第35話:俺と、降下への算段(1)
なんか、広場が騒がしくなってきたっぽい。
空戦を繰り広げながらにも広場の様子はたびたび目に入ってきており。それで理解したのです。
もちろん詳細は分かりませんが、少なくとも処刑が粛々と進行している雰囲気では無くて。と言いますか、争っている感がすごくて。これはきっと、そういうことだよね?
「どうやら娘さんたちが抵抗しているみたいですっ!」
二体の騎竜に追われながらにです。
俺は吉報をアルベールさんに届けます。耳にした当人は「よし!」と小さく快哉を叫ばれました
「まさか閣下が虜囚に甘んじたままで終わるとは思って無かったけどさ。助かった、ありがたい!」
全力で空を駆けながらに俺も頷きを見せたい心地でした。本当その通りで。現状を思うと、ありがたい以外に言葉はありませんでした。
四基の塔の内、制圧出来たのはわずかに一基。
敵の騎竜も大多数が健在で。俺が広場に降り立つなんて、現状夢のまた夢なのです。
正直かなり焦っていたのですが……これで少し落ち着けるかもしれません。
落ち着いた上で、着実に状況を前進させていくとしましょう。
「後ろは任せて下さいっ!」
親父さんが一基塔を制圧して、ラナが無秩序になんかもうイライラと暴れまわってくれたりして、俺にも多少の余裕が生まれているので。これをちょっと活かすとしましょうか。
魔術を行使します。
飛行の軌道に関しては、完全にアルベールさんにお任せしまして。俺は背後に意識を集中させます。
そろそろ当てないとなぁ。
何度か魔術で撃退しようとはしているのだけど、なかなか成功しないんだよね。
瞬間瞬間で練り上げられる魔力には限度があり、その限度の中で現象を紡ぎあげないといけないので。どうあがいても全画面全体攻撃っ! みたいなことは出来ませんので。突風を命中させるのはそう簡単な話では無いのです。
でも俺は腐っても娘さんの騎竜ですので。
娘さんは相手のクセを見抜くのに卓越したものを持っておられたりするのですが。それに一番間近で接してきた俺は、それなりに相手のクセの読み方なんてものを肌感覚で理解していたりするのです。
なので……このタイミングかな?
こちらが旋回するのに合わせてあちらさん二体も旋回してくるのですが。その予想された軌道に突風を置かさせて頂きます。で、結果はと言いますと。
「一体落ちましたっ!」
狙い澄ましての直撃でした。二体共を突風が薙ぎ払うことになり、その内の一体は大きくバランスを崩して落ちるように高度を下げていて。
「よし、任せろっ!」
で、アルベールさんはすかさず反転の指示を出して来られまして。俺もまた落ちるような軌道で、落下した一体に追撃をかけるのですが。
ここでまた俺の出番なのでした。
アルベールさんの空戦のクセも、俺は大体掴んできていますので。
アルベールさんの取りたい軌道を、俺は指示が来るよりも早いぐらいに選択し実践しまして。
落ちた一体を猛追。態勢を立て直される前に追い付くことに成功します。そして、アルベールさんは釣り槍を構えられるのですが、アルベールさんが槍を振るいやすいように他のドラゴンには出来ないレベルで軌道を微調整しまして。
ドンピシャでした。
狙いの騎手は虚空に身を投げ出すことになり。その騎手さんが今後どうなるのかについては考えないことにしまして、とにかく難敵を一体かつ一人排除することに成功したことを喜ぶことにします。
「お見事です!」
次の標的の背中を追いつつ称賛を上げさせてもらったのですが、はてな? アルベールさんは何故か苦悶の呻きをもらされました。
「……う、うーん。ダメだ、クセになりそうだ。騎竜に気を使ってもらうと、空戦がここまで気持ち良くなるとは。サーリャ殿には悪いが強奪したくなるな」
苦悶の内訳はそんならしいのですが。
うーん、ぶっちゃけ嬉しい。ただ、言及は控えさせていただきましょう。今はまだ、そんな雑談にふけっていられる状況ではありませんから。
今の今、気になる光景が目に入ったところですし。
塔におられる親父さんたちです。あの人たちは階下からの敵勢を防ぎつつ、俺たちを援護したり、他の塔にちょっかいを出しておられていたのですが。
今はですね、俺たちに手を振りながら、とある方向を指さしたりしておられまして。このアピールが意味するところは、当然その指の先にあるのでしょうが……むむ?
指の先にあったのは塔でした。そこでは敵方の兵が、必死に階下に向かい合っているようでして。これはそうね、むむむ。
「アルベールさんっ! 塔の一つが好機ですっ!」
アルベールさんも親父さんたちの手ぶり身振りにすぐ気づかれたようでした。
「アレかっ! 手伝えってことだろうが、魔術でいけるか?」
「近づけばっ! すれ違いざまに何とかやってみますっ!」
現在の距離だと、魔力を現象として編み切るには遠すぎて手応えが無くて。ドラゴンブレスを使うにしてもやはり遠すぎますし、ここは接近するしか無いでしょう。
「……近づけばか。正直イヤな予感しかしないが」
アルベールさんの渋面が想像出来るようでしたし、激しく同意でもありました。
先ほどは不用意に近づいて弩砲の洗礼を浴びることになりましたが。今回はですね、もうちょっと近づく必要がありそうなわけで、その時に弩砲はもちろん弓兵、魔術師がどう歓迎してくれるのか? そこが非常に不安になってしまうのですが。
しかしまぁ、悠長にしていられる余裕はありませんので。
ここは乾坤一擲、出来るだけ他の塔の影響の出ない角度から、何とか接近して一撃をかますしか無いのです。
「まぁ、とにかくな。行くかっ!」
アルベールさんも覚悟を決められたようで。
敵の騎竜を追っていたのですが、それは一端取りやめて。被弾のリスクを下げるために、速度を上げて目標の塔に迫ります。
何とか気づかれないように行けないかなぁ。そう願ったものですが、まぁ、うん。対空監視もしっかりしていたようで、案の定気づかれます。弩砲と弓の矢じりが、魔術師の目が十数の単位で俺とアルベールさんに注がれます。
……これ、大丈夫?
不安しかありませんが、軌道はアルベールさんに任せて、俺はただ塔を制圧することだけを意識して……行きますっ!
すれ違い様のドラゴンブレスはちょっと頭を動かしながら飛ぶ余裕が無さそうなので却下で。
風の魔術の風圧で、なんとか制圧を援護してみましょう。
塔をかすめるようにして肉薄。そして案の定の過激なお出迎え。う、うおお! シュバシュバドドンでまじ怖ぇ! 視界はほとんど真っ赤で、色んなものが俺のすぐ側を通り過ぎているのが分かって。って言いますか、俺のウロコがメシャっていくらか剥がれ落ちているようで。
痛覚に訴えかけてくるものはありませんが、いくらか矢弾が俺には命中しているようです。アルベールさんは大丈夫なのかと心配になりますが、手綱の指示はしっかりとあり。
とにかく本命を果たします。
炎の魔術の切れ間から覗く塔に、すかさず魔力を走らせ暴風の現象を紡ぎあげます。
んで、つ、通過ぁー!!
無事通過です。で、急いで塔から距離を取ります。ちらりと背後をうかがえば、塔は混乱の渦中にありました。俺の暴風は、兵たちをまとめて塔から吹き飛ばすような効果は上げられませんでしたが、そのスキを味方が上手く突いてくれたみたいで。多分、すぐに制圧してくれることでしょうね。
とにかく、目的を果たせてホッと一息です。ここで死んで、娘さんを助けるという目的が果たせなくなるのではと、かなりヒヤヒヤすることにはなりましたが。
「……生まれて初めて死ぬかと思った。ちょっと人生観が変わるな」
アルベールさんも似たような感じみたいですね。半ば呆然とした口調で、そうおっしゃってきて。アルベールさんは俺と違って柔らかい人間さんですしねぇ。恐怖はきっと俺とは比べものにならなかったことでしょう。
まぁ、とにかくです。
上昇して、俺は広場全体を視界に収めますが。とにかく、これで塔を二つ占拠。そしてその塔二つは、弩砲をもって残りの塔に攻勢をかけていて。で、攻勢をかけられた方は、階下からの圧力もあって、なかなか忙しいことになっているようで。
これは……あるいはです。いけるんじゃないか? 全基の制圧は果たせてはいませんが、この状況であれば、俺が広場に降り立つことも出来るんじゃ?