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第40話:俺と、娘さんとの夜(2)

 ……そうですね。アルベールさんは確かにそうするとおっしゃっていて。で、早速それを実行されたのですね。


 しかし、え? でした。


 アルベールさんも俺と同じように、割とブラック企業感のある労働に勤しんでおられたはずなのですが。えーと、いつ? そんな疑問ばかり浮かんできますが、うーむ。才能ある若者は、俺の想像を超えた能力に溢れているのですかねー。正味、不思議です。本当いつだ? そして、体力あるなぁ。すごい。


 まぁ、アルベールさんへの感心はともあれ。


 変に胸がうずきますが、まぁ、そんなこともともあれ。


 告白されたそうなのですが、正直どう反応すれば良いのか分かりませんので。申し訳ないのですが、オウム返しに従事させて頂きましょう。


「アルベールさんに告白されたのですか」


「そう。本当に驚いたけど、そうなの。それで、ちょっとノーラに相談があるんだけど」


 娘さんは変わらず困り顔でしたが……相談ですか。これはおそらくです。アルベールさんの告白にどう答えたら良いかという話になるのでしょう。頷いたら良いのかどうかってそういう話で。


 ぶっちゃけ俺としての答えは決まっていました。すぐに頷かれなかったのだと、安堵なんかしている俺の答えなんかはね。


 でも、そんな俺の私心にまみれた答えなんかはひとまずポイーです。


 ラウ家のドラゴンとして。


 娘さんが信頼を寄せてくれているノーラとして。


 ここは答えなければなりませんが、まぁ、とにかくです。相談の内容をまだお聞きしていませんので。とにかくそこからですね。


「相談ですか。分かりました。どうぞ聞かせて下さい」


「ありがとう。それであの、ちょっと失礼だったかなぁって思っててね」


「はい? 失礼?」


「とにかくごめんなさいで、なんか追い払うみたいになっちゃって。後で謝りに行った方が良いような気がするんだけど、ノーラはどう思うかな?」


 娘さんは不安そうにそんな相談を俺にされたのですが……んー? 


 これは、告白への対応についての相談である。そんな先入観を俺がバリバリに抱いていたのが問題なのでしょうが。ごめんなさい、娘さん。おっしゃっていることが正直わかりかねるのですが。


「ごめんなさいで追い払ったっていうのは、あの、どういうことで?」


「追い払ったわけじゃないから。追い払うみたいになったの。お断りさせて頂きますってことで、ごめんなさいって。私、あの時けっこう混乱してたから。アルベールさんが何か言おうとされていたんだけど、とにかくごめんなさいで押し通しちゃって。それが失礼だったかなぁって」


 ふーむ。


 どうやら、そういうことらしいのですが……ん?


「あのー……断られたので?」


「そう。断らさせて頂いたの」


 娘さんは頷きを見せられて。


 それに対して、俺が何を思ったのか? 一番目に思ったことはどうでも良いので放っておくとして、今大事なのは二番目でしょうね、はい。


「えーと、アルベールさんですよ? 王都随一の貴公子殿で、騎手としての腕も抜群の?」


「へ? いや、それはその通りだと思うけど、それがどうかしたの?」


「父親の方は騒乱を起こしましたが、当人はカミール閣下のために身を尽くして戦われて。リャナス派のギュネイ家の当主として、これからの立身出世が期待されるアルベールさんですよ?」


「そ、そうなんだ。それは素晴らしいことだと思うけど、えーと、ノーラ?」


「それでもちろん、貴女の救出のために奮戦された方でありまして……その、何で断られたので?」


 本当、何で? って。


 そんな思いが、俺の脳裏にはグルグルと渦巻いているのですが。


 だって、ねぇ? 優良物件じゃん? 王国随一の優良物件じゃん? しかも娘さんにベタぼれであって。これさ、断るって選択ある? 無いよね? 普通無いよね、これ?


 娘さんは口ごもりながらに答えられました。


「な、何でって、それはまぁ……私の一存ではって。お父さんの判断を仰がなくちゃいけないし……」


「い、いやいやっ! それじゃ断っちゃダメでしょっ! 断っちゃてるじゃないですか、娘さんっ!」


「そ、そうなんだけど、だってその……ね?」


「ね? じゃありませんって! 親父さんも心底びっくりしますって! とにかく、撤回しましょう。断ったことを撤回しましょう。謝罪じゃなくて、まずそれです。良いですね、娘さん?」


 ラウ家のドラゴンとして、俺は思わずそう告げていたのでした。


 娘さんには何かしらの考えがあったのかもだけどさぁ。でも、娘さんの咄嗟の判断が、ラウ家にとっても娘さん当人にとっても良いものであるとはとても思えなくて。


 俺の私心は別にありますが、それはともかくです。とにかくお断りを入れたことは無かったことにして、まず親父さんと話し合うべき。


 俺はそう思ったのですがね。しかし、娘さんでした。いぜんとして、何故かマゴマゴとされていまして。


「で、でも、別にあー、い、いいんじゃないかな? 謝罪はともかく撤回はさ? もう私が断っちゃったわけだし……」


「良かありません! そもそもですが、なーんで断っちゃったんですか? 親父さんうんぬんっていうのは、後付けの理由ですよね? あんな素晴らしい若者はなかなかいないと思いますけど」


 ちょっと色ボケされていたような気がしますが、それも娘さんを思ってのものだとすれば可愛いものですし。家柄、人柄、将来性。父親の蛮行がちょっと響くかもしれませんが、それにしても即決で断るのに値するような青年ではまったく無いのですが。


 はたして、娘さんは何を思って、そんな即断をしてしまったのか?


 俺がいぶかしんでいるとです。


 娘さんは気まずそうに目を逸らしてきました。


「え、えーと、それは……」


「それは?」


「……なんとなく?」


 なるほど。


 俺は一つ頷きを見せます。


「今すぐです。今すぐアルベールさんに撤回を申し出に行きましょう」


 これはそうせざるを得ますまい。


 いやだってさあ、なんとなくて。これはちょっとアルベールさんが気の毒すぎますし、なんとなくで人生を左右するような選択をしてしまったのもどうかと思いますし。

 

 ただ、娘さんに撤回を申し出に行く気はさらさら無いようで。慌てた様子で無事な手を横に振られます。


「い、いや、別にそんなひどい意味じゃないから! なんとなくって言ったけど、思うところがあるけど言葉にしにくいっていうのがそんな表現になっただけで!」


「ほ、ほぉ。言いたいことは何となく分かりましたけど、じゃあ何なんです? アルベールさんの告白を断った、その理由は?」


 まぁ、どんな理由があるにせよ、ひとまず断ったことは撤回した方が良いとは思いますが。それでも一応尋ねてみます。


 言葉にしにくいとおっしゃっただけのことはあり、娘さんは悩まし気に眉根を寄せながらに答えられました。


「それは……うーん。ピンとこなかったって言うか、どうしてもアルベールさんと一緒になるってことに……えーと納得? 腑に落ちるようなところが無かったって言うか」


「娘さん。それ、なんとなくっておっしゃっているのとあまり変わりがないような気がしますけど」


「確かに。でも……こう、どうしても頷く気になれなくて……あー、そう、そうだったかも」


 不意にです。


 娘さんは俺の顔を見つめてきました。そこには、何故か照れくさそうな笑みが浮かんでいて。


「ちょっとさ、ノーラのことが頭に浮かんだりして」


「はい? 私ですか?」


「そう。結婚するんだったら、ノーラより良い人じゃないとなぁ……なーんて。ははは」


 正直、娘さんが何のつもりでそうおっしゃったのかは分かりません。


 言葉尻は冗談めかしていましたし、ただの冗談なのかもしれませんでしたが……その発言は、不意打ち気味に俺の胸に刺さることになりました。


 そうですか。


 アルベールさんに告白されて、俺のことが頭に浮かびましたか。それはなんとも……


「……はぁ。バカなことを言っちゃてまぁ」


「ば、バカっ!? ま、まさか優しいノーラにバカって言われる日が来るなんて思ってなかったんだけどっ! ……うわ、なんか心にくるなぁ」


「それはバカなことを口にした人が悪いですから。とにかく、明日になったらアルベールさんに会いに行きましょう。それでいいですね? 娘さん」


「よ、よろしくないけど……でも、お父さんがなぁ。そうしないといけないかなぁ……はぁ」


 断ったと知ったら、親父さんもきっと同じことを口にされるはず。そのことに思い至られたようで、娘さんはひたすらにため息の心地であるようでしたが。


 俺もねぇ? めちゃくちゃため息の胸中でした。


 思い知らされるよなぁ。


 自分がどう思っているのか? この子と一緒にいると、それについて思い知らされます。


 眉をひそめた困り顔も、とにかく愛おしくて。


 俺は本当に……この子のことが好きなんだろうね。



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