第25話:俺と、ドラゴン相談会(夜明け前)
夜明け前です。
夜空はおぼろげに赤らんでいますが、日の出まではまだ三十分以上はあるかな? その空を眺めながらに、俺は何とも緊張してしまいます。
その理由はまぁ、もちろんです。
娘さんが処刑される朝。それが目前に迫ってるわけで。
ただですよね。
この子らにとっちゃそりゃ、緊張する理由なんてさっぱり無いわけで。
『ノーラ……眠いぞ』
俺は屋敷の中庭にいました。理由としては、馴染みのドラゴンたちに話をするためです。
しかし……う、うーむ。やっぱりただただ眠そうだな。出来るだけ睡眠を邪魔しないようにと思って、夜明け目前まで待って話しけることにしたわけだけど。
声を上げたアルバはもちろん眠たそうで。首を持ち上げるのも億劫な感じでボーとふらふらしてるし。サーバスさんも目をシパシパさせて眠気を示していて。
そして……あ、目があった。そらしましょう、えぇ目をそらしましょう。今目を合わせるのは何だか危険な気配がしますし。
えーと、ラナです。この子は、眠たそうかつメチャクチャイライラしているみたいでした。俺を恐ろしく鋭くにらみつけているし、尻尾はバシンバシンと荒れ狂っていて。
こ、怖ぇ。次の瞬間にでも、俺の喉笛に風穴が空きそうな雰囲気。いやあの、イラつくのは分かるんだけどね。それにしても、妙に殺気満点でございますが。
……は、話しかけたくないなぁ。正直そう思いますが、そういうわけにもいかないわけで。とにかく本題に移るとしましょうかね。
『眠ってたところゴメン。どうしてもお願いしたいことがあってさ』
ほぉ? とアルバでした。
にわかに首を伸ばして、自らに活を入れるように頭をぶるんぶるんとさせて。
『……むぅ。まだ眠いが、いよいよか? 出来れば夜明け前は勘弁してもらいたかったが』
これにはまぁ苦笑するしかありませんでした。コイツのことを思えば、それが一番だったんだろうけど。
『それは俺の自由にはならなくてさ。それで悪いんだけど、協力してもらってもいいかな?』
『あぁ、いいぞ。俺に出来る限りでな。その判断はお前がしてくれると期待してるが』
無茶はさせないだろうと信頼してくれているみたいで、そして快諾してくれて。
正直、申し訳ない思いしか無いよなぁ。コイツに俺が恩を返せる日が来るのかどうか。それがどうにも不安でしたが、今はその優しさにすがるしかなくて。
『悪いけど、ありがとう。無茶はさせないって誓うよ』
アルバは眠たげにですが頷いてくれて。続いてです。サーバスさんはもう眠気が収まったようで、すまして口を開かれました。
『私もいいよ。クライゼを助けるんだよね? 出来る限りで協力するから』
この方は、ある意味俺に似ているかもしれません。クライゼさんのためにと同意してくれて。
『ありがとうございます。頼りにさせてもらいます』
これで頼りの二人と話がつきました。
そして、いよいよ俺が一番頼りにし、恐れもするドラゴンと会話しなければならないのですが……こ、怖いなぁ、嫌だなぁ。
ラナさんなぁ。相変わらずめっちゃ怒ってますやん。こちらも眠気は引いてきたようで、純粋にいら立ちに満ちた目線を俺に向けてきていて。
俺が話しかけるのをためらっているとです。
ラナは重苦しくそのアギトを開きました。
『……で、この裏切り者は私たちに具体的に何をしろって言いたいわけ? ん?』
『だ、だよね。そこ重要だよね』
そして、けっこうな正論をぶつけられてしまったのでした。い、意外と冷静だね、ラナ。確かに、それを口にせずに協力を願うのはかなりのところ不義理な気がしますし。本当、正論だよね、うん。
しかし……裏切り者かぁ。これがラナが怒っている理由なのかな?
昨日の朝だっけか。前もって、俺は娘さんのことをドラゴンとして以外の意味で好きではないとラナに伝えていたのだけど。で、俺が娘さんを助けに行くとなったら、好きだから助けに行くんだろと激高されてしまったことがあって。その時の怒りをひきずっておられるっぽい?
なーんでラナがあんなに怒って今も怒っているのか。それはまったくさっぱりですが……うーむ。裏切り者うんぬんについては触れない方が良いよなぁ。
なんかもっと怒らせてしまうような気がしていまして。
昨日は娘さんを好きでは無いと断言出来たのですが。今はその……えー、アレなので。だから、裏切り者についてはスルーで。本題について話すとしましょう。
『今から戦いがあってさ。そこで出来れば単独で飛んで欲しいんだけど』
俺が告げたお願いの内容に、アルバが大きく首をかしげるのでした。
『単独で飛ぶ? お前やラナがやっているヤツか? ……戦うのか? 俺やサーバスが? ラナはともかく、俺たちは役に立たんと思うが』
率直な疑問を投げかけられました。
まぁ、納得の疑問ですよね。アルバもサーバスさんも、今まで単独で飛んだことも戦ったことも無いわけで。そんな俺たちを戦わせるつもりか? って尋ねてくるのは当然すぎる話でした。
正直、非常に賢いこの二体なので。なんやかんや、俺よりもずっと上手いこと単独で戦えそうな気がするのですが……それはともかく。いきなり単独で戦ってくれとは、さすがにこの急場であっても言い出せるはずが無くて。
『戦ってまでくれる必要は無いから。空の高いところで、ぐるぐる飛んでくれれば』
『ぐるぐる? なんか意味あんのか、それ?』
これまた納得の疑問でしたが。意味はね、あるのですよ。俺は大きく頷きます。
『誰も乗っていないドラゴンが飛んでいる。これがけっこう意味があるはずでさ。威嚇みたいな?』
『よく分からんが……良いのか? 戦いなんだろ? 俺たちは戦わなくても?』
『うん。飛んでくれるだけで十分だから。地上からけっこうな攻撃があるみたいでさ。それを避けて、上の方で飛んでてくれれば』
本当はまぁ、ドラゴンの皆様にも戦ってもらえたら良かったのでだろうけどね。
塔と合わせて、ギュネイ派の騎竜も脅威になってくるのは間違いなく。その対処に協力してもらえたら、きっと色々楽になって。俺が魔術を活かして塔の制圧を助けるようなことも出来るかもしれないですし。
ただねぇ。その塔が問題で。
地上からの攻撃を気を付けながら飛ぶ。そんなの俺が少しばかり意識したことがあるだけで、ラナですら経験が無いことで。
なので、人間の方々と話し合った結果そうなったのです。ドラゴンたちには上空を飛んでもらって、圧をかけるのに徹してもらおうと。多少は相手の騎竜なりに心理的な圧力をかけられるはずですから。
『まぁ、多くを期待されても困るからな。飛んでれば良いっていうのなら、それに越したことは無いが』
ともあれ、承知してくれたらしいアルバでした。サーバスさんも真剣に頷きを見せてくれて。
本当にありがたい限りでした。
ドラゴンの文化には無いのだけど、俺は思わず頭を下げて謝意を示して……さて。ここからがある意味本番なのですが。
俺は恐る恐るラナの表情をうかがいます。このお方はなぁ。是非とも協力して欲しいのだけどね。俊敏にして、一人で戦闘までこなせる稀有なドラゴン様であって。正直、この三体の中で、一番協力して頂きたいのがこのラナであるのですが。
でも……ふ、不機嫌そうだなぁ。
相変わらず目つきは鋭くて、尻尾はバシンバシンで。
色良い返事はまったく期待出来ないのですが……娘さんのためです。自分の出来る限りはどうしても尽くしたくて。
よ、よし。
何やら恐ろしいですが、ここは声を上げて頼み込む時ですね。
『ら、ラナさん? こういう話なのですが、あの、ご協力の方を何とかお願い出来ませんでしょうか?』
ドラゴンながらに身を低くしてお願いさせて頂いたのですが。ど、どう? もしダメであったらです。一ヶ月連続のプレイタイムとかであれば、俺としてもオプションとして付けることが出来るのですが……
さて、まずどんな反応となるのか。ラナは『ふん』と、ことさら不機嫌そうに口を開いてきました。
『別にいいけど?』
へ? と俺は思わず声を上げてしまいました。
『え、いいの? え、本当?』
『良いわよ、別に。空飛んでるだけなんでしょ? そのぐらいしてやらないことは無いし』
お、おぉ……なんか、感動でラナの顔をまじまじと見つめてしまいます。ラナさん、めっちゃ優しい。いぜんとして顔にあるものは不機嫌そのものなのですが、それでも俺の頼みを聞いて下さるのですか。
『あ、ありがとう、ラナ! 助かる! すごい助かるよ!』
俺が感謝を叫ぶとです。え、えーと、何か気に障りましたかね? ラナはぐぐっと眉間にシワを寄せまして。
『……あのウザいやつよね?』
『へ?』
『あのウザいヤツを助けるのが目的で。それでアンタは喜んでるのよね?』
俺は少しばかり悪い予感を覚えることになりました。
うーん。この流れって、昨日の朝と同じ感じゃない? 俺が避けようとしていた流れに足を踏み入れかけてるんじゃない? 不安はありました。しかし、俺はとにかく返事をするしか無く。
『……うん。その通りだよ』
とりあえず誠実にと答えます。そして、案の定でした。案の定、ここからラナには続く言葉があって。
『……もう一回聞くけどさ、好きとは違うのよね? 好きとは違って、でも助けに行くのよね?』
予感はありましたが。
どうしようも無く、予感して危惧していた状況になってしまいました。ラナは不機嫌そうに、しかし真剣な目をして俺をにらみつけていて。
……いや本当、何なのだろうね?
なんでラナはそんなことをこう気にするのか。俺が娘さんにどんな感情を抱いているのかなんて気にするのか。そして、妙に不機嫌になったりするのか。
それはさっぱりです。さっぱり分かりません。ですが……とにかく答えないとだよなぁ。
ひっじょーに嫌な予感がするんだけどね。
俺のこの答えがラナを今まで以上に不機嫌にしてしまうような予感があって。でも、嘘はねぇ?
以前に娘さんたちに嘘を吐いて、因果応報めいた結果を得たこともありましたが。それを差し引いても、嘘をつく気にはなれなくて。どうせラナには見透かされるって、そんな予感もまたあって。
仕方ない。
俺は胸にある正直なところをラナに伝えます。
『……分からない』
『は?』
『娘さんを好きじゃないかどうか。断言はちょっと出来ない』
これが俺の正直なところでした。