終話:嵐は去りて。俺とハゲ頭さん
終わりましたー。
一騎討ちが終わりました。
しかも結果はといえば……うへへへへ。勝利です! 勝利なんです!
その上で、使者のおじさんからは騎竜の任が剥奪されることは無いとお墨付きをいただけまして……完璧じゃないですか? 完璧じゃないですかね、これ?
これで俺はこのままラウ家にいられる! 娘さんと一緒にいられる! ぐへへへへ、最高っ! もう最高だよっ! げへへー。
なんて思っていられる余裕は今の俺には無いのだった。
疲れた。
ただただこれであった。俺は草原にて丸くなり、ぐでりと死に体をさらしている。地上に下りて少しの間は良かったんだけどね。ちょっと時間をはさんでアドレナリンが抜けきったら、忘れていたはずの疲労が全身で自己主張を始めてきやがったのだった。
しかし、あっちは元気だなー。
俺のちょうど正面だった。およそ二十メートルほど先だろうか。娘さんがいる。親父さんがいる。そして、クライゼさんもいる。
俺を休ませようと離れてくれて、そこで彼らが何をしているのか。離れていてもよく聞こえた。騎手談義だ。騎手についてのあれこれで、話に花を咲かせていた。
中心は娘さんだ。親父さんが見守る中、娘さんが積極的に質問をぶつけ、クライゼさんが淡々と答える。それが何度も繰り返されている感じ。
うーん、本当すごいなぁ。娘さんのことだ。娘さんだって疲れていないはずがないんだけどね。それでも成長の機会を逃すまいと、今も努力をしている。
これはね、ちょっとね? ……負けてられないかなぁ。
『あのー、サーバスさん?』
俺の隣にはサーバスさんがいるのだった。楚々として座っていたサーバスさんは、俺の顔を静かに見下ろしてきた。
『なに?』
澄んで涼しげな声が俺の耳に届く。あ、ちなみにですが、このサーバスさん、女性の方でした。
『えーと、お尋ねしたいことがあるんですけど……』
『どうぞ』
俺はサーバスさんを見上げる。サーバスさんは静かに置物のように座っておられまして、
『どうしたらそんな体力が身につくんでしょうか?』
正直これが非常に気になるところでした。
ほとんど同じだけ飛んで、同じだけ疲れたはずなんだけどね。それでもサーバスさんには疲労した様子が全然ない。
この体力が身についたらなぁって、そう思うのだ。サーバスさんの馬力がどれほどの驚異になるのかは、さきほどの一騎討ちで身にしみて思い知らされた。この体力があれば、もっと娘さんの役に立てると思うのだけど。
俺の質問に、サーバスさんは首をかしげていた。あ、これは……どうなるかな?
『……さぁ?』
返答はこんなだった。予想通りではあるけど、な、なんとかなりませんかね?
『え、えーと、変わった鍛錬をされているとかそういうことは?』
『……? 他のドラゴンと一緒だと思うけど』
『じゃあ、変わった食事とか何か健康法とか?」
『そんなこと考えたこともないけど』
『……なるほど、ありがとうございます』
これはね、あれだね? 才能ってやつなのかな? 俺から一番遠い世界にあるやつ。
なんか、余計に疲れてしまった。ぐだー。まぁ、サーバスさんが持つ並外れた長所を、そんな少しの工夫ぐらいで我が物に出来るとは思ってなかったけどさぁ。
まぁ、今はとにかく休憩しましょうかね。泡を吹くぐらいにがんばって、体の芯から疲労しきっている。ようやくだが、頭から興奮の余韻も抜け始めてきた。今まで目が冴えて仕方がなかったけど、これならちょっと寝られそうな気がするし。
というわけで、おやすみおやすみー。
って、ところで不思議な邪魔が入ったりした。
「ははは。やはり疲れ切っておるようだの」
疲れすぎて、足音に気づくことも出来なかった。
やってきたのはハゲ頭さんだった。ハゲ頭さんは一人使者さんをお見送りしていたはずなのだが、その用事が終わっての現在ということなのだろう。
しかし、何用ですかね? 自分のところのドラゴン……サーバスさんを労りにきたとか、そんな感じはあまりしない。目線はほとんど俺に注がれてることだし。
ハゲ頭さんは快活な笑顔で俺を見下ろしてくる。
「まったくようやったわ、お前さんは。サーバスと競ってようやった。初めて見た時はラウ家もとんだハズレをつかまされたと思ったが……ははは。クライゼではないが、うぬぼれだったな。目が曇っておったわ。あはははは」
な、なんか褒めていただけてる?
それ自体はとてもうれしいけど、この人は俺やラウ家にとって敵だったわけで……あの本当に何の用でここにこられたのですかね?
「……しかしだな」
不意にハゲ頭さんが真顔になった。真顔で俺に対して首をかしげてくる。
「これで私の思惑はすっかりご破産だ。貴様、一体どうしてくれるつもりだ?」
あ、あの……こ、怖いのですが。え、何? 文句言いに来たの? いやもしくは、文句以上のことも?
「……はは。なんてな」
真顔も一瞬だった。ハゲ頭さんの顔に不敵な笑みが戻る。
「そんなことを言われても仕方がないわな。はは、とにかくお前はよくやったわ。お前は良いドラゴンだ、うむ」
び、びっくりした。かなり眠気が吹き飛んだ。親父さんからたぬきって言われてたけど、この人なんか油断出来ないところがあるよなぁ。
しかしまぁ、あれが本音なんですかね。
ご破産だと真顔で言ったあれ。一騎討ちに敗北しても、この人は常に笑顔を絶やしていなかったが、内心はと言えば穏やかではないものがあるのだろうか。
ハゲ頭さんは俺の目の前にかがみこんできた。笑顔が消えている。だが、そこにあるのは真顔ではない。なんとも言えない苦笑がその顔には浮かんでいた。
「……騎竜の任。返上するのが良いと私は思ったのだがな」
怒りなどはそこにはなかった。俺は思わずハゲ頭さんの顔を見つめる。すると、ハゲ頭さんは苦笑の色を濃くするのだった。
「ラウ家の連中はお前のことをおかしなヤツと言っていたが……ドラゴンはな、人間の目なんぞまじまじと見つめ返したりはしないものだぞ? 本当、お前はおかしなヤツだな」
いやあの、すみません。元人間なものでして。
ハゲ頭さんは俺の頭を軽くなでてきた。
「いや、これを確認しにきたのだがな。あまりにおかしなヤツだ、おかしなヤツだとラウ家の連中が言うものだからな。そしてお前は確かにおかしなヤツのようだ。だが、悪くはない。不思議と気が安らぐような気がする……口も少し軽くなるような気がするな」
ハゲ頭さんの顔には苦笑まじりの笑みがあった。
「胸にしまっておくのも億劫でな。聞いてくれるか? 奇才のドラゴンよ」
当然ハゲ頭さんは俺の返事を待たなかった。苦笑のままで、口を開く。
「私はな、ヒースの娘には騎手など無理だとそう思ったのだ」
ヒースって、親父さんのことだよな? それで、その娘っていったらもちろん娘さんのことになるだろう。
ハゲ頭さんは俺から視線を外した。見ているのは空なのか。それとも、もっと遠い場所にある何かなのか。
「……母親については、私はよく見知っていてな。今は亡き、ヒースの細君だ」
……なるほど。きっとそうだろうとは思っていた。娘さんの母親がいないことは気になっていたが、そっか。やっぱり、そういうことになっていたのか。
「彼女はな、女性らしい女性だった。だから思ったのだ。その娘もまた、女性らしい女性だろうと。騎竜の騎手など、望むべくもない淑女だろうと」
ここで、ハゲ頭さんの視線が戻ってくる。その顔にはまた、濃い苦笑の表情が浮かんでいる。
「だからな、それを耳にした時は本当に驚いた。騎竜の任を授かったと聞いた時も驚いたが、てっきり娘婿でもとって、それに跡を継がせて騎手を任せるものと思っていた。私もラウ家の婿にふさわしい男はいないかと個人的に物色したりしたものだが……いやはや、まさかだ! まさか、彼女の娘に騎手を任せようとするとはな」
ハゲ頭さんは「くっく」と喉の奥で音を立てて笑った。
「あの時はな、心臓が飛び出るかと思ったわ。ヒースめ、気が狂ったのではないかと思わず叫びもした。彼女の娘なのだ。空戦の過酷さ、戦場の悲惨さに耐えられるわけがない。そう思った。だから私は……一つ、工作をさせてもらったのだがな」
それが、今回の出来事だということだろうか。
ハゲ頭さんは相変わらず苦笑を浮かべている。
「ハルベイユ候に直訴してな。そして、それは上手くいった。ただ、それだけではあまりに不条理だったため、一度ぐらい空戦の場は与えてやろうと思った。そこで自らの不向きを悟ってもらえれば後腐れもなかろうと、そんな気分でな。そして結果は……」
ハゲ頭さんは軽く背後に目をやった。そこには騎手談義に花を咲かせる娘さんがいる。
「まぁ、期待通りだったわ。ただ、期待通りすぎた。飛べもせずあまりにみじめだった。だから私は少しは汚名を返上出来るようにと、二度目の機会を用意した。いや、してしまった。まったく。私もとんだお人好しだったわ」
言葉面は後悔だった。だが、後悔の響きはその声音にはなかった。ハゲ頭さんの笑顔からは、いつしか苦笑の色が消えている。
「まったく失敗だった。だが、これはこれで良かったのかもしれんな。ラウ家に生まれた稀代の騎手の将来を、私は刈り取らずにすんだのだ」
ハゲ頭さんは俺の頭を再びなでてくる。その表情はとても優しいものに俺には見えた。
「最後のアレには肝を冷やしたのだが、同時に私は確信した。彼女の娘はな、紛れもなくラウ家の人間だと。勇猛で鳴らしたラウ家の血を色濃く引く、生まれついての騎手なのだとな」
それきりハゲ頭さんは口を開かなかった。何か物思いをふけるように、遠い目をして俺の頭をなで続ける。
……なんかもうね、ちょっと敵だとは思えなくなったなぁ。
ラウ家を危機に陥れてきたのは事実なのだ。でもその裏には娘さんへの思いやりのようなものが確かにあって……手放しで好意を抱けるわけじゃあ無い。でも敵意なんて……ちょっと難しいな。
ただただ、ハゲ頭さんが俺の頭をなで続ける。そんな時間が数分続き、そして、
『ん?』
俺は軽く頭をもたげる。視界の端に異変があった。ハゲ頭さんの脇から、娘さんたちが俺に近づいている様子が目に入ったのだ。
俺のふるまいからハゲ頭さんも娘さんたちの接近に気づいたらしい。ハゲ頭さんは背後をふりむき、軽く首をかしげた。
「はて? 近づいてくるようだな。用事はお前か? いや、私だな。私に目は向いているようだが……はは、見てみるがいい。あのヒースの顔を。嫌そうな顔をしておるがまったくあの男は」
言われて、俺は思わず親父さんの顔に注目する。確かに嫌そうな顔をしている。ハゲ頭さんを相手にしている時のあの顔であった。
「あの男はなぁ……本当にまったく。確かに私はヒースとサーリャ殿の母親を取り合った仲ではある。だが、私が今さらそんな昔のことを気にしているものか。それなのにあの男は、私がいまだにあの時のことを恨んでいるという噂を信じ込んで、私のことを無駄に毛嫌いしている。やれやれだ」
へ、へぇ。親父さんがハゲ頭さんを毛嫌いしているのには、そんな裏事情があったのですが。ここで話を聞く限り、ハゲ頭さんが親父さんを恨んでいるような感じはまるで無い。ハゲ頭さんの言う通り、親父さんは根拠なくハゲ頭さんを嫌っていたことになりそうだけど。
「まぁ、今回のことを考えれば、あの顔も仕方がないかもしれないがな。ただ、強情で思い込みが激しい。この欠点がなければ、とっくの昔にラウ家は騎竜の任を取り戻していただろうに」
ハゲ頭さんは呆れたように俺にそう告げてくる。け、けっこう辛辣ですね、ハゲ頭さん。でも、その口調には手のかかる弟への愛情みたいなのが透けてみえるようで……親父さん次第ではけっこう仲良くなれるんじゃないかって、そんな気がするのでした。
ともあれ、娘さんたちが近づいてくる。ハゲ頭さんは「よいしょ」と声を上げて、重たそうに腰を上げた。
「ハイゼ殿、ノーラのことを見ておられたのですか?」
娘さんがハゲ頭さんに丁寧な口調でそう尋ねかけた。俺からは背中しか見えないが、ハゲ頭さんは小さく頷きを返したようだ。
「えぇ、騎手殿がおかしなヤツとおっしゃていたので、どれほどのものかと気になりましてな。いやはや、実際面白いドラゴンのようで。人の目を見返してくるドラゴンなどまったく初めて見ました」
「ははは。そうですよね。私もそんなドラゴンはこの子しか知りません」
「それでいて、サーバスと競い合えるものを持っている。良いドラゴンを持たれましたな」
「はい。私もそう思います。それでですが、あの……」
「本題ですかな? どうぞ、おっしゃって下さい」
娘さんは少しばかり不安そうな表情をしていたが、その意味はなんなのか。娘さんは意を決したように口を開く。
「お願いがあって参りました。お聞きしていただいてもよろしいですか?」
「お願い? はて? それは?」
「クライゼさんとお話をさせて頂いて、思うところがあったのです。やはり今日の結果は偶然。私の実力はクライゼさんの足元にも及ばない。ですからあの、クライゼさんから教えを請えればと、その点についてのお願いを」
さすがは娘さんというか、向上心にあふれたそんなお願いだった。
ハゲ頭さんは一度「ふーむ」とうなり、
「クライゼ。お前はどうなのだ? 請われれば教えるつもりはあるのか?」
問われて、クライゼさんは静かに頷く。
「そのつもりはあります。上手く教えれば、史上に残る騎手になり得る。その面白さはありますので」
いい人そうだとは思ってたけど、なんかこの人、すごく面倒見も良さそうだよな。返ってきた肯定の声に、ハゲ頭さんは再び頷く。
「でしたら、私から言うことはありませんな。クライゼ。ラウ家の騎手殿に請われる通りに教えて差し上げるがいい」
優しいというか、器の大きそうなハゲ頭さんの結論だった。それを聞いて、娘さんは心底嬉しそうに勢いよく頭を下げる。
「あ、ありがとうございますっ! ご厚情に報いられるように、全力で練習に励みますっ!」
「はっはっは。ラウ家と当家は、同じ騎竜の任を授かる身。戦場での同僚ですからな。この程度の配慮は当然。ただですな、ラウ家の当主殿? こういうことは当主たる貴殿がお願いすることではないですかな?」
親父さんは終始ムスっとして立っていた。そして問いかけられてもまた、その表情を崩さない。
「……元はと言えば、貴殿のせいで当家は窮地に陥ったのだ。この配慮には感謝するが、頭を下げる気にはなれん」
「お、お父さん」
娘さんが声を出していさめる。すると、親父さんは深く深くため息をついた。
「はぁ……そうだな。貴殿の行為には思うところがある。だが、これから当家とハイゼ家は戦場にて共に空をかける間柄になる。娘へのご厚情に感謝します。これからも共によろしく頼みます」
相変わらず不機嫌そうな感はぬぐえないが、親父さんは手をハゲ頭さんに差し出した。握手を求めている。ハゲ頭さんは「ほぉ」とどこか感心したようにつぶやいた。
「これはまた……ははは。では、私からもお詫び申し上げたい。差し出がましい真似をして申しわけなかった。ラウ家の騎手に懸念すべきところはないと、ハルベイユ候には私からも必ず申し上げさせて頂きます」
「そうして頂ければ、当家としても申すところはありません。あらためて、よろしく頼みます」
そうして、親父さんとハゲ頭さんは軽くだが握手をかわしたのだった。それを見て、娘さんは嬉しそうに頷いたりしていた。
これでめでたしめでたしと、そういうことなのだろうか。
しかし、あれだね。娘さんって、けっこうステキな環境にいるのかもね。
親父さんもクライゼさんも、そしてハゲ頭さんも娘さんを大事にも思って協力を惜しまない。娘さんがこれから先、立派な竜騎士に成長出来るとしたら、それはきっと彼らの存在があってのことになるんじゃなかろうか。
俺はなれるだろうか。
娘さんが一流に上り詰めた時に、騎竜ノーラがあってこそと言われることが出来るだろうか。
『……がんばるか』
そんな娘さんと共にあるための決意。では、さしあたって俺に出来ることは……って、あ、アカン。
眠すぎる。疲労に眠気が追いついてきた。決意した手前、ここでの寝落ちは間抜けすぎるかもしれないけど……まぁ、疲れを癒やすのも大事だし。そういうことにしておこうね、うん。
娘さん、俺がんばりますからねー。
俺は何ごとか楽しそうに笑っている娘さんを視界におさめつつ、ゆっくりとまぶたを閉じた。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
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この話はまだまだ続く予定です。
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