第38話:俺と、再開(2)
「しかし、驚いたな。お前の異常性については知っていたが、まさかしゃべることまで出来るとは」
娘さんに次いでの驚きの声でした。
それはでしょうねー。言葉を理解して、魔術を操って。だからと言って、しゃべる。アレクシアさんは予期されていましたが、そんなのは博識なあの方だから成し得たことでしょうし。
「えー、どうにかこうにか。魔術の関係がありまして」
「どう関係があるのか分からんがな。とにかく、礼を言わせて欲しい。助かった。俺とサーリャはもちろん、閣下のこともな」
……そう言えば、そうでしたね。
救出に当たって俺の頭にあったのは、当然九割九分が娘さんのことであって。で、次に娘さんの大事なお師匠さんである、クライゼさんのことがあって。
でも、多くの方にとって、この救出行はカミールさんを助けるためのものなんですよね。正直ちょっと頭から抜け落ちていましたが、俺にとってもカミールさんが助かったことは本当喜ばしいことでした。
そのカミールさんですが、難しい顔をして俺をにらんでいました。こ、怖い。そこにある思いは何なのか、助かって喜んでいるようには見えないのですが……え、えーと?
「……十人並みだな」
「へ?」
「俺ですら、十人並みの反応しか出来ん。悪いが礼は後にさせてもらうぞ。俺は今、この現実を受け入れることに忙しい」
カミールさんは眉間にシワを寄せ、心底悩ましげでした。
言葉通り、俺が色々やったことへの受け入れに専念されているようで。カミールさんだったら「ふーん」で終わらせられるような気もするのですが、まぁ、娘さんたちと違って俺について前知識があったわけではないですし。
異常事態が一気にどかーんで心に来るものがあったのでしょう。広場に集まっている人たちも、呆然と俺を見つめているみたいですしね。
そもそも、前知識があった娘さんですら多少は驚いておられるみたい……なのか? 娘さんは「むー」と目を細めて、不思議な悩ましげな表情をされていますが。
「……これが初めてってわけじゃないよね? ノーラが話したのはって話だけど」
「へ? まぁ、はい。そうですが」
「うわぁ。そっかぁ。初めてには立ち会いたかったけどなぁ。くそぅ」
えーと、なるほど。さきほどの悩ましげな表情はですね、俺の初めてを見過ごしたのではないかと、それを不安に思ってのものだったようですが。
うーむ。何とも娘さんらしい。ドラゴン好きな娘さんは、赤ん坊の初めての言葉を聞き逃したような心地らしく、悔しげにうなり続けておられますが……しかしまぁ、アレですね。
「えーと、思ったよりも元気そうですね? 」
青天の霹靂で囚人の憂き目にあって。処刑を間近にさせられて、実際にその一歩手前の目にもあって。
俺と比べてはるかに精神的にタフな娘さんではありますが、それでも平常心はいられないはず。そう俺は心配していたのですが、これは杞憂でしたかねぇ。さすが娘さん。メンタリティにおいて歴戦の勇士もかくやのものをお持ちのようで。
なーんて。
俺は思ったのですが、はて? 娘さんは笑って首を横に振られました。
「ははは。そうでもないよ? いや、そうでも無かったって言うか。昨日まではそりゃヒドイもんだったし」
そうだったのですか。いやまぁ、そりゃ平然とはいられないでしょうしねぇ。ただ、昨日まではと。
「今日はその平気だったので? クライゼさんやカミール閣下が何かしらで?」
娘さんの心の支えになって下さったのかと俺は推測したのですが。どうなんでしょうね? 娘さんは静かな笑みをして俺を見つめておられて。
「もちろんそうだよ。クライゼさんもカミール閣下も、私の大きな支えではあったよ。でも、一番大きいのは気づけたからってことになると思う」
「はい? 気づけた?」
「うん。ノーラがいないなって気づけたの」
「……ふむ?」
首をかしげざるを得ませんでした。
確かに、娘さんの側に俺はいなかったわけですが……俺がいないことに気づけたから元気になれた。なるほど。つまり、これは。
「……は、ははは。そうですねー。俺がいない方が、その……うん、そうかもですしねー。なははは」
ちょっと反応に困った挙げ句、こんな感じになりましたが。
そういうことを告げられているんですよね? ノーラがいなかったうれしーってことですよね? ノーラがいないから助かる目があるじゃん! みたいな? ワタワタして邪魔なヤツはいないじゃん的な?
……いやまぁ、俺が一緒にいたところでねー。多少色々出来ますが、ワタワタした挙げ句にうかつな行動を取っていたかもしれないですしねー。そんなヤツがいなかったことは希望につながるに違いないですしねー。私、大納得ですねー。ちなみに私の現在の心情ですが、何も感じていないことにしておきましたー。直面したらアカン感じがしますからね、はい。
でも、娘さんは優しいなぁ。俺の精神状況を心配して下さったらしくてですね。
「ち、違うからっ! ノーラの思っているような意味じゃ絶対ないからっ!」
慌てた様子で首も手も横に振られまして。
別にねー、私はね? 分はわきまえておりますよ? ですよ?
「あはははは。大丈夫です。分かっています。分かっていますから」
「う、疑わないで! えーとね? 実際には、死ぬかもしれないってなって頭が真っ白になったんだけど、一応死ぬ覚悟は私にはあったの。騎手だしね。何かあったらって」
それはまぁ、領主の跡取りとして、武人として。死ぬ覚悟というのがあってもおかしくは無い気はしますが……それが、今の話にどう繋がるのかどうか。
娘さんは、その俺がいないことに気づいた時でも思い出しておられるのでしょうか? どこか遠い目をされて笑みを浮かべられて。
「でも、気づいたの。ノーラがいないって。私、最後の時にはノーラが一緒かなぁってそんなこと思ってたから。だからまぁ、まだその時じゃないかなぁ……はは。なーんて、そんな変なこと考えたりしてたんだよね、うん」
それが、娘さんが俺がいないことに安心された理由のようでしたが。
……うーむ。これはまた、うーん。ぶっちゃけです。脳がホカホカするぐらいに嬉しいお言葉でした。これってアレでしょ? 死ぬ時は一緒だぜ相棒、みたいな? そういうノリですよね、多分。いや、娘さんの思いの仔細は正直よく分かっていないのですが、おそらくはね? そう解釈しても良いよね?
そのぐらい俺のことを信用してくれてるって、そういう話なのでしょう。だから嬉しかったです。しかし、うーむ。ただ嬉しいって、それだけではいられなくて。
「……俺は貴女を死なせる気はありませんけどね」
共にある限りは。
不足ばっかりの駄竜ではありますが、その覚悟と誓いぐらいは持ち合わせていますので。
娘さんは照れくさそうに笑い声を上げられました。
「あははは。そっか。ありがとう。もちろん、私もノーラについてそうなんだけど……ちょっと、ノーラがそう思ってくれてるんじゃないかなって期待したりもしちゃってて。それで助けに来てくれるかなぁなんて、甘えたこと考えたりもしちゃってたけど……やっぱり、ノーラはすごいね」
そりゃまぁですよね。
娘さんを助けないなんて選択肢は俺にはナノ以下の単位であり得ないわけで。ただ、この結果は俺だけの力で成し遂げたものじゃないからなぁ。その点については、力説させて頂かないといけませんが。
なんて思っているとでした。
「ちょっと頭下げてもらっていい?」
そう言われてしまったので。
この救助大作戦に尽力された方々について説明させてもらおうと思ったのですけどね。そのお願いの意味はさっぱりでしたが、とにかく俺の最優先は娘さんでして。言われた通りに頭を下げます。
娘さんと目線を合わせるような形になりました。
娘さんは柔和な笑顔を浮かべておられて。その笑顔がいきなりずずいっと近づいてきて。
……えーと?
俺が目を丸くしながらに理解したところによるとです。娘さんは俺の首に抱きついて来られたようでした。俺の喉元に顔をうずめるようにして、俺の首に腕を回して。その指先は、震えを如実に俺に伝えてきていて。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
声もまた震えていました。
……そっか。
なんか元気な感じはありましたし、実際元気であったのかもしれませんが。それとは別に積もり積もったものが相当あったのでしょうね。
なんかね。
アルフォンソの軍勢を追っ払って終わったなんて思ったものですが。
娘さんが安堵されているようで。安堵からか、積もり積もった物を吐き出されているようで。
俺もまた一息でした。
安堵の息を長いこと吐いて。
これで終わりですね。
理想の形で終幕を迎えることが出来た。
娘さんの暖かみが、俺にそれを教えてくれるのでした。
明日はお休みさせて頂きます。
明後日からは四章の終わりまでとなります。
よろしくお願いします。