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第33話:【カミール視点】俺と、最後のあがき(1)

 広場の観衆からは、不安と不審の声が上がっていた。


 この王都で一体何が起こっているのかと。


 広場から望める広い空を指差して。轟然と飛び交う騎竜たちを不安の目をして見つめ。


 周囲の塔に視線を向ける者たちもいた。そこからは、たびたび魔術の爆発音が響いており。明確な異常事態を観衆たちに如実に伝えている。


 うーむ、悪くないな。


 広場を眺めながらに、俺は場違いではあるのだが奇妙な満足感を得ていた。俺たちの処刑をのんびり眺めようとしていた観衆共が、不安と不審の思いに居心地を悪くしている。その様子を眺めるのは、何とも愉快ではあったのだ。

 

 まぁ、それはともかくだ。


 正直なところ、俺は愉快の思い以上に不審の思いで一杯だった。


 今動いているヤツらだがな、一体何をしようとしているんだ?


 思わず首を傾げてしまう。そこがはなはだ疑問だったのだ。やろうとしていることは分かる。地上部隊を陽動として、塔に部隊を潜行させ無力化。空路を確保し、騎竜を救出部隊としてこの広場に降ろそうとしているのだろうが。


 で、そこからどうする?


 騎竜を降ろして、それで何とかなると本気で思っているのか? 助走路も無ければ、飛び立つこともかなうまいに。


 そして飛び立つことが出来なければ、後は圧殺されるのみだ。アルフォンソはこの広場を中心にして、手厚く兵力を配備しているに決まっているからな。四方からの多勢に対して抗う術などあるまい。


 ふーむ、だな。


 この救出劇にはマルバスもおそらく絡んでいるだろうからな。まさか完全に無策など、そんなわけも無いだろうが……まぁ、いい。

 

 どうせ救出などは成功すまい。ただ、こちらの機転次第では、助からない人間の数を減らすことは出来るだろう。


 アルフォンソの兵たちもまた、観衆と同じように動揺していた。


 それもまた面白い動揺の仕方だった。誰もが空を見上げて騎竜の動向に目を凝らしているのだが。


 何なのだろうな? よほど騎竜に思い入れがあるようだが。別に降りてきたところで脅威にならないのは理解しているだろうに。一体、何を思って騎竜なんぞに目を奪われているのやら。


 よほど気にかかる騎手なり騎竜なりでもいるのかどうか。アルフォンソも目つきを鋭くして空を見つめているが。


 ふーむ、分からん。分からんが、ともあれ好都合だな。兵たちに動揺が広がっていることもそう。そして、俺たち囚人の現状もな。


 さっさと処刑を進めようということらしい。アルフォンソはどうしても俺を最後に持っていきたいらしくてな。まずは、小物共から始末しようという腹のようだ。


 で、俺の家臣の若造共や、おまけにクライゼにサーリャだな。


 まずはコイツらからという話らしく、磔台に登らせるためだな。慌ただしく木の手枷が取り外されていた。


 うむ。時期としては、今に勝るものは無いだろう。


「やれやれ。貴様らも大変だな」


 俺の警備の兵に声をかけるのだが。その兵は、空をわずかに見上げるばかりで俺を気にかけるそぶりを見せなかった。よしよしだな。従順な囚人を気取っていた甲斐があったというものだ。どうせ何もしないと思って、俺への注意を存分におろそかにしてくれているらしい。


 油断しきったボケ面に一発をかます。

 

 これほど楽しいことは世の中に他に存在し得ないものだが……ははは。人生最後のそれに洒落込むとしようか。


「うぉらっ!!」


 不意を突いてやるのはやはり良いものだな。木の手枷ごと腕を振り回して、隣の兵の頭を殴りつけてやったが……ふむ。ま、大した効果も出ないか。殴り殺してやるぐらいのつもりだったが、こう不自由な腕ではな。


 ただ、熟練の兵士が慌てふためく姿を見るのは何とも愉快ではあったが。


「き、貴様っ!! この期に及んで何をっ!!」


「はははっ!! 何をもクソも無いわっ!! いいから止めてみろっ!!」


 楽しくなって叫んでもみたが、すぐに面白くは無くなった。


 さすがに三対一だ。すぐに背後から抱き止められて、槍を突きつけられて。それでも暴れてはみるが、相手は微動だにせず。


 まぁ、予想通りではあるが。


 軍神と呼ばれようが、中身はただの鍛錬不足のおっさんだからな。物語の英雄のような働きは、当然俺の管轄外であった。


 しかし、これで十分だった。


 合図なのだ。


 今が好機だぞ、と。観衆の中に潜んでいる連中に教えてやるために暴れてやったのだがな。


 その狙いは見事にハマってくれたようだ。


「ぐっ!?」


 俺に槍を突き付けていた兵士だ。

 

 突然、片手を首裏に伸ばしたかと思えば、苦悶の表情で前のめりにばたりだった。見下ろしてみれば、短剣がうなじに深々と突き刺さっているが。うーむ、やるな。俺に当たる危険もあったが、この精度で果断に当ててきたか。


 なかなかの強者らしいが、その投擲は残りの二人の兵士も瞬く間に苦悶に沈めることになった。


 で、観衆を阻む警備の兵たちの槍やら長剣やらを奪いながらだ。五人ほどの男たちが俺の元に駆け寄ってきていた。


 よーしよし。いいぞ、良い判断だ。そして、なかなかの手練れ共のようだな。俺は気色満面で叫ぶことになった。


「よく来てくれたっ!! 感謝するっ!!」


 年配の明らかに熟達の気配を感じさせる男だった。俺を拘束していた兵に止めを刺しながらに、ニヤリと笑みを見せて。


「もちろん。閣下のためとあらば」


 その声音は落ち着いていた。ふむふむ。けっこうなことだ。これは頼りになること限り無しだ。


 良くなってきた。


 良い流れになってきた。


 とにかく今は寸暇の時が大事だ。どこの手の者かは知らんが、すかさず俺は指示の声を飛ばさせてもらう。


「俺の手枷はいいっ!! 他の奴らを頼むっ!!」


 この腕利き連中もその辺りは心得ていたようだった。脱出に際しての戦力にということだろう。すかさず、俺の従者共の救出に向かうのだが……ふむ?


「……はぁ。白兵戦なんて久しぶりだぞ」


 鬱々とした声はまぁコイツだわな。


 クライゼだ。手枷を外された上で、手練れ共の乱入があり。そのスキをこいつも上手く突いたようだ。奪い取った槍を手にして、言葉通り不慣れな様子で構えているが。


 で、コイツも上手いことやったようだった。


 サーリャだ。コイツは長剣を構えて、健在である敵兵と相対している。ふむ、なかなか様になっているな。さすがはヒース・ラウの娘と言うことか。父親からいくほどかの手ほどきを受けていたのかもしれん。


 なんにせよ順調だ。


 動揺で生まれたスキをこの上無く活用することが出来た。手練れたちの加勢もあって、周囲の兵はとりあえず排除することが出来た。俺の侍従共も手枷をこじ開けてもらって、続々と自由を手にしている。


 文句無しに順調だった。ただ、余裕はまったもって無いだろうがな。


 見張り台の上で、アルフォンソは忌々しげに配下に次々と指示を出しているようだった。すぐにでも広場の周囲からも兵が殺到することになるだろう。


 その前にだった。さっさと行動を起こさなければ。


「テイムズ、ラクーシャ、ジルバ、エジールっ!! お前たちは俺と共にここで死ねっ!! 良いなっ!!」


 俺が叫んだ名前は、俺の従者共の中でも年をくったジジイ共だった。さすがに俺の胸中を察してくれていたらしい。小気味良い返事が返ってくるのだった。


「がははっ! おうよ、大将っ!」


「閣下のご意向とあれば御意にっ!」


 よしよしだった。


 ただ、若手連中と救出に来てくれた手練れ共は困惑を露わにしたのだが。


「か、閣下っ!? 何のおつもりか!? それでは我らの意味が……っ!!」


 手練れ共の一人が血相を変えて訴えてきたが。申し訳なくは思うのだが、現実はそうはいかんのだ。


「ははは。アルフォンソはそう甘くはないぞ。俺のような鍛錬不足の親父が逃げられるはずもあるまい」


「し、しかし、試してみないことには……っ!!」


「そこは軍神を信用しておけ。無理だ。だからこそ、頼みたい。他の連中を任せたいのだ。アルフォンソは俺の拘束に腐心するはずだからな。他の連中は、上手くいけば逃げ出せる余地がある」


 それが俺の本願だった。


 クライゼとサーリャぐらいは逃がしたいと思っていたが、これで他の若造共も逃がすことが出来る。これ以上の望みは今の俺には存在しなかった。


 俺の意思は伝わったはずだった。手練の連中は、悔しげにだが頷きを見せてきた。


「……御意に。それが閣下の本望であれば」


「ありがたい。では、さっさと行けっ! 落ち着いて話している時間などあると思うなっ!」


 さすがに手練の連中だった。俺の意図を汲んで、早速血路を開くべく、敵兵に対峙し……だが、


「……閣下。遅きに失したかもしれませんな」


 手練れの1人がそう告げてきたのだがな。俺もその現実を、苦々しくも認識することになっていた。



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