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第39話:俺と、娘さんとの夜(1)

 こうして娘さんは無事に解放されたのでした。


 そして、らしくも無く頑張った俺は、相応にしなびたタクアンのようになりまして。娘さんが元気そうにされているのを横目にしながら、安堵の惰眠をむさぼることになりましたとさ。


 めでたしめでたし。


 ってのが理想形になりまして。


 で、現実の方はです。


『……し、しんどかった』 


 芝生に横たわりながら、俺はながーくながーく『はぁ……』でした。


 太陽さんは、とっくの昔におさらばを決め込んでおりまして。


 と言うことで現在は夜です。夜のカミールさんのお屋敷です。その中庭、ドラゴンの集結地で俺はぐでりと疲労に呻いているのです。


 本当にねー。疲れた。疲れちゃったよもう。ぬはー。


 娘さんを助け出して、俺のすべきことはオールコンプリート。あとはもう、惰眠でもむさぼらせて頂きましょう。


 そう思ってたのですけどね。でも、俺を待っていたのは大仕事からの大仕事でございました。


 処刑はね、見事に阻止したのです。


 そんで、アルフォンソは慌てふためいて王都を脱していったようなのですが。


 それで、めでたしめでたしとはならなかったのです。首領は逃げ出したのですが、賛同者たちが王都には大勢いて。


 その彼らが、簡単には降伏してくれなくてですね。


 なにせアルフォンソを撃退したとは言えど、リャナス派の戦力が充実しているとは言えないので。カミールさんの健在を受けて、日和見を撤回して参戦してくれた方々も大勢いたのですが、それでもね。


 なのでアルフォンソの逆襲はまだまだあり得ると見て、それぞれの屋敷で粘る選択を取った人たちがそれなりにいまして。


 で、カミールさんからすれば、逆襲を食らってはたまらないので。賛同者たちを迅速に鎮圧しようとされて、そのために俺が酷使されたのです。


 始祖竜っぽいヤツが味方にいるぞーって。あんまり抵抗しない方がいいぞーって。


 主に象徴的な使われ方でしたが、とにかく王都中を飛び回されることになり。


 なので疲れました。


 本当ぐでーです。芝生にアゴを落として、ため息をつくことしか出来ません。


 娘さんが再び捕らえられるようなことになってはたまったものでは無いので。逆襲を防ぐために働くこと自体には何の不満も無いのですが。


 しかし、夜明けから本当働き詰めだよなぁ。もともとドラゴンは大してスタミナは無いけど、この激務は俺のスペックをはるかに超越しちゃってますね。久方ぶりの、脳の芯がボケーっとなる感覚。前世では良く味わったものですが、やっぱこれ辛いなぁ。


 とにかく寝ちゃいましょうかね。


 明日からも多分忙しいでしょうし。まだまだアドレナリンが脳に残っていて眠気は遠いのですが、目をつむっていれば何とかなるでしょう。


 ……娘さんとは全然話せなかったけどね。


 月夜を見上げながらに、そんなことが少しばかり後悔でしたが。まぁ、良いでしょう。娘さんもきっと休息されているはずで。俺との交流に時間を割かれるよりも、その方がずっと有意義でしょうし。


 明日は多分話せるでしょうしね。


 では、お休みとそういうことで……って?


「……あーあ」


 苦笑いが夜空を割って視界にすべり込んできました。


 お屋敷はまだまだ戦時ということで、松明が煌々と焚かれており。


 その苦笑いの主のキラキラとオレンジ色に輝いていました。後光? とか、そんな話じゃ無くて。繊細な金の長髪が、松明の光を受けて茫洋と光り輝いているようなのですが。


 ……えーと、娘さんですよね?


 間違いありません。娘さんです。娘さんは引き続き苦笑いを浮かべつつ、俺の頭上に言葉を降らせてこられるのでした。


「起こすつもりは無くて、足音を殺してきたつもりだけど……ごめんね、邪魔しちゃって」


 い、いえいえいえ。それはまったく無用な謝罪でして。俺は慌てて体を起こしながら、娘さんに声を伝えます。


「じゃ、邪魔なんてとんでもないです。ただ……」


 俺は大きく首をかしげます。


「あの、どうしてここに?」


 ただただ驚きでした。


 今は屋敷で、心身の疲労を癒やされているはずの娘さんなので。それが夜分になーんでこんなところにって、とにかくそんな疑問ばかりが頭に浮かびます。


 娘さんは「そりゃあまぁ」と一言置いて、笑みを俺に向けられました。


「寝る前にノーラに一度会っておきたいなって。結局、朝から一度も会えなかったから」


 ふーむ。


 なるほどですかねぇ。そうですか。娘さんも俺と同じようなことを思って、わざわざこの場に出向いて下さったと。


 さて。


 この喜びをどう表現すればいいのか? それは何とも悩ましいところでしたが、うひょー! なんて全身で喜びを表現出来るメンタリティーには恵まれていませんので。


「それはあのー……ありがとうございます」


 コミュニケーション業界における最底辺の弱者として、何とかかんとか喜びと謝意を表現するのでした。頭も下げて、本当なんとかかんとか。伝わると良いけどなぁ。どうかなぁ。


 俺はホッとしました。娘さんは安堵したような笑みで胸を撫で下ろされていて。


「良かった。歓迎はされないだろうなぁって思ってたけど、でもそうじゃないっぽいかな?」


「えぇ、はい。もちろんもちろん」


 大歓迎でございますとも。ただ、やはり心配なところはありますが。


「体調の方はいかがですか?」


 そこがね、一番気になりますけどね。娘さんは「んー」と少しばかり言葉に迷われました。


「どうだろうなぁ。まだ体が重いようなフワフワしてるような。かなり疲れてたってことだ思う。本調子からはほど遠いかな?」


「それはそうでしょうねぇ。腕のこともありますし」


 娘さんの片腕は、今は包帯で首に吊られていて。心身の疲労はもちろんでしょうし、見た目からして痛々しくて。


「やはりすぐ戻られて休まれては?」


「あはは、大丈夫。そんなとにかく休まなきゃいけないような感じじゃないし。それに……」


「それに?」


 答えはすぐにはありませんでした。何故だか分かりませんが、娘さんは俺の顔を見ながらクスクスと笑い声をもらし始められまして。


 俺の顔がチョー面白い。


 ってことは前世であればあり得ましたが、今の俺は人間さんには区別が難しいだろうトカゲ顔だからなぁ。


「ど、どうされました?」


 素直に尋ねかけることにしました。娘さんは変わらず楽しそうに笑みをこぼされます。


「ははは。だってそれは……ね? ノーラがしゃべれるって分かったから。そんなの素敵だからって思って、夜だけどノーラに会いに来たんだけど……」


「だけどですか?」


「うん。だけど、全然特別な感じがしないって言うか。なんか違和感が無くて。それがすごく面白くて……すごく居心地が良くて」


 娘さんは笑顔でこくりと首を傾げられました。


「良かったらだけど、もう少し一緒に話しても良いかな? 本当、良かったらだけど」


 そして、そう問いかけられました。


 娘さんにはしっかりと休息をとってもらいたい。そんな思いがある一方で、俺の私利私欲は全力で娘さんの提案に頷いていまして。


 ちょ、ちょっとだけならね? ちょっとだけだったら、娘さんの体調にも差し障りは無いよね? ね?


 と言うことで、おしゃべりの時間でした。


 内容は非常に他愛の無いもの……なのかな? 俺からは娘さんが知りたいであろう、こちら側の三日間の出来事を。娘さんも俺が知りたい捕らえられている最中の出来事を話してくれて。


 まぁ、全部上手くいきましたので。


 無事救出は成功して、人死にも身近な人の中からは出ずにすんで。だからこそ、なかなかハードな三日間でしたが、笑い話に近いものとして話題に上げることが出来まして。


 しかし……楽しいよなぁ。


 娘さんと話すのは本当楽しくて。楽しすぎて。だからねぇ。ちょっと実感してしまうよね。


 広場で再会した時にもですが。


 娘さんに抱きしめられた時もそうでしたが。


 今もまた実感してしまうのでした。


 俺はその……ねぇ? そういうことなんだろうねぇ、本当。


「あ、そう言えば」


 処刑の当日の朝食がやけに美味しかったなんて、ちょっと反応に困る話題が上がっていたところででした。朝食の出来うんぬんよりも、処刑当日の食事を美味しく頂ける貴女がすごいって思っていたところで、娘さんが急にそんなことをおっしゃいまして。


 自分の内心に向き合うのも一時中断でした。


 はてさて? 今の話題を中断して、俺に聞かせたいこと。妙に美味しかった野菜スープの話よりは、プライオリティ高めの話なのでしょうが、正直想像もつきませんね。


 娘さんは悩ましげに眉をひそめられているので、他愛の無い話ではないのでしょうけど。これはね、俺もちょっと心持ちを変えて応じなければなりませんね、えぇ。


「どうされました? 何か問題でも?」


「んー、問題って言えば問題かなぁ? とにかく誰かに聞いてもらいたいって思っていたんだけど、良いかな? 聞いてもらっても?」


 そりゃもちろん。


 俺は頷きを見せます。


「俺で良ければですが」


 役立たずではありますが、娘さんの役に立ちたい気概は人一倍あるつもりなので。心して聞かせて頂きましょうとも。


 娘さんは嬉しそうに頷いてくれました。


「ありがとう。じゃあ悪いけど聞いてもらおっかな」


「いえいえ。どうぞどうぞ」


「それじゃあ……って、あー、ちょっと言いにくいんだけど、そのー、ね? アルベールさんに告白されたの」


 娘さんは眉尻を下げた困り顔で、そんなことをおっしゃって。


 俺はしばしその場で固まることになりました。


 

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