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第37話:俺と、再会(1)

 皆さんはさすがでした。


 俺が降下に移るのを察して、親父さんを始めとする塔の方々は、健在である塔への攻勢を激しくしてくれて。


 アルベールさんを始めとする騎手の方々は、敵の騎竜の注目を集めてくれて。ラナたちも同様にふるまってくれて。


 さしたる苦労も無く、広場の上空に侵入します。


 観衆が、そして数多の敵兵が。俺に注目しているのは良く分かって。弓の矢じりが、魔術の気配が。俺に対する殺意が渦巻いているのもよく分かっていて。


 しかし、そんなことはどうでも良いことでした。


 三基の磔台。そこには二十人あまりの人たちが、円を書くようにしてアルフォンソ・ギュネイの兵たちと対峙しています。


 その中の一人です。


 青い瞳が俺を見つめていました。


 その瞳に引かれるようにして、俺は磔台のふもとに降り立ちます。

 

 四肢が石畳をつかんで。「本当に来たぞ」と誰かがおっしゃいましたが、それは気になることは無く。


 向かい合います。


 青い瞳の少女。彼女は戦っていたようでした。片手で長剣を構えて、しかしもう片方の腕は地面に垂れ下がっていました。


 腕は鮮血がしとどに流れ落ちていました。原因は分かりませんが、軽くは見えない裂傷です。しかし、彼女はそれを気にしていないようでした。


 俺を見つめて。柔らかな笑みを浮かべて。


「ノーラ」


 そう少女は、娘さんはそうおっしゃいました。そして、


「……仕方あるまい。斉射にかかるっ!! カミールごと迅速に始末せよっ!!」


 そんな苦慮のにじんだ叫びが響き渡ります。


 俺は周囲の兵士たちに目を向けました。誰かの命令通りにでした。魔術師が息を整え、弓兵たちが弓を引き絞り。そんな光景が、俺の視界一杯に広がっています。


 不思議な感覚でした。


 こんな広範囲を意識するのは無理で、魔術で防ぐなんてことも当然夢物語で。


 そのはずでした。しかし、今は妙に意識が冴え渡っていて。魔力の精製もこの上なく円滑で、空間へのイメージも精緻にして緻密に描き切れていて。


「……息を合わせよっ!! 放てっ!!」


 その号令に従って、雲霞の矢弾が、魔術の炎嵐が閃きます。俺ごとこの場の全員を始末する。その決意をうかがい知ることが出来ますが。


 で、それがどうした?


 風を走らせます。


 視界を占めて、風を踊らせて。空間に一片のスキも無く、魔術を描き切り。


 暴威が晴れました。


 矢じりは地に落ちて、炎は雲散霧消して。


 沈黙が広場に落ちて。


 そして、俺は叫びました。


「どこにいる……? アルフォンソ・ギュネイっ!!」


 俺は名を叫んでいたのでした。


 娘さんを囚人におとしめて、傷つけてくれた男の名前を。


 見張り台の上でした。


 その男はいました。瞳に驚きと恐怖の色を浮かべながら、俺を見つめていました。


 俺はただただアルフォンソをにらみつけます。ハルベイユ候と演説の打ち合わせはしていたのですが、その内容はほとんど俺の頭から吹っ飛んでいました。


 ただただ感情があって。たぎるものが腹から頭頂にかけて走っていて。それは言葉なんかで表すには、大きすぎて複雑過ぎて。


 だから、俺はにらみつけるしか無かったのですが、そんな中ででした。


「……始祖竜」


 観衆か俺の周囲の人たちか、あるいはアルフォンソの手勢なのか。


 誰かがそう口にしました。そして、それは瞬く間に広がって。


「始祖竜」


「始祖竜だ」


「始祖竜が、カミール閣下を守って……」


 そんな呟きの群れが、アイツにどんな影響を及ぼしたのか。


 アルフォンソは唐突にわめき始めたのでした。


「た、正しいのは私だっ!! 大義は私にあるっ!!」


 自分の正義が危機にあるとでも思ったのか、かつての紳士然とした姿はそこには無く。無様にまなじりを釣り上げてアルフォンソは声を張り上げていました。


「カミール・リャナスは国賊だっ!! 陛下の威を借りて、しかし陛下の威光を貶めて、この国を内側から食い破ろうとする許しがたき害虫だっ!! それを排除する責務が、このアルフォンソ・ギュネイにはあるっ!! 大義は私に……我々にあるのだっ!!」


 そんなことを声を震わしながらに訴えてきたのでしたが……正直その訴えは俺にはどうでも良いものでした。


 別に、誰に大義があるとか無いとか。正義だとか悪だとか。そんなことは心底どうでも良くて。


 娘さんに苦渋を味あわせた男。俺にとってアルフォンソ・ギュネイはそれだけの存在でしか無く。だから、


「……そんなどうでも良いことが理由か」


 そんなどうでも良い理由で、娘さんは辛い目に会わされたのかと。そんな感慨しか無く。


「ど、どうでも良いだと? 異常なトカゲ風情が。賢しらげに知ったようなことを……っ!!」


 アルフォンソはヒステリックに怒気を露わにしてきましたが、思わずでした。思わず俺は鼻で笑っていました。


「ふん。だったらもう一度言ってみろ」


「は? な、何?」


「お前の大義をな、俺に納得させてみろ。出来るものならな」


「わ、私の大義を?」


「そうだ。言ってみろ。俺の目を見てもう一度言ってみろ」


「……わ、私は」


「俺の目を見ろ。俺の目を見て言ってみろ。俺は言えと言っているぞ? ……どうしたっ!? 言えっ!! 言ってみろっ!! アルフォンソ・ギュネイっ!!」


 お前が何を言ったところで俺に響くことは無い。俺の敵意が収まることは無い。


 そのつもりで言ってやったのだ。


 アルフォンソの震える瞳をにらみつけながらに俺は言ってやったのだった。


 アルフォンソは俺の目を見つめ返してくることは無かった。助けを求めるように、周囲に視線をさまよわせ。そして、


「ひ、退けっ!! 退けぇっ!!」


 そう叫んだ。


 あとは雪崩を打つような光景でした。


 アルフォンソ自身を始めとして、その手勢たちは転がるようにして広場の出口を目指し。


 天罰だなんて。そんな声も耳に届いてきたような。すぐにです。広場には、唖然とした観衆と俺の周囲の方々ばかりが残されることになりました。


 とにかくです。


 終わった。そんな感慨がありました。アルフォンソによって生じたこの三日間の全てが終わった。そんな実感がありました。


 そして何よりも安堵があり。


 ……もう良いですよね。


 警戒は解いてもおそらく大丈夫でしょう。


 俺が顔を向けたのは、もちろん娘さんです。娘さんは何故かポカーンとされていましたが、それはともかく……け、怪我だよなぁ。腕。血。アルフォンソへの怒りが再び蘇ってきそうでしたが、今はそれはどうでも良くて。


「む、娘さん。あの、その、怪我の具合は……?」


 俺の疑問に娘さんはすぐには返答をくれなくて。こくりと首を傾げたりされて。


「……ノーラ。なんかしゃべれてる?」


 あ、そう言えば、娘さんが俺の声と接するのは初めてでしょうか。でも、いや、そんなことはどうでも良くって。


「しゃべれてますけど、い、いやいや。そんなことよりも、血がすっごい出てて……」


「へ? あぁ、これ? あはは。大丈夫。こんなの全然大丈夫だから」


 娘さんは笑顔でそう言って、怪我をした腕をぶんぶんと振り回したりされましたが、の、のおおぉっ!? 血、血ぃぃぃっ!? 血がしずくになって飛んでるぅぅうぅっ!!


「ひ、ひぃぃぃぃっ!? だ、誰かぁぁっ!! 誰かお医者さん呼んでぇぇぇっ!!」


 し、失血死とかさ、無いよね? 大丈夫だよね?


 思わずワタワタしていると、馴染みの方が俺の視界に入ってきました。いつもより無精ひげが濃いような気がしますが、あ、クライゼさんですね間違いなく。


 そのクライゼさんですが、どこか呆れたような目を俺に向けて来られました。


「お前はしまらんヤツだな。先ほどの風格はどこにやった?」


「く、クライゼさん。あの、ご無事で何よりで」


「お前のおかげでな。それで、サーリャのことも心配するな。見た目ほどの怪我じゃない。まぁ、手当は必要だが」


 そうおっしゃりながら、早速自分の上着の袖を引き裂いて娘さんの止血を初めてくれて。お、おぉ……さすがはクライゼさん。ありがたや、ありがたや。


 拝みたくなっているとです。クライゼさんは作業を進めながらに、ちらりと俺の顔をうかがってこられました。


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