる? い、いや、そんなそこまで聞きたかったわけじゃないから別にいいんだけどさ……』


 俺のレア度の高い表情によって、ラナには変な気遣いをさせてしまったようでした。おっと、これは何とも申し訳ないことで。眉間のシワにはすぐさまのご退場を願いまして。


『えぇっと、ごめん。怒ってるわけじゃ全然無いから』


『そ、そう? なら良いんだけど。でも……答えたくないってそういう感じ?』


 ここでもまたラナは気を回してくれましたが。


 なんだかちょっとおずおずしているラナに、俺は出来るだけ穏やかに見えるように首を左右にして見せました。


『全然。そんなことは無いから』


 本当、答えること自体に問題は無いのです。ただ……アレだよなぁ。正直、そのことについて考えたくは無かったです。そのことを思うと、かなり鬱々としてきますし。


 しかし、今日はもちろん日頃から恩のあるラナの尋ねかけですから。なんでそんなことを気にするのかはいぜんとしてサッパリですが、もちろん答えさせて頂きますとも。


『好きだよ』


 ラナのまとう空気がにわかに鋭くなったようでした。


『……そう。好きなんだ?』


『まぁね』


『ちゃんと私が聞きたい意味で好きなのよね?』


『間違いなく』


 本当に間違いなくです。


 ラナの聞きたい意味は、以前に聞いた通りだと思いますが。その通りです。俺はドラゴンとしてとか騎竜としてでは無く、それ以外の意味として。俺は……まぁ、好きなんでしょうね。娘さんのことをね。


『……ふーん』


 ラナは淡泊にそんな呟きを漏らし。そして、


『そっか。そうなんだ』


 その言葉には不思議と諦めのようなものがにじんでいたような気がするのが、実際どうだかは分かりません。ともあれです。ラナは薄く目を閉じて、小さく息を吐いて。


 少し驚きました。


 いや、拍子抜けと言いますか。今朝のことを思うと、いきなり噛みつかれるかもってそんな予感はあったのですが。実際のラナは、非常に落ち着いた様子で思慮深げで。


『……で、伝えたの?』


 落ち着いた雰囲気のまま、そんなことを尋ねてきました。


 たんなる興味心なのか、俺の思いの行き先をラナは気にしているようで。俺は首を左右に振ります。


『いや、伝えてない』


『ふーん。まぁ、アンタ意気地なしだからね。そう簡単に伝えられるわけもないか』


 で、極めて正確な俺への寸評でした。さすがと言うか何と言うか。もう付き合いも長いもんねぇ。俺の浅い所も深い所も、ラナには見透かされてしまっている感じです。


 ただ、俺が何故伝えていないかっていう点については、ちょっと勘違いしているみたいだけど。


『俺は伝える気は無いよ』


 ん? って感じでした。


 ラナはそんな感じで、不思議そうに首をかしげてきました。


『伝える気は無い? え、なんで? 好きなんでしょ?』


『そうだよ』


『じゃあ、なんで? なんで伝える気ないわけ? それでいいわけ?』


 そりゃあもちろん。


 良いに決まっているのでした。


『伝えられるわけないでしょ。こんな気持ち悪い思いなんか』


 俺はため息でした。


 芝生にアゴをつけながら、深々とため息をつくしかなくって。


 俺からすれば当然の判断でした。ただ、それはラナには理解されなかったようで。ラナは首を伸ばして、俺を心底理解出来ないといった感じで見下ろしてきます。


『なんで? 気持ち悪い? いや、別に好きなだけでしょ? 伝えて何が悪いのよ?』


『そりゃ悪いよ。って言うか、本当に気持ち悪いよなぁ。はぁ』


 本当、ため息が止まりませんわ。


 四肢にも力が入らない感じで、グデーとならざるを得ないよね、グデー。


 そんな俺をです。


 ラナは引き続き首をひねりながら見下ろしてきていました。


『……気持ち悪い?』


『うん。まったくもって』


『……なんで?』


『なんでって、だって俺だよ? 俺が誰かを好きとか、それだけでもアレなのにさ』


 まったくねー。


 あふれ出るため息が止まる理由は皆無で。


 自分がロクでもない存在であることは重々承知している俺なんですけどね。


 それでも今回ばかりは、心から自分自身にあきれ果てることになりました。かなりうんざりすることになりました。


 俺みたいなのが誰かを好きになるってだけでも身の程をわきまえろって話なのに。


 ましてや、その相手が娘さん? そうなると、もはや……はぁ。自己嫌悪って言葉で片付けてもいいものか。とにかく死にたいような気持ちで胸がいっぱいで。だからこそ、寝てしまってとにかくこの暗澹(あんたん)たる胸中から逃れようなんて思っていたわけですが。


 あー、このまま芝生に溶けて消え去ってしまいたい。


 そんなことを思っている俺を、ラナは引き続き見下ろしてきていました。


『……アンタ、ちょっと変じゃないの?』


 そして、反応する気にもなれないことを言ってきました。そりゃそうでしょうよ。誰にも愛されず愛せもせず、ミジメに孤独死したような男なんだから。変なのは、そりゃ当然のことで。


 まぁ、ともあれです。


『とにかく、娘さんには伝える気は無いよ。そんなの娘さんを困らせるだけだし、そんな気持ち悪いことを伝えて嫌われたくないし』


 これが俺の最終的な結論でした。


 気持ち悪いことに、俺は娘さんを好きなんだけどね。


 そんなことを伝える気は無ければ、今まで通り娘さんのために尽力していく。


 それが結論であり、俺が取れる唯一の道でした。


 やっぱ嫌われたくは無いですし。ドラゴンからの告白っていう点を差し置いても、俺なんかが告白ねぇ? そんなの破滅的な結末しかありえないに決まっていますからね。


『……好きなんでしょ? 思いを伝えたいとか……好き同士になりたいとか思ったりしないの?』


 ラナは静かに俺を見下ろしていますが、うーむ。なかなかですね、ラナさんもなかなかロマンチックなことをおっしゃいますね。


 それなぁ。それが素敵なことだってことは理解出来るのですが。ただ、


『そういうのは俺以外の誰かがするもんでしょ』


 そう思っていますけど。俺はそういう世界の外にいるって、ちゃんと前世で気づいておきましたから。


 で、この俺の返答に対する、ロマンチストラナさんですが、


『そっか』


 そう前置きして、


『アンタって、そういうヤツだったんだ』


 目を細めてそう呟いてきました。


 ……ちょっとビクリとしちゃいましたね。


 言葉面にです。俺に心底幻滅したような、そんな雰囲気がありましたから。


 俺の発言の何かがラナに嫌悪を覚えさせるものであって。そのために、ラナが俺を見放したんじゃないかって、正直恐怖に近い感覚を覚えたのですが。


 でも、幸いにして、本当に幸いにして、どうやら俺が恐怖したような状況では無いらしかったです。


 ラナは俺の見慣れた目つきはしていませんでした。


 俺を見下し嫌悪するような目つきはしていなくて。


 何かを決意したようなそんな力ある目つきをしていて。


『……言葉』


『へ? こ、言葉?』


『ウザいのとかが話してる言葉。それ教えなさいよ。あと、それのしゃべり方も』


 そう伝えてきました。


 月夜を背後に、静かにそう伝えてきました。

これにて四章は終わりとなります。

ここまでお付き合い頂きありがとうございます。

感想、ブックマーク、PV、レビュー、全てが励みとなっております。


明日はお休みさせて頂きまして。

そこから番外編を挟ませて頂く予定となっております。

よろしくお願いいたします。

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