第24話:俺と、俺の展望
皆さんの視線が集まります。
そこには期待はありませんでした。親父さんはもちろん、アルベールさんにアレクシアさんもいぶかしげな視線を俺に向けてきていて。
そりゃそうでしょうね。戦争を知る人たちが無理だと言っていたのですから。俺が策があると呟いたところで、そりゃあね。
でも、俺は良策を思いついたような気がしていて。そうですね。視線が集まっていますし、早速聞いてもらうとしましょうか。
「俺に対する始祖竜だっていう勘違い。それが使えるかもしれません」
この俺の発言に対し、ハルベイユ候はくだらないとでも言うように目を細めるのでした。
「威名は重要だがな。それは決して、小勢をして大勢を打ち破らせるようなものにはならんぞ。せいぜい、ねずみが猫を噛めるようになる程度だ」
どこかで聞いたような格言を想起させますが、とにかくそれは確かに。始祖竜の名は、きっとそこまで画期的なものでは無くて。
現にギュネイ家の屋敷では、始祖竜の威名は相手の動揺は誘ったものの、それ以上のものでは無かったですし。使者さんの救出も、魔術を操るドラゴンとしての脅威があってこそ、始祖竜の名がダメ押しとして機能したわけで。
ハルベイユ候の言う通り、俺がいくら始祖竜を名乗ったところで戦況を覆すことは出来ないでしょう。ただ……物には使いようというものがある気がするのです。
「この国の王様は、始祖竜に認められたから王様になれたんですよね?」
皆さんには、俺が何を思ってこんなことを尋ねているのかさっぱりだったでしょうね。
アルベールさんが首を傾げながらに、俺の疑問に答えてくれました。
「えーとまぁ、一応はね。伝説としてはそうなってるし、信じている人もけっこういるみたいだけど」
「それ、使えませんか?」
「え?」
「その伝説をです。俺は使えると思うんです」
そんな気がしているのです。
その伝説を上手く使えば、何とか娘さんたちを救出出来るような気がしていて。
「何とかです。何とか広場に俺が降り立って。それで伝えるんです。その場の全員に。カミールさんが正しくて、アルフォンソ・ギュネイが間違っているって。始祖竜を名乗る俺が」
果たして、俺の思い描いていることはちゃんと皆さんに伝わったのか。
それが不安でした。ですが、ハイゼさんが「ほぉ」とどこか感心したようにに呟かれて。
「それは何とも……ふむ。なかなか鮮烈な光景になりそうですな。処刑を間近にしたカミール閣下の下に、一体のドラゴンが舞い降りて。そして、そのドラゴンは言葉を操り、閣下の正当を声高に証言し、アルフォンソ殿を手厳しく糾弾する。なかなか、神話を想起させる光景になりそうで」
そうです! それです、それ! ずばりそれが俺の思い描いていた光景です!
きっと戦場の混乱の最中で名乗るのとは効果が違うはずで。きっとそれはドラマチックなものになり、始祖竜の伝説を思い起こさせるものになるはずで。
「……親父殿の兵士たちの士気を奪うには十分。そういうことか?」
アルベールさんの尋ねかけに、俺は頷いて答えます。
「そう期待しています。カミールさんが、まるで国王であるかのように始祖竜に認められて。一方で、自分の親分は王国の敵として罵られて。始祖竜の伝説が頭にある人たちであればです。カミールさんが正義でアルフォンソ・ギュネイが悪って、そう思わざるを得ないような気がするんです」
「で、親父殿に従っている兵士たちも、自分たちが悪じゃないのかって思わざるを得ないわけか。そうなってくれれば、脱出まで考えなくてもいいわけか。たどり着けさえすれば勝てる。そうなるわけか、ノーラ?」
俺は再び頷きます。
理想としてはまったくその通りでした。
「広場に降り立って、とにかく大音量で一声を放ちます。ドラゴンが喋ったということで、おそらくスキが生まれるはずで」
「そのスキを突いて口上を述べる。そして、上手いこと兵士たちの士気を奪って、瓦解させるようなことが出来れば……」
「はい。俺たちの勝利です。娘さんを……カミール閣下たちを安全に広場から連れ出せるはずです」
理想的ではありました。ですが、可能性はきっとあるはずで。
アレクシアさんは力強く頷きを見せられました。
「勝機は十分にあると。マルバス様」
リャナス一派の現状の代表に意見を求めたということでした。マルバスさんは即答はされませんでした。慎重に思案を深められているらしく、間を置いて静かに口を開かれました。
「……必ずノーラ殿の言う通りになるとは限りませんが。しかし、それならばノーラ殿を広場に届かせることだけを考えれば良く。地上の戦力はその援護として、塔の制圧だけを考えれば十分となりますな。ハルベイユ閣下はいかに思われますでしょうか?」
そして尋ねられたのでした。兵を退くと公言された当の本人へ。
実際の塔の威力がどんなものなのか? 敵がどれだけの防備を布いてくるのか? それは分かりませんが、俺一体で広場にたどり着けるとは到底思えなくて。
この人の助けが必要なはずなのです。俺が緊張しながら見つめる中、ハルベイユ候は呆れたような息を吐くのでした。
「ふぅむ。塔を制圧するだけと言うが、それも簡単ではあるまいに。広場よりは優先度が低いだろうが、防備は確かにあるだろうからな。そして、塔の防備はなかなかのものだぞ。魔術を使えると言うが、その程度でくぐり抜けられるものではあるまい」
もたらされたのは否定の言葉でした。
それは……そうなのでしょうが。
なんと言っても、こちらは小勢で。そして、俺にしても、魔術を扱える程度で戦力として群を抜くものではありえなくて。
老将の言うことは、きっとその通りなのでしょうが。
しかし、俺は娘さんをどうしても助けたいのです。ハルベイユ候には勝機があると何とか思ってもらいたいのですが。
何かないでしょうか。
この老将を頷かせるに足る何か。それが何かないのでしょうか。
「……私がおります」
俺が苦心する中ででした。
発言したのは親父さんでした。先ほどまでは目を閉じておられたはずなのですが、今は細く鋭く開かれていて。
その目は隣で座るハルベイユ候に向けられていました。
「塔の制圧であればお任せあれ。私が必ずや成し遂げてみせましょう」
そりゃそうかって感じでした。
親父さんは俺なんかよりもはるかに娘さんのことを思っておられるはずで。ハルベイユ候を参戦に傾けようと当然思っておられるはずで。それはもちろん、この場でこうした発言もされるはずで。
ただ、この発言がハルベイユ候にどう響いたのか。嘆かわしげなため息がもれるのでした。
「はぁ。まったくお前は……つくづく私の意思を汲もうとせん男だな。私は撤退が最善だと言っているのだぞ」
ハルベイユ候の意思には、そこまでの影響は無かったようでした。ただです。ここでカラカラとした笑い声が響きまして。
ハイゼさんです。笑い声を上げながら、いつもの飄々した笑顔をハルベイユ候に向けられます。
「まぁ、よろしいのではないですかな? 総員討ち死にしたところで、たかが百に届かぬ程度の損害。マルバス殿にハルベイユ閣下さえ無事であれば、さして問題はありますまい」
「……ハイゼ。お前も賛成ということか?」
「カミール閣下が無事かどうかは、今後への影響が大きいといってこれ以上のことは無く。試す価値は十二分かと」
「……ふぅむ」
ハルベイユ候は白く伸びたアゴヒゲを一度さすりました。
そして、俺へと視線を向けてきます。
「カミールの正当性を主張し、アルフォンソの不正を糾弾する。そういう話だったな?」
流れというものを確かに感じるのでした。
ここでの俺の反応が状況を左右するような。しかしまぁ、俺の返答は一つしかないのですが。
「……私はそのつもりですが」
「そうか。カミールはまるで始祖竜の託宣を受けた王家のような扱いを受けることになるだろうな。それはいただけんが……アルフォンソが悪として断罪されるのはな。それはまったく悪くはない」
この発言の意味するところは何なのか?
それを俺が理解する前に、ハルベイユ候はどこか愉快そうに口元を歪めて。
「口上は私が考えてやろう。いずれにせよ、お前が要となるだろうな。せいぜい励むといい」
どうやらです。
総意はこれで決まったようで。
俺は決意を込めて一つ頷きを見せました。