第34話:【カミール視点】俺と、最後のあがき(2)
空戦があって、敵には動揺があり。
さらに俺が一時的にでも開放されたとなれば、敵にはさらに動揺が積み重なる。
結果として、俺以外が逃げ出すスキぐらいは出来よう。そう俺は計算し、そして願っていたのだが……
見張り台のアルフォンソは、俺を冷ややかに見下ろしていた。
俺が処刑に際してじっとしているわけが無い。何か起こすに違いない。
ありがた迷惑なことに、アルフォンソはその程度には俺のことを評価してくれていたらしい。配下にもよくよく言い聞かせてあったのだろうな。アルフォンソの手勢は、さしたる動揺も無く整然とこの広場に集結してきやがって。
すでにして重厚な包囲の輪が出来上がってしまったのだ。
魔術師らしき者たちも多ければ、弓兵たちはすでに矢をつがえてこちらを見据えていて。
俺を見逃さないどころで無ければ、他の連中もだな。逃げ出せる余地は無い。そう判断せざるを得なかった。
「……あの神経質のクソ野郎が」
毒づいたところで、当然現実が変わるわけは無かった。俺の本願は、どうしようもなくここで潰えてしまった。
「閣下。腹をくくられませ。救出の動きもあれば、それまで耐え忍ぶ。それしかありますまい」
手練共はむしろ望むところといった様子で、そう口にしたが。まぁ、こいつらの本願は俺の救出だろうからな。意気揚々として、それぞれの得物を手に敵兵と相対して。
俺の若手の手下共も同様のようだった。
俺を見捨てるよりは、この道の方が居心地が良かったらしい。そして、救出が来ると信じ切っているのだろうな。目をランランと光らせて、敵兵をにらみつけているが……
バカ抜かせだ。
救出などあるものか。
あるとしても、ここにたどり着くまでがせいぜい。人死が増える。そんな結果しかもたらさない。
しかし、コイツも救出を信じ切っているのか。
サーリャもまた、敵兵に対する輪の一角を担っていた。死への不安などまるで感じていないようで、長剣を手に澄まして敵兵と対峙しているが。
俺と関係が薄いこともあれば、コイツにはハーゲンビルでの恩もある。どうにかしてやりたかったが……これはもうどうしようも無いな。
「……サーリャ。悪かったな。ここがお前の死に場所らしいぞ」
思わず声をかけたのだが。
サーリャは「え?」と声を上げた。目を丸くして、何やらやたらに驚いているようだが、何だ? コイツは何を驚いているんだ?
「……か、閣下が……謝罪? こ、これはその、どう解釈すれば良いのか分からないのですが……何か裏が?」
思わず頭を一つはたいてやりたくなったが。
コイツはなぁ。俺の人生でもまれにみる失礼なヤツだな、本当に。俺にこんな物言いが出来るヤツは、老いも若きにもなかなか記憶が無いのだが。
それにしてもだ。余裕のあることだな。救出が来ると、心の底から信じ切っているのだろうか。
「お前はどう思う? 救出はあり得ると思うか?」
たわむれにだった。サーリャがこの状況をどう思っているのかを尋ねてみたのだが。
案の定だった。サーリャは笑顔で頷きを見せてきた。
「あり得ると私は信じておりますが」
その笑みに陰りは無かった。ふーむ。心底信じ切っている様子だが、そこに根拠はあるのか?
「現状、救出は騎竜を主眼にしているようだがな。それでも能うと思うか? この広場では、助走路も無ければ飛び立つことも出来まい?」
俺も、少しばかり気が滅入っているようだ。救出などあり得ない。そう言わせることを目的にしたような、意地の悪い質問をしてしまったが。
サーリャには困り顔で応じさせることになった。
「確かにですね、騎竜じゃその辺りちょっと難しいかもしれません。でも、きっと何とかなると思います」
「何とかなるか? 根拠でもあるのか?」
「いいえ。でも、信じています。ノーラはきっと来てくれますから」
「そうか。ノーラがな……ノーラ?」
俺は当然のこととして眉間にシワを寄せた。
ノーラ?
それは俺の知る限り、サーリャの騎竜の名前なのだが。
「……ノーラか? お前の騎竜のノーラか?」
「はい。そのノーラです」
頷くサーリャは、自身の言葉に何の疑問も抱いていないらしい。騎手の名でも無しに、ノーラが救出に来ると曇りのない笑みで心底信じ切っているようだった。
……なるほど。
俺は思わずサーリャから目をを逸らしていた。納得してしまったのだ。昨日から、やたら元気であったりして様子はおかしかったがな。
処刑を間近にして、いよいよ理性をドブに捨ててしまったらしい。気の毒すぎて、正直見てはいられなかった。
で、その気の毒なサーリャだが、俺の同情の視線がいたく気に入らなかったらしい。少しばかり顔を紅潮させて、俺を軽くにらめつけてきた。
「あ、頭のおかしい人を見るような感じは止めて下さいっ! 来ますからっ! って言いますか、来てますからっ! 私、目が合いましたし!」
そして、なんか不気味なことすら言い出したぞ、コイツ。やはり正気はすでに手放してしまっているらしい。不憫なことだ。これはやはり俺であっても同情を禁じ得ないが、
「……いや、ノーラは来るかもしれません」
同情の対象がどうやら増えてしまったようだ。
俺はげっそりとすることになった。発言の主は、槍を手にして今まで沈黙を守っていたクライゼなのだが……処刑を前にすると稀代の騎手もはかないものだな。
「クライゼ、お前もか? 死の間際であっても、理性は大事にした方が良いと思うが」
「ふーむ。確かに、突飛なことを口にしているような気はするのですが。しかし、来るかもしれません。あのノーラですから」
あのノーラ。
あのって何だ、あのって。
「あのノーラか? あの妙に挙動不審で、貧相な体躯をしたあのノーラか?」
「なかなか弁護しにくいことをおっしゃりますな。確かにまぁ、アレはそういうドラゴンです。しかし、閣下の思いも寄らないような規格外のドラゴンでもあるのです」
「規格外だと?」
「はい。まぁ、とにかくです。ノーラが来るまで粘ってみるのも悪くはないかと」
「ふん。よく分からんが、騎竜一体が来たぐらいで、俺たちは救われるのか?」
「はは。分かりません。ですが……賭けてみる価値はあります」
クライゼは心底その気らしい。槍を構えて、包囲の輪をせばめつつある敵兵たちに鋭い視線を送り。
言い出しっぺのサーリャはもちろんだった。アルフォンソの精兵たちと渡り合って時間を稼ぐつもりらのようだ。敵兵をにらみつける青の瞳には、気迫が満ちていて。
……分からん。コイツらが何を心の支えにしてやる気になっているのか。ノーラだと? 確かに変なドラゴンではあるが、それがこの状況で一体何の役に立つのだ? 分からん、さっぱり分からん。
まぁ、俺の家来共も救援に来てくれた手練共も、ここで奮戦する気満々のようだからな。俺としても、当然大将としての気概を見せるつもりはあるのだが。
「あー、とにかくな、救出は来るっ!! 貴殿らの奮戦に期待するぞっ!!」
内心とは裏腹に、そう叫んでおく。
その上で、俺は見張り台のアルフォンソに目をやった。
ヤツの顔に焦りは無かった。代わりに、侮蔑の表情がヤツの顔には浮かんでいた。名門リャナス家の当主が往生際の悪いことを。そんなことを言いたげ表情であり視線だった。
……ヤツに吠え面をかかせやりたいがな。
さて、だ。
出口の無い戦いが始まるな。
俺は一度空を見上げて苦笑する。ノーラか。あり得るはずもないだろうが。俺は、周囲の敵兵にすぐさま視線を戻した。
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