第31話:俺と、王都の空(1)
さてはて、と。
塔への奇襲には成功。そう判断して、空に上がったわけですが……さーて、これからですね。
上空に上がることによって、現状が良く理解出来るのでした。
眼下には王都の街並みが広がっているのですが、注目すべきはその中にぽっかりと空いた円形の空間。
あそこが広場なわけですね。俺が最終的に到達すべき場所です。で、その周囲には前情報通りに四本の長い塔が立っていて。
あれが問題になるらしいのです。対ドラゴン用の防空拠点のようなのですが、はてさて。今は対象も無ければ沈黙している塔ですが。あれがどれだけの威力をもっているのやら。それが非常に気になるところでした。
まぁ、危ないと言われているものにわざわざ近づく必要も無いわけで。
塔への対処は親父さんたちを信用するとしまして。今俺たちにとって問題なのは……うおー、上がってきたなぁ、うーむ。
敵さんの騎竜の群れでした。
広場の近くの大通りを助走路として、続々と空に上がって来ていて。すでに広場の上では騎竜が数体旋回していたのですが、合わせると二十に届きそうな感じだよなぁ。
とにかくです。
広場に降りるには、塔と併せてアレらも沈黙させないといけないのです。
もちろん俺とアルベールさんのコンビだけじゃないんだけどね。上でぐるぐるしてくれる予定の我らがドラゴンズは除いても、五体ほどの騎竜が加わってくれるはずなのでした。
アルベールさんの配下の方たちには騎手の方がかなりおられまして。その人たちがリャナス家の騎竜に乗って参戦してくれる手はずになっていまして。
それにしても倍以上かぁ。ふーむ。これはどうにも難しい空戦になりそうですが。
「ふん。雑魚どもが続々上がってきたな」
なかなかに血気盛んな言葉が耳に届きました。
当然のこと、手綱を操りながらにアルベールさんでした。この方も、アレクシアさん同様にこの作戦に対しての思い入れの強い人ですからねぇ。そりゃ心が燃えるところも少なからずあることでしょう。
ま、それは俺も同じですが。
あと少し。
飛びながらに見つめる広場は、本当あと少し、少し速度を上げれば一分とかからずに届くところにあって。
よーしよし。
処刑まであといかばかりか。それは分かりませんが……必ず間に合わせてみせますとも、えぇ。
そして、空戦の時間でした。
あちらさんの戦力はこちらに三体一で当たれるものなのですが。突出していた俺たちには、五体近くの数が襲いかかってきて。
では、蹴散らさせてもらいましょうか……っていう気分にはなれないよなぁ。
若干の冷や汗。これ、大丈夫? そう思っている間に手綱からの指示が飛び。
急加速の急旋回。いきなり全速力の飛行を余儀なくされます。
ぶっちゃけまして。ぬおー、キッツいな、おい。
多対一というだけでもキツイのですが、敵さんの攻め口もです。二体で俺たちの背を追い、残りが回り込むような動きを見せて。組織化されたと言いますか、複数での理想的な一体の追い詰め方を実践されてしまっているような感じで。
魔術を行使する余裕も無ければ、反撃の糸口もつかめない現状でした。
逃げさすりながらに今度は首裏が濡れるほどの冷や汗です。アルベールさんは雑魚どもなんて啖呵を切っておられましたが。これって、その、ねぇ?
しかもです。何だろう。歴戦とは程遠い俺ですが、騎手たちには何か不思議な意図があるように思えまして。彼らの軌跡、俺たちの追い方は何か意思があってのように俺には思えて……
「の、ノーラっ!!」
焦りが如実に伝わるような、そんな呼びかけであり手綱からの指示でした。
はて、危急にあっても、そこまで焦るような状況では無いような? そう思いながらに、俺は指示通りに落ちるような急旋回を見せて。
んで、ギュシャッ!! でした。
何かがです。何かが轟然として俺の脇を通り抜けていって。そして、類似した衝撃が俺の軌跡を追うように二撃、三撃と通り過ぎていって。
「弩砲だっ!! 狙われてるっ!!」
えーと、そうなの?
ちょっと呆然としながらに、俺は眼下に視線を落としました。
気づけばです。俺はどうやら、塔の一つに少しばかり近づいていたようで。ドラゴンの視力は、塔に備えられている二門の弩がこちらに向けられているのを捉えていて。
うっわ、デカイな。アレが弩砲? 一門の横幅は、軽く人間の背丈ぐらいあって。その矢は、アホみたいに図太くて、その矢じりは人の握りこぶしよりも大きくて。
で、風切り音から察するにね。多分、背中側から命中しても、ドラゴンの串刺しが出来ちゃうよね、あれ。
「あ、アルベールさんっ!! アレ、死んじゃうっ!! 死んじゃうからっ!!」
「うるさい分かってるっ!! 近づけるか、あんなのっ!!」
なんとかかんとかです。
騎竜たちの圧力を受けながらに塔から遠ざかることは出来たのですが。
遠目に塔を視界に収めながら、ぞぞぞと鳥肌でした。お、恐ろしいなんてもんじゃないな。塔の威力を肌身で味わうことになったけど。
い、いやぁ、こういう時のためにアルベールさんに騎乗してもらっていたのですが。頭数を減らしてでも俺の安全のために騎乗してもらったのですが、本当気付いて下さって助かりました。危うく、ドラゴンの串焼きの一歩手前ぐらいになるところでして。
しかし……アレはちょっと無理だな。近づけない。
塔一基であれで、広場は四基で囲まれていて。おそらく、さらに近づけば弓兵と魔術師の攻勢もあるはずで。
ちょっとね。アレを無視して広場に近づくのは無理だ。これはもう、親父さんたちに制圧を任せるしか無いのだけど……
塔はともかくです。直近の問題はそれじゃないよな。
相手の騎手たちです。おそらく狙ってやってたよね。集団で卓越した連携を見せて、俺たち塔に追いやって。それでトドメを弩砲でって狙ってたよね。
「……ギュネイ家の精鋭の騎手たちだ。あぁ、くそ。雑魚なんているわけがなかったな」
アルベールさんが呻くようにいら立ちを露わにして。
俺もまた、少しばかりいら立ちに似た焦燥感が胸に湧いてくるのを感じて。
焦っても仕方ないって分かっているのですが。焦ったところで状況が好転するわけが無いって、それは分かっているのですが。
それでもです。
広場では処刑の段取りが進んでいるはずで。
塔の制圧が成ったとしても、これでは広場にたどり着けない。これでは……俺のせいで間に合わないかもしれない。