第36話:俺と、降下への算段(2)
「よしっ!」
そんな折りに響いてきたアルベールさんの気合の声でした。これはきっと、思いは同じということでしょうね。
「ですねっ! では、広場に向かいましょうっ!」
「分かった! って、は? い、いやいや、まだ無理だろっ!」
え? となりましたが、アルベールさんの発言の意図はすぐに身に染みることになりました。
背後からの熱波が俺の側面を焦がして。
急旋回をしながらに理解します。ドラゴンブレス。そうでした。この空には、まだまだ厄介者がいるわけで。
騎竜の群れです。
俺とアルベールさんで五体ほどは無力化したのだけど、こちらも一体ほど落とされてしまっていて。結局、戦力比はあまり変わらず、脅威の度合いもあまり変わらずということで。
「親分にもしものことがあったら大目玉だからなっ! 救出は無理と思っていても、アイツらは絶対に俺たちを広場には降ろさせないはずだっ!」
それはまったくその通りでしょう。
苦々しいことこの上ないですが、敵の騎竜をどうにかしないと俺たちは広場にたどり着くことは難しいようです。納得です。しかし……うーむ?
「ではあの……さっきのよしは一体何のよしで?」
必死の飛行を続けながらに、思わず尋ねかけてしまいます。何かを決意されたようなよしでしたが、広場に降りることへの決意でなければ、一体なんだったのでしょうか?
「そりゃアレだ! サーリャ殿に婚約を申し込むことを決めたことへのよしだ!」
ほーん。
なるほど、そのためのよしだったのですねぇ。納得は……どうだ? 出来るか? んん?
「やっぱり色ボケてません?」
この状況でそのことについて考えられるのは、なかなかの頭の構造をしていないと出来ないような気がするのですが。
で、いつぞやの再現でした。
手綱を操りながら、アルベールさんは「は、はぁっ!?」と怒りを露わにしてきた。
「お、お前はまたまた失敬なヤツだなっ!! してないっ!! 俺は色ボケなんてしてないぞっ!!」
「……本当ですかね?」
「疑うなっ!! さっき死にかけて思ったんだよっ!!」
「はい?」
「今日明日死んだって何もおかしくないんだっ!! ためらっている時間なんて無いさっ!!」
そんな気づきを得られたようでした。
まぁです。さっきも一歩間違えばお陀仏になっていたところでしたし。人生観が変わるなんておっしゃっていましたが、人生のはかなさを感じて、こういう結論を得るのもありえる……のかな?
俺の場合は特に何も得るものは無かったけど、それはまぁ、基礎スペックの違いがものを言っているのでしょう。俺は死んで安堵しかありませんでしたけどね。人生したたる黒色だった俺と、未来ある有望な若者じゃあ、得るものは当然違うでしょうし。
しかし、婚約の申し出ねぇ?
まだ娘さんは捕らえられているわけで、気が早い話ではありますが。娘さんはアルベールさんに好感を抱かれていたようですが、はてさて、どんな返事を返されることになるのやら。
ともあれ、場合によってはそれが娘さんの幸せにつながることもあるのかな? うーむ、良いですねぇ。これはね、俺も俄然やる気が出てきますとも。
って、なるべきなんでしょうけどねー。
風の魔術で敵の追撃を妨害しながらにです。ちょっとばっかり俺は妙な気分になるのでした。
本当はね、若者たちの甘いやらすっぱいやらのあれこれを、俺は温かく見守っていればいいんだろうけどねぇ。アルベールさんが悪くない方であることは間違いないのだし。
でも俺がそんな気になれないのは……まぁ、そういうことなんでしょうかねぇ。
「で、俺はノーラと一緒に華麗に広場に降り立つつもりだったんだけどさっ!」
ちょっと邪念のようなものを感じたような。どうやらアルベールさんは、この救出の機会を娘さんへのアピールにも転用したかったようですが、それはともかく。
だけどって、どういうことですかね? 現状、否が応でもそうせざるを得ないような気がするのですが。途中下車はそんなヒマも無ければちょっとおススメ出来ませんし。
「必要なのは頭数っ! そうだろっ!」
脈絡がちょっと無いような気がしますが、それは確かに。塔の現状を考えると、後は敵の騎竜のみ。これを抑えることが出来れば、俺が広場に向かうことも出来そうですが……
アルベールさんに続く言葉はありませんでした。代わりにあったのは指示です。俺が態勢を崩してやった騎竜への肉薄。その軌道を取るようにとのことで。
広場の現状が気になりますが、相手の頭数を減らす。それが大事だとおっしゃりたかったのですね、多分。
相手は慌てて逃げ出そうとしますが、ここで風の魔術による追撃。黒竜もたいがいだったけど、俺もちょっと反則くさいかもね。暴風に阻まれ、敵はロクに逃げるに任せることが出来ず。
後は、アルベールさんの仕事でした。
娘さんより格段に力強く釣り槍がふるわれることになり。
敵の騎手が宙を舞い。よし、と俺が内心呟く中で、妙な指示が手綱を通して俺に伝えられたのでした。
騎手を失ったドラゴンは、ぼへーっと滑空しながらとりあえず地面を目指しているのですが。どうやらアルベールさんはそのドラゴンに近づきたいらしく。
「アルベールさん?」
「飛び移るからよろしく頼む!」
尋ねかけにはそんな返答がありましたが……はい?
滑空するドラゴンには間もなく横並びにすることになって。で、にわかに背が軽くなる感触。うーん、なるほどね。これはつまりそういうことなのでしょう。
「あ、アルベールさんっ!?」
理解はしましたが、当然驚きを叫ばずにはいられなくて。
そのアルベールさんですが、うーん、華麗。釣り槍を片手にしながらにですが、見事に飛び移られたのでした。そして、手綱を握りながらに、釣り槍で眼下を指されるのでした。娘さんたちのいらっしゃる眼下を。
「俺もな、神童と呼ばれた男だっ! 騎竜は俺に任せとけっ! 俺の決意を無駄にしてくれるなよっ!」
颯爽とでした。
アルベールさんは敵の騎竜に躍りかかられるのでしたが……ちょ、ちょっとね、呆然としちゃったね、うん。
頭数が足りないって発言は、俺が頭数の足しになってやるって意味でしたか。確かにあの、今必要なのは頭数で。塔がほとんど沈黙している現状では、俺もアルベールさんの補助は必要無いですし。慣れない地上からの攻撃への警戒と対処を、アルベールさんに頼る必要は無いわけで。だからこそ、このアルベールさんの選択はまさしく英断と呼べるものでしたが。
しかし、空中でまさか乗り換えを実行するとは。クライゼさんとの一騎討ちにおける娘さんを想起させるような。優秀な若者は果断に優れるってことなのですかねぇ。ふーむ、ただただすごいの一言。
ともあれです。
俺はにわかに周囲に意識を走らせます。現状は一体どうなっているのか? 俺が広場に降りられるような状況なのか?
塔に関しては問題は無いようでした。
俺が空戦を続ける間にも、新たに一基制圧することに成功したようで。制圧に成功した三基では、階下からの敵勢に対処しながら、残り一基を弩弓の威力によって封殺してくれているみたいで。
そして空は……意外と行けるか?
俺の周囲はにわかに出来た無風地帯となっていました。アルベールさんが敵の注目を集めて下さっていることも一因でしょうが、えーと、アルバ? サーバスさん?
なんか低いところを飛んでらっしゃいます。
決して攻勢に出ることは無いのですが、敵の騎竜に追われてくれていて。危ないとしか思えないのですが、そこはラナさんがフォローなんかをしてくれているみたいで。とにかく多くの騎竜を引きつけてくれているようなのでした。塔が沈黙したことをもって、参戦を決意してくれたのかもなぁ。
とにかく、行けるか? じゃないですよね。
行くしかありません。
この機を逃すことなくね。
アルベールさんは俺の決意を無駄にするなっておっしゃいましたが? 告白するから無事救出してくれってことだよね。
さてはて。
告白はどうなるのか? 俺は娘さんを間近にして何を思うのか? それがにわかに気になりますが、その前提として、最低限としてですね。
娘さんは助け出してみせましょう。
気合は否が応でも入りました。
俺は一直線に広場へと降下します。
いよいよです。
その時が訪れるのでした。
いつもお読み頂きありがとうございます。
明日はお休みさせていただきまして、明後日から投稿させていただきます。
ご了承下さいませ。