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第23話:俺と、始祖竜

 勝てぬ戦。反発したくはなりました。挑むことも無く、諦めるなんてありえなくて。娘さんたちの命がかかっている以上、勝てぬ戦なんて決めつけられるはずが無くて。


 ただ、ハルベイユ候の言葉には重みがありました。


 俺とはまったく違う、戦争を知っているだろう白髪の老将の言葉であって。


 言葉に重みを加える存在もありました。


 ハルベイユ候領出身の、俺のよく知る両人の存在です。勝てぬ戦との言葉に、ハイゼさんは悩ましげに目を細めていて。親父さんは……娘さんを誰よりも助けたいはずの親父さんは、言葉無くじっと目を閉じておられて。

 

 ハルベイユ候は「ほぉ?」と何故か少しばかり感心したように呟きました。そして、アレクシアさんとアルベールさんを見回したのでした。


「若造共が騒がしくなるかと思ったが。意外と賢明ではないか」


 これに応えたのはアレクシアさんでした。眉根を寄せながらに、苦しげに口を開かれます。


「……単純に数の問題がありますので」


 それは……そうですよね。


 俺でも、その点はよく分かるのでした。ハルベイユ候が合流した現在でも、戦力はわずかに百人に届かない程度であって。


「王都の広場というのも攻めにくいものでしてなぁ」


 発言はハイゼさんです。


 腕を組みながら、悩まし気に口を開かれたのでした。


「ある意味で、城攻めに通ずるところもありまして。経路が限定されるので、守り手としては兵員を配置しやすく。一つの道路当たり、多量の軍勢を展開出来るわけでもなければ、少人数で守りやすくもあり」


 ハルベイユ候が続いて頷きを見せます。


「現在の居場所さえ掴めていれば、移動の隙を突けたのかもしれんがな。しかし、そうでは無いのだ。この戦力では、万が一も無かろうな。容易く攻め口を防がれて、処刑までの時間を悠々と稼がれる。勝機はあるまいて」


 おそらく、ハイゼさんとハルベイユ候が思い浮かべているような光景を、戦をろくに知らない俺は思い浮かべられていないでしょう。


 それでも、分かるような気がしてしまうのでした。


 地上からの攻勢は無理だと。


 そんな気はしてしまっていて。でも、しかしだ。


「空中からならどうですか?」


 俺は尋ねかけます。空中からなら。俺を始めとして空中から攻め入ったのならば。地上からのものとは、違う結末が得られるのではないでしょうか?


 そう俺は思ったのですが。


「あー、ノーラ。それは……かなり厳しいだろうな」


 応えたのはアルベールさんでした。


 苦しげに眉をひそめながらに俺を見つめて来られます。


「お隣さんのカルバにも騎竜はいるし、内乱の危険もあるから。この王都は、当然騎竜のことも考えて設計されているわけで。市中に塔がたくさんあるのは、ノーラも気づいているだろう?」


 それは、あの、知っています。初めて王都を訪れた時に、塔が多く立っているなと思ったものですが。


「あれはドラゴンへの対策なのですか?」


「そういうこと。あそこには弩砲が備えられていてね。有事の際には、弓兵と魔術が配備された上でものを言うようになっているんだ。で、広場の周りにはその塔が……三基、いや四基だったかな? そのぐらいはある。空中から救出に向かうのは至難の業だと思うよ」


 少しばかり眉をひそめることになりました。


 なるほど。あの塔はそのような役割を与えられていたわけで。弩砲……バリスタだっけ? でっかくて強力な弓みたいなヤツ。威力は想像も出来ませんが、ドラゴンへの対策として備えられているものなのだ。俺を殺すことも、おそらく容易いものなのでしょう。


 広場までたどり着くのは困難。そう言わざるを得ないようです。ただ、俺は普通のドラゴンでは無く。


「魔術であれば、急場をしのぐぐらいのことは出来るはずです。俺であれば、広場にたどり着けます」


 本当は、かもしれない以上の話ではないのですが。塔の実情だって、俺にはさっぱり分からなくて。それでも言い切ります。だってさ、ここで挑まなければ娘さんたちの命は失われてしまうのだから。


 娘さんたちを助けるのには、きっと皆さんの助けが必要で。だから言い切ったんです。俺を信頼して、皆さんが協力してくれるように。


 じゃあやってみよう。


 きっとです。アルベールさんならまず賛同してくれるはず。そう思っていました。ただ、アルベールさんは険しい顔をして賛同はしてくれませんでした。


「ノーラの意気込みは買うよ。でもさ、広場に降りることが出来たとして、それでどうするつもりだい?」


「へ?」


「塔も生きている。地上には親父殿の兵士たちがいる。で、ドラゴンが飛び立つのに十分な助走路は無いだろう。人で埋まっているだろうからね。この状況でどうする? カミール閣下たちを助け出し、背に乗って飛び立てるかい?」


「それは……」


 言葉を濁らせたものの、正直なところ答えは決まっていました。


 それは無理だ。


 少し想像すれば分かりました。無理です、そんなの。四方に加えて上空からの攻撃があって、その中で娘さんたちを守り切って救出する。


 アルバとラナが協力してくれても無理です。それはきっと、犠牲が増える結果になるだけで。娘さんだけを救うことすら、どうしても成し得るとは思えず……


 俺の沈黙をもって、場の総意は決まったと判断したのか。


 ハルベイユ候は小さく頷きを見せました。


「では、撤退だな。アルフォンソも広場に夢中で、王都からの出入りにまで注意は払えまい。撤退するのにこれ以上の好機はあるまいて」


 白髪の老将は、淡々とした目線をマルバスさんへと向けます。


「貴殿はリャナスの所領に戻り、早々にカミールの後継を立てるといい。一族の重鎮としてな、混乱を防ぎ、軍備を整えるのだ。アルフォンソの攻勢をひとまず防ぎ、逆襲をかけねばならんからな。私も早急に所領で軍勢を整えよう。あの逆臣に、いつまでも大きい顔をさせておくわけにはいかん」


 マルバスさんは口を開かれませんでした。


 顔をしかめて黙り込んでおられて。きっとカミールさんを見捨てるような判断はしたくなくて、しかし、カミールさんを救うための良案に当てが無いようで。


 そんなマルバスさんを目の当たりにして、歴戦の老将はやはり淡々としていました。


「気持ちは察するがな。諦めるべきことは、果断に諦めるべきだろう。ハイゼにラウもな」


 ハルベイユ候は、今度はハイゼさんと親父さんに目を向けたのでした。


「見捨てがたいことは理解しよう。しかし、諦めよ。もうどうにもならん。復讐の機会は必ず用意する。それで納得せよ。良いな?」


 正直、期待していました。


 俺が最も尊敬するお二人なのです。良いな? と言われて、しかし目の覚めるような対案を口にしてくれるのではないか。娘さんたちを助け出す妙案を出してくれるのではないか。そう期待していたのです。


 ですが、


「……もちろん承知しております」


 ハイゼさんの口からは、そんな言葉が発せられたのでした。


 そして、親父さんは薄く目を閉じて黙り込んでおられました。腕を組むその指は明白に震えていて。承知なんてしていないことは歴然で。しかし、反論は出来ないとそんな様子で。


 アレクシアさんもアルベールさんも、訴えたいことはあるが言葉が無いと黙り込んでおられています。


 全てが決まってしまいそうでした。

 

 娘さんたちを見捨てて王都を去る。その決定がなされてしまいそうで。


 そんなのダメに決まってるだろ。


 娘さんを見捨ててのうのうと生きる。そんなこと、俺が出来るはずが無くて。


 例え、俺一体でも娘さんの救出に向かう。そのつもりはありました。ただ……それじゃダメだよな。それじゃ、俺の自己満足だ。俺が無駄死にするだけ。娘さんが助からなければ、何の意味も無いのだ。


 だからです。


 救出とならなければならないんです。この場の総意として、救出ということにならなければいけないんです。俺一体じゃあ、絶対に無理なんだから。娘さんを助けるためには皆さんの協力が必要不可欠で。


 そうなのです。ただ……策が無いんですよね。


 だからこそ、アルベールさんにアレクシアさん、それに親父さんも口惜しげに黙り込むしかなくって。俺も、救出を訴えることが出来なくって。

 

 でも、あるはずなんです。


 娘さんを助け出せる策が。だって、それは……ほ、ほら! 俺がいるんです。俺が。普通では無いドラゴンの俺が。


 普通では出来ないこともきっと出来るはずで。この小勢でもきっと娘さんを助け出せるはずで。


 ……正直、俺がどれほどものの役に立つかとは思っていますが。でも……いや、絶対に役に立つって!


 なにせ俺は魔術を使えるのです。この屋敷でも、ギュネイ家の屋敷でも、それは大いにものを言ったのです。


 それに俺は喋られるのです。それがあって、始祖竜だなんて勘違いされることになって、これもかなり役に立っていて。ついさっきの使者さんの救出でも、これがあって戦闘が避けられましたし。


 ほら、俺はこれだけ普通では無くて。だからきっと、この要素を使えば……使えば……その……相手が大軍であっても、地の利があっても……えーと、何とかすることは……娘さんを助けることは……


 って、ん?


「ノーラ? どうしましたか?」


 アレクシアさんが、俺に疑問の声を上げられました。それはまぁ、そうでしょうね。にわかに首をひねり始めた俺への、当然の不審の思いでしょうが。


 しかし、その不審の声に応じる余裕は俺には無くて。


 なんか閃いた感じがあったのです。始祖竜。そう始祖竜です。処刑場はソームベル広場という話でしたが、そのソームベルさんです。


 始祖竜という存在がどれほど大きいものなのか。


 それを俺は虎の威を借るような形で、身をもって知っていて。伝説として、童話として。王都の人たちの心に根差す始祖竜という存在がどれほどのものか。


「……策はあるかも知れません」


 皆さんの視線が俺に集まります。


 

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