第29話:俺と、陽動部隊(2)
俺とアレクシアさんが行っていることです。
俺が風で敵を封殺して、アレクシアさんが炎で撃退をする。現状はそんなコンビネーションで戦っているのですが。
実際はもっとヒドイことも出来るんですよね。
具体的には、俺がもっと単純に炎でボーボーやるとかですね。風よりも範囲は狭いですし、視界が潰れますし。そのせいで逆襲を受ける機会が増える恐れはありますが、それでもアレクシアさんが魔術を行使するよりは容易に死傷者を増やすことが出来るでしょう。
ただ、ハイゼさんの俺への指示は風でありまして。火だるまの人間を間近にしたら俺の精神の方が燃え尽きてしまいそうなこともあって、俺は喜んで風の行使に従事していたのですが。
しかし、うーむ。確かに。追い詰められている俺たちにしては手ぬるいことをしているような気はしますが。小勢のクセに敵に手心を加えているような感じがありますし。
ただもちろん、ハイゼさんの指示ですので。
理由はもちろんあるらしく、ハイゼさんは飄々として笑い声を上げられました。
「はっはっは。なるほど。確かに手ぬるいと言いますか、何とものんびりとした侵攻にはなっておりますがな。ただ、今以上を求めると、途端に我らは殲滅の憂き目に会うことでしょう」
アレクシアさんは首を傾げながらに疑問の声を上げられました。
「殲滅? そうなのですか?」
「えぇ、そのはずで。アルベール殿はどう思われますかな?」
この方は、この後に俺の背中に乗ってもらう関係もあって、素人愚連隊の貴重な戦力になって頂いているのですが。
どうやら話し声は耳にされていたようで。屋根の上から、快活な笑い声が響いてきました。
「ははは。そうですね。人死が出るようであれば、連中も本気を出さざるを得ないでしょうから」
この場での貴重な戦場経験者は、そんな意見を降らしてこられましたが。ん? 本気を出さざるを得ないとな?
アレクシアさんが汗だくの顔に驚きの表情を浮かべられました。
「え? 相手は本気では無いのですか?」
その疑問は、俺とまったく同じもの……でもないかな? 慌ただしく戦っていて、敵さんの様子にまで気にかける余裕は無かったのですが。確かに、ギュネイ家の屋敷での戦闘を思い出しますと。
「確かに、本気っぽくは無い感じですねぇ」
昨日の戦はもっと、相手方に血の気と言うか、必死な感じがあったような。比べて今回はちょっとドライな感じが。こちらを打破出来なくてもそれはそれで別にみたいな、妙な淡泊さがあるような気はするかもですね。
ハイゼさんはにこやかに頷かれました。
「そう。本気では無いのだよ。なにせ、連中の目的はカミール閣下の処刑を邪魔させないことだからな」
「あぁ、なるほど。別に、こっちを根性入れて全滅させに来る必要は無いですもんね」
納得の声を上げさせてもらいました。
考えてみればそっか。向こうさんは、処刑までの時間を稼げれば十分なわけで。危険を冒してまで、血相を変えて肉薄してくるわけも無いよなぁ。
もっとも、それは俺たちが人死にを出すような攻撃をするようであれば事情が違ってくるのだろうけど。
のんきに時間稼ぎをしていたら死傷者だらけになる。そんな状況になったら、あちらさんも本気を出して迅速な殲滅に打って出てくるでしょうし。
だからこそ、俺は風で鎮圧程度の攻撃を行って、アレクシアさんが威嚇程度に炎をバラまいていたわけですね。ふむふむ。
とにかく納得でした。悠長な攻め口にも、ちゃんと理由があったわけですね。
で、疑問を口にされたアレクシアさんですが、こちらも納得のご様子でした。
ただ、俺とは大分雰囲気が違いまして。ガッカリしているようなと言いますか、ため息がもれ伝わってくるのでした。
「そうですか……はぁ。やはりではありますが、陽動以上の仕事は私には出来ないのですね」
アレクシアさんのその発言の意味は何なのか。
そんなことを思っていますと、アレクシアさんは俺に苦笑を向けて来られまして。
「笑って下さい。少し夢を見てしまったのです。陽動であったとしても、何かしらの偶然が重なって、最大の成果を得て……サーリャさんを私の手で救い出せたらと、そんなことを思ってしまいまして。本当、バカみたいですが」
笑って下さいとは言われましたが、それは出来ないよなぁ。だってまぁ、ねぇ?
「同じです。私も同じようなことを思っていました。黒竜ぐらいの力があれば、今すぐにも助け出せるのにって」
俺も同じ夢を抱いた一人ないし一体なんですよね。アレクシアさんは笑顔で頷きを見せられました。
「なるほど。相変わらず、私たちは同志なのですね」
「えぇ、まったくその通りで」
「ふふふ。そうでしたね。でも、申し訳ないですね。今回はとことん、貴方に重荷を背負わてしまいまして」
ん? ってなってしまいました。
重荷? 一体なんのことか分かりませんでしたが、その思いはハイゼさんも同じらしく。
「ですなぁ。現状、全てがノーラの活躍次第。私もクライゼは何とか救い出したいところですがな。その期待を申し訳なくも背負ってもらうしかありませんが」
それこそ申し訳なさそうに俺の目を見て語られたのでした。ふーむ? 今回は俺がけっこう働かなければいけないのですが、もしかしてそれを指して重荷とされているのでしょうか?
……か、考えたことも無かったなぁ。そっか。確かに、重荷って言えば重荷かも。俺がミスないし死んでしまったら、この作戦は成り立たないし。俺の両肩に乗っかかっている責任はけっこうなものなのかも。
ただ、重荷を重荷として感じているかと言えば、それは違いますね。
「望むところです」
紡いだ言葉はそうなりました。ですが……あの、どうされましたかね?
アレクシアさんとハイゼさんは目を丸くして顔を見合わせられるのでした。
「……えー、正直に言うと、意外です。ノーラはもっとこう……こういう時にはひぃぃぃってなる方の性格だと思っていましたが」
「ですなぁ。大した付き合いもなければ、言葉が分かることを知ったのは先日ではありますが。ノーラはこのような場面で、もっと落ち着きをなくす印象でしたな」
思わぬ形で俺は周囲からの自身の評価を聞くことになりましたが。皆さん、めちゃくちゃ的確ですね。確かに俺はそんな性格をしていまして。人の十倍ぐらい緊張して、百倍ぐらいワタワタ出来る性格をしておりますが。
でも、不思議と今回は違うよなぁ。いや、今回ばかりでも無いか。一騎討ち、ハーゲンビルでの決死の伝令、そして黒竜との対峙。俺が正気をたもっていられた事態はポツポツあって。
共通点はと言えばですね、それはもちろん、
「娘さんの……サーリャさんのためですから」
そのために俺は生きているようなものですし、そのためであれば割と冷静でいられるようなのでした。
アレクシアさんはほほえみを浮かべられました。
「そうですか。貴方も、あの子ことが好きなのですね」
えぇ、はい、まったく。まぁ、アレクシアさんの好きと俺の好きが同じ性質のものなのか。それはちょっとばっかり分からなくなっているところなのですが。
ともあれです。俺の決意はこんな感じで。ハイゼさんもまた、どこかほほえましげな様子でした。
「ドラゴンと騎手の絆ということかな? 何にせよ頼もしい限りだが……さて、問題は塔の連中だな」
ハイゼさんは視線を高くしましたが、何を視界に収めておられるのかなんて、それは分かりきったことでした。
ここからは、まだまだ細く華奢に映るのですが、例の塔です。弩砲やら、弓兵やら、魔術師やら。それらを内包して、俺の広場への到達を邪魔してくれる存在ですが。
「……まだですよね?」
俺はハイゼさんに尋ねかけます。予定だと、本隊が塔のそれぞれに攻勢をかけたところで、俺も飛び立つことになっていたのですが。しかし、現状はまだその時では無いように思えて。
塔が攻められていることが分かれば、もう陽動の必要は無く。
後方で待機しているラナたちや、他の騎手たちと共に俺は空に上がることになるのですが、今はなぁ。