第30話:俺と、陽動部隊(3)
「そうだな。そろそろ、爆音の一つぐらい響いても良い頃だがな。取り付くのにさえ手間取っているのか、戦闘の音が響かないほどに上手いこと攻略しているのかだな」
塔に動きは無し。
それが現状ですが、うーむ。親父さんたちですよねぇ。信じて待つしか無いのですが、それでもちょっと不安になるかも。もしかしたら、何か予期せぬトラブルにみまわれているかもしれないですし。
「……大丈夫です。上手いこと攻略しているに決まっています」
ただ、アレクシアさんは不安の表情をされながらにですが、そう力強くおっしゃって。いやぁ、まったくその通りですね。信じて待つ。それだけが俺たちに出来ることでして。
しかし、ハイゼさんです。アゴを撫でさすりながらに、どこか悩まし気でした。
「迅速にはお願いしたいところですがな。あちらさんも急いで処刑の手順を進めているでしょうから」
これには俺もアレクシアさんも暗い顔をせざるを得ませんでした。そこは本当に最大の懸念で。ただです。これも同じでした。親父さんたちを信じて待つ。これしか出来ることはありませんし、何より心の底から親父さんを信じていますので。何やらすごい方のようですし、俺は心を静めてその時を待つのみでした。
そしてですが、ハイゼさんには別の懸念もあるらしく。眉をひそめて、素人部隊を見渡されました。
「それに、こちらの問題もありますな。戦に不慣れな連中ばかりであって、あまりこの状況が長引くのは辛いところがあるかと」
あー、それも確かに。俺はもちろん、アレクシアさんを始めてとして皆さんお疲れですし。この場の負担を軽減する意味でも、状況にはさっさと動いてもらいたいところです。あー、出来ればです。敵さんにはこちらを本命だと勘違いしながらも、攻勢は手控えてもらえるとありがたいのですが、どうでしょうかね? ね?
「休憩は終わりだぞっ! 次が来てるっ!」
ただです。見張り役のアルベールさんからそんな伝達がありまして。
そりゃまぁね。
なかなか全部が上手くいくわけがありませんし。塔に動きはありませんが、動きがあるまでは何とか辛抱して働き続けるとしましょうか。
すぐに敵兵がぞろぞろと姿を現し、味方の皆さまはヒーヒー言いながら敵に相対して。
これ、長くはもたないかもなぁ。不安はありましたが、俺は目の前の問題に対処するだけです。
早速、風の魔力の精製に精を出しまして。この場での責務を果たそうと、俺は敵勢を視界に収めるのですが。
ドーン、でした。
空から遠く轟音が降ってきて。
にわかにざわめきが起こりました。味方の方々は「よし!」と、自分たちの役割を果たせたと歓声を上げられて。
一方で、敵さんは動揺の声を上げるのでした。あれは塔か、と。地上は陽動だったか、と。整然とした様子が、分かりやすく失われることになり。
「ノーラっ! 機を逃すなっ!」
ハイゼさんの指示の叫びでした。そ、そうですよね。敵さんの動揺につけ込むようにして、風の魔術を行使。敵さんをキレイに吹っ飛ばして、そこにアレクシアさんがすかさず炎の魔術を叩きこんで。
敵さんはなすすべなく混乱と共に退散していきましたが、まぁ、それはそれで良いとして。
俺は塔の一基を見つめます。煙が出ているとか、そんな変化は無いのですが……いよいよですね。
「ふーむ、実際上手くいっているかどうかは分からんが。ともあれ出番だな、ノーラ」
指揮官役であるハイゼさんのお許しも出たようなので。俺は頷きを一つ見せます。
「はい。あとは任せて下さい」
ハイゼさんたちの役割はここでおしまい。ここからは俺ががんばる所でしょうからね。気合が入りますとも。
ハイゼさんは柔和な笑みで頷きを返してこられました。
「うむ、頼りがいのある良い返答だな。ただまぁ、こちらももう一仕事する必要はあるのだがな」
「へ? もう撤退するだけではないのですか?」
間違いなくそうだと思っていたのですが。ハイゼさんは楽しそうにひと笑いでした。
「はっはっは。そう出来れば楽でけっこうだがな。敵方の塔への増援を手ぬるくするためにも、こちらもひと踏ん張りだ。もう少しばかり進軍を進めなければな」
納得ではありました。この軍勢が撤退するよりかは、敵の戦力も分散されて、親父さんたちの負担も少なくなるのでしょう。しかし、う、うーむ。
「だ、大丈夫ですか? 俺とアルベールさんは抜けますけど」
アルベールさんは偵察兼弓兵として、俺は魔術要員としてけっこう中核を担っていたような気がするのですが。それでいて、皆さまけっこうお疲れであって。しかし、
「まぁ、そこは気にするな。敵は混乱し、こちらは策が図にはまって意気軒高。何とかはなるだろうて」
ハイゼさんは飄々としてそんなことをおっしゃりました。えー、その通りではあるのかな? 敵さんは混乱していて、なおかつ味方の皆さまは本当に士気が上がっていて。
作戦が成功したし、プロである敵さんが目に見えて混乱していたってこともあるのかな? 精神的に優位に立ったような感じで。もう盛り上がっていらっしゃいます。先ほどまでの疲労感が嘘のようで、目もランランと光っておられるようで。
「好機ですっ! このまま広場にまで攻め上がりましょうっ!」
アレクシアさんも意気揚々とそんなことをおっしゃっていて。なるほど。この分であれば、俺たちがいなくても大丈夫……か? 本当に? 本当に俺たちがいなくても大丈夫? 調子に乗って突っ込んで全滅の憂き目にあったりとかさ、えーと大丈夫なの?
俺の懸念をハイゼさんはしっかり理解されているようで。顔には苦笑が浮かんでおりました。
「まぁ、にわか勇士殿らの子守は任せておくがいい。主役殿はそうそうに檀上にな。今回の幕引き、任せたぞノーラ」
俺は頷きで応じるのでした。ハイゼさんが信用出来るのは間違いないですから。どっちみち俺は去らないといけないので、ここは全幅の信頼を寄せさせて頂くとしましょう。
ただでも……アレクシアさんですよねぇ。娘さんの無二のご友人。この局面で多少の怪我は仕方ないのかもしれませんが、勇み足でとんでもない目に会われるようなことがあれば、俺は娘さんに顔向けが出来ませんので。
「あのー、アレクシアさん? 少し落ち着かれたらと俺は思うのですが……」
おこがましくも一応忠告させて頂いたのでした。アレクシアさんは首をかしげて応じられました。
「はい? 落ち着いたらですか? 私はそれはもう落ち着いているかと思いますが」
「それにしてはあの、なかなか剛毅な発言をされていましたけど……」
「あぁ、あれですか。あれは冗談です。そうに決まっているじゃありませんか」
「……あの、本当ですか?」
「もちろんです。まぁ、口にした瞬間は混じりっけなしに本気でしたが」
ふ、ふぅん。そ、そうだったのですか。アレクシアさん、黒竜の時もそうでしたが、けっこう熱い方ですからね。ふ、不安だ。何かこう、出来るならば常に後ろについて見守っていたくなったのですが。
俺の心配の思いは十分に伝わっているらしく。アレクシアさんはこほんと居心地悪そうに咳払いをされました。
「えー、はい。ノーラの心配は分かりますが、私もそんなバカではありません。ハイゼ様の指示に従って、しっかりと自らの安全は図りたいと思います。それよりもですね、ノーラ」
「は、はい。なんでしょう?」
「……サーリャさんを頼みました。残念ながら、私にはこれ以上に出来ることはありませんので。私の大切な友人をどうかお願いします」
切実な目をされての頼み事でした。
返答はもちろん、
「分かっています。任せて下さい」
アレクシアさんの思いの分までです。
やりきってみせましょう。絶対に、そう絶対にです。
建物の屋根からアルベールさんが下りられまして。他の人に預けておいた釣り槍を手にして、俺に駆け寄ってこられます。
さーて。ここからが本番です。俺の人生において唯一無二の、俺が主役を張って全力を尽くさなければいけない時です。
上等です。
成し遂げてみせましょう。
アルベールさんを背中に乗せた俺は、すかさず石畳みを蹴って空を目指すのでした。
いつもお読み頂きありがとうございます。
明日はお休みさせて頂いて、明後日から二話を連日で投稿させて頂く予定です。
ご了承下さいませ。