第28話:俺と、陽動部隊(1)
さーて空戦の時間でございます。
それでは皆様、はりきって参りましょう!
とは、ならなかったりしたのでした。
「ノーラ、新手だっ! 後ろから回り込んできてるっ!」
すぐ側の建物の屋上からです。弓を手にしたアルベールさんが、そう俺に怒声を張り上げてきて。
ひぃぃぃ、でした。
い、忙しいなぁ。ただ、ここでボヘッと休息にいそしんでいられる余裕はさっぱり無いわけで。
「はっはっは! では、ノーラ、アレクシア殿。お仕事の時間ですな」
ハイゼさんから楽しげなお言葉を頂きまして。俺が見つめる中、顔面蒼白のアレクシアさんが頷きを見せます。
「は、はい! 承知しました! ノーラ!」
「はい、先行します! 先行しますとも!」
俺はアレクシアさんを背後に連れて、石畳の上をドタドタ走り回るのですが。
はてさて、何をやっているのかですよね。
それはズバリ地上戦でした。ハイゼさんの指揮の下、王都のとある通りで地上戦をやっているのです。
陽動ってヤツらしいのです。
作戦の根本は、俺が広場にたどり着いて始祖竜よろしくカミールさんの正当を証言し、アルフォンソ・ギュネイの不正を糾すって感じなのですが。
それを実現させるための陽動なのでした。
俺が広場にたどり着くには対空装備バッチリの塔とやらが厄介になるらしくてですね。
その塔を攻略するために、俺たちはここでこんなことをやっているわけです。反抗勢力は、空からの侵入を諦めた。ドラゴンの威力をもって、地上からの奪還を試みている。そう思ってもらえれば、塔の侵入者への防備が、心理的にも物理的にも緩くなるとそれを期待しているわけで。
で、こうなっているわけですが……わりとさ、この状況とんでもないんだよね。
それが何故かと言えばですね、まぁ、その、ね? プロがね、ハイゼさんとアルベールさんぐらいしかいらっしゃらないんだよね。
アレクシアさんはもちろん俺と同じく素人ですし。
アレクシアさんを守るために、大きな木の盾を担いでふらふらしている人も見るからにの素人ですし。
まぁね。
親父さんを始めとして実力ある人たちは、密かに塔の制圧に向かっているわけで。こうして陽動作戦を行えるのは、リャナス家のお屋敷に勤める戦闘なんか担当しませんわな人たちしかいないのであって。その三十人ばかりが陽動に当たっているわけで。
そんなわけで、ひっじょーに大変。
空戦前の俺も、戦力の一角として参戦しているのですが。一応戦闘が出来る方として現状フル回転でございます。
アルベールさんが屋根の上から指示を出してくれて、俺はドタバタと狭い小路に足を踏み入れます。
すると、いるわいるわ。
二十人ぐらいの一団かな? 小勢で俺たちの背後に回り込もうとしていた集団と鉢合わせすることになりまして。
「れ、例のドラゴンか? 構うな、討ち取れっ!」
指揮官らしき兵士が、勇ましく攻勢の号令をかけるのでした。うーん、俺も虚栄で有名人になってきた感じがありますが、ともあれ討ち取られるのはまったくゴメンで。
「アレクシアさん、行きますよっ!」
合図を出して、先制です。
行使するのは風の魔術。狭い路地が幸いして、圧力を増した風の怒涛が襲い来る兵士たちを吹き飛ばします。
はい、これで無力化です。敵には弓をかまえた兵士がそれなりにいたのですが、その誰もが壁なり床なりに押し付けられていて。
当然、斬りかかってきた兵士たちも、今はそれどころでは無く。これでチャーンスですね。
あとはアレクシアさんにお任せしましょう。
アレクシアさんはふっと息を吐き。
そして、紅蓮が膨れ上がります。
路地の地面から壁面からを炎の手が撫でつくしまして。はい、これで終了。兵士さんたちは皆こんがり丸焼きに……って、わけでは無いのですが。
アレクシアさんも、本職は王都のお役人。その魔術の威力は、これまた本職に及ばないものらしくて。
炎が去ると、そこに広がっていたのは火傷にうめきながらに後退しようとする兵士たちの光景で。腕に火傷を追ったらしい兵士たちの指揮官は、苦悶を浮かべながらに叫びを上げます。
「て、撤退だっ! 撤退するぞっ!」
俺たちの望み通りの素晴らしい判断でした。
兵士たちは慌てて逃げ去りまして。ふぅ。とにかく撃退です。背後からの攻撃はこれで防げたわけで。
「ノーラ! 正面が危ない! すぐ戻ってきてくれ!」
ただ、現状は脅威に事欠かさない状況であって。
アルベールさんの伝令を受けてです。またまたドタバタと石畳を走り、ハイゼさんの所に戻りまして。
そこでは、はい。確かにピンチっぽかったですね。ハイゼさんたちは、ちょっと太めの路地に陣取っていたのですが。その向こうには、これまた二十人ばかりの敵兵がいて。
数はほとんど同じなのですが、練度は歴然。
こちらはヘッピリ腰で置き盾を構え、へにゃへにゃな感じで弓を射たり石を投げたりで応戦しているのですが。
一方であちらはやっぱり玄人だよなぁ。整然と盾を並べながら押し進んできていて、弓矢なんかもバシバシとこちらの盾に射掛けてきていて。
うーん、なんとも力の差を感じます。
別にこの部隊が本命では無いので良いんですけね。ただ、俺の働き所は多くなっている感じ。
さきほどと同様にでした。
風を用いての無力化、そしてアレクシアさんが炎の魔術をぶちこみまして。
で、やはり相手はプロって感じでした。
状況の不利を悟るや、これまた整然と撤退していったのでした。どこの世界でもねぇ。プロの動きってキレイなもんだね、本当。
「……ふむ。一段落と言っても良いかもしれんな。では、一休みとしようか」
で、ハイゼさんが笑顔と共にそう告げられて。どうやらそうみたいですね。俺の耳にも、近づいてくるような足音は聞こえなくて。
と言うことでグデーンです。俺は石畳の上に腹ばいになってて呼吸を整えます。いやぁ、もう春なんだよなぁ。暑さに苦しまないといけない時期がもう訪れてきたとは。ひんやりとした石畳が何とも心地良いですね、はい。
とにかく疲れたって感じですが、俺の素人仲間さんたちもまったく同じようで。置き盾にもたれかかる人もいれば、石畳にへたりこむ人もいて。俺と同じような疲労と心労を味わっているようでしたが。
特にはこの方ですかね?
俺は少しばかり心配の心持ちで見つめることになりました。アレクシアさんです。この方ももちろん戦闘に関しては素人なのですが、メチャクチャ疲れていらっしゃいますね。顔面蒼白で、膝に手を突きながらに荒い息をつかれていて。
無理もありません。この方、魔術師として俺と一緒にフル活用されていましたからね。それでいて、人間とドラゴンでは、魔術を扱うにしても疲労の度合いが違うらしく。
そしての今でした。
心労も疲労もです。だらだらと汗を流しながらに苦悶の表情を浮かべられているのです。
「あの……お疲れ様です」
せめてものとして労いの言葉を送らさせてもらうのですが。アレクシアさんは、髪を揺らしながらに頭を横に振られるのでした。
「……いえ、大丈夫です。大丈夫ですが……」
が、って何ぞで?
俺が不思議の思いで見つめる中、アレクシアさんは不安そうな視線をハイゼさんに向けられるのでした。
「これで大丈夫なのでしょうか? 必死になるべき我々のはずが、あまりに手ぬるいような気がしまして」
あぁ、とハイゼさんはアレクシアさんの示唆するところを承知されたようでしたが、俺もまたその話ですかと納得でした。
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