第32話:俺と、王都の空(2)
「くそっ!! 数が足りんぞっ!!」
アルベールさんが嘆き節を叫びますが、確かにこれは。クライゼさんだって、この手練たちを相手にして反抗するのはきっと困難のはずで。
味方の騎手たちも二騎、三騎を相手にして、どうしようも無く逃げ回っていて。
俺もまた歯ぎしりをしながらに飛び回るしか無く。どうにかしないといけないのです。どうにか。何とか。ただ……どうすればいいんだ? これは? 何とかって、どうやって?
いくら考えたところで事態を打開するにはほど遠く。
それどころかです。じわじわと俺とアルベールさんは追い詰められていました。ゆるやかな包囲が徐々に狭まっていて。相手のドラゴンブレスなども、かなりかすめるようになってしまっていて。
これは……マズイ。
落とされるまであと一分も無い。俺の経験はそう知らせて来ますが、成すすべはなく。
ヤバい軌道を取られた。背後に関してそう察することが出来ましたが……
終わりだ。
そう直感します。そして、
『あぁぁぁもうっ!! ギシャァァァっ!!』
なんか怪獣めいた怒声が響きました。
……えーと? 不意に包囲が緩んで、危機の気配も遠ざかって。その理由はと申せば多分もちろん、
『ら、ラナっ!?』
ということになるのでしょうか。
すかさずして俺の背後から怒声が投げかけられるのでした。
『ガァァァァっ!! もぉぉぉっ!! バーカ、バーカっ!!』
なんか罵倒されていますが。い、いや、それはどうでも良くて。
マジでラナでした。背後の騎竜に襲いかかった上で、今は俺の後ろに付いてきているようですが。
『な、何で来たのっ!? 空でぐるぐる回ってるだけだってっ!?』
風を切りながらに問いかけます。塔の脅威もあれば、その予定だったはずで。ラナにこうして参戦して貰う予定は欠片も無かったのですが。
『仕方ないじゃないの、バーカっ!! 危ない目に会ってんじゃないわよ、バーカっ!!』
とのことでしたが。心配して来てくれたってこと? それは……マジで嬉しくありがたくて。しかし、
『危険だってばっ!! 塔からは弩砲が……』
『見てたってのよ、バーカっ!! 私だって死にたくないから近づかないってのっ!! 良いから、アンタのやりたいようにやんなさいよっ!! もう本当、こんなの最後だからね!! 本当だからね!! 本当の本当だからね!!』
これまたありがたく頼り甲斐しかないお言葉で。でも……これは……
「ノーラ! 協力はありがたく受け入れろ! 今はためらってる場合じゃない!」
俺の動揺を察したのか、アルベールさんがそんな言葉を投げかけてきて。
……そうですね。ラナの安全は気にかかりますが、今はラナの好意に甘えさせてもらいましょう。俺たちの目的を果たすために。娘さんを助け出すために。
ただ……まだ足りない。
ラナの助勢があってもです。寡勢なのはまったく変わらなくて。危険は脱したものの、反攻に移るには……って?
耳をつんざく風切り音が響きました。
それは間違いなく弩砲から放たれた矢によるもので。それは、俺の背後に放たれていて、一瞬ラナが狙われたのかとヒヤリとしましたが、どうにもそれは違うらしく。
塔に目を向けます。
その弩砲の座です。そこに立っておられるのは、どう見ても見慣れたナイスミドルでありました。
『お、親父さんっ!! 親父さんだっ!!』
嬉しくて叫んでしまうのでした。
親父さんは血にまみれていましたが、本人に怪我をされた様子は無く。他の味方の兵士たちと共に、見事塔の一つを制されたようでした。そして、援護のために、敵の騎竜に距離はあっても弩砲を撃たれたようで。
「味方が塔の一つを制圧したみたいですっ!」
とにかく、その事実をアルベールさんと共有します。するとです。アルベールさんは、しばしの沈黙を挟まれまして。
「……よし。だったら、さっきの意趣返しといこうじゃないか」
ふーむ? なるほど。それはまったく名案かもしれないですね。
塔の一つが制圧されたことには敵さんたちも気付いておられるようで。それとラナの登場が合わさってか、かなり動揺もされているらしく。
この好機にいっちょやってやりますか。
まずは俺ですね。動揺があって、少しばかり余裕が生まれましたので。ここで風の魔術と洒落込みましょう。
こちらの軌道に先回りしようとしていた一騎に狙いを定めまして。瞬時に突風を走らせます。空戦で初めての試みでしたが、結果は望み通りでした。
騎手が必死に立て直そうとしますが、どうしようも無く体勢が崩れ。よしよしです。アルベールさんは悠々とその騎竜の背後につくことに成功します。
後はまぁ、流れということで。
敵の騎竜はとにかく俺たちを引き離さそうと全速を出しますが、不意の異常事態のせいもあってかそこに警戒心ははなはだ欠けていて。
俺たちに追い立てられるままに、親父さんのいる塔の近くへ。そして……ぬ、ぬお。これはちょっと。
見事にでした。
塔からの弩砲の一閃が目前の騎竜を貫きまして。う、うむ。ちょっと気分が悪くなるような光景ですね。胴に風穴を明けられた騎竜が、血しぶきを上げながらに王都に落ちていきます。
「よしっ!!」
アルベールさんは快哉を叫びましたが、俺はちょっと同情心が先に立ったりしまして。ただ、うん。喜びましょう。娘さんを救出する。その目的に一歩も二歩も近づいたのですから。
思わずです。
そこまで余裕があったわけでは無いのですが、広場に目を凝らしまして。
そこには多くの人間たちがいました。そして、三基の磔台がありました。
その周囲にです。ドラゴンの視力をもってしても遠いと称さざるを得ない距離なのですが。しかし、見えたような気がしました。いや、目があったような気がしました。
金の細髪を朝日に煌めかせる少女と。
娘さんと目が合ったような、そんな気がしたのでした。