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第22話:俺と、ハルベイユ候の決断

 そして俺は大広間に戻ることになったのですが。


 ただでさえ居心地が良いとは言えない雰囲気だったのですが、今はさらに深刻さが増しているようでした。


 屋敷組と、ハルベイユ候領組。主だった面子は全て顔を揃えていますが。


 ロウソクの光に照らされた表情です。どなたも悩み深い深刻な顔をされています。


 無理も無いと言いますか、当然です。


 当初からの懸念だった娘さんたちの処刑。


 それが明日の朝にも迫っているのですから。


 ハルベイユ候が悩ましげなうなり声をもらします。


「ふぅむ。今代殿は、どうにも気概が少しくのぉ。どうあっても逆臣の指図は受けないという気概を見せて頂きたかったが」

 

 椅子の背によりかかりながら、この人はどこか嘆かわしげでした。敬愛する王家の軟弱な姿勢に、どうにも不満を隠せないようでしたが。


 一方でマルバスさんはと言えば、不満と言うよりは仕方ないという諦めの調子でした。


「陛下は英邁(えいまい)なお方ですが、その辺りは不得手なお方でもありますので。早晩、処刑の決定は下るものと思っていましたが……さてこれからですな」


 まったくもってそうでした。


 娘さんたちの処刑を間近に控えて。


 これからどう行動していくのか? それが重要なはずで。


 とにかく迅速に決断しなければならないはずでした。もう今日は終わりかけているのです。まごまごしている間に、明日の朝なんてすぐにやってきてしまうのですから。


 正直、かなり焦っています。俺自身の話です。娘さんが明日の朝にでも処刑されると聞いて、頭がゆだるような感覚を覚えています。


 ですが、その一方でです。


 これが……処刑が光明にもなり得るのではないか?


 そんな期待を俺は抱いていて。


「場所は分かっているのですよね?」


 俺はマルバスさんに尋ねかけます。マルバスさんはすかさず返答してくれました。


「ソームベル広場ですな。いくつか情報はありましたが、全てがそこを示していました」


 期待通りの返答でした。


 俺も承知していることには承知していたのです。使者さんの他にも、あれから何人も情報の伝達者さんたちが現れて。その方々の話を俺も少しは聞いていて、処刑の場所についても多少耳にしていましたので。


 とにかく場所は分かっているらしいのです。


 今までは、娘さんたちがどこにいるかも分からずに救出のしようが無かったのですが。これで娘さんの明日の所在地は明らかになったわけで。


 最後のとはなってしまいます。


 ですが、最大のチャンスにこれはなり得るのではないでしょうか?


 アルベールさんが凄絶な笑みを浮かべながらに口を開かれます。


「これですべきことが明快になりましたね。広場での処刑を阻止し、カミール閣下たちをお助けする。これ以外に選択肢は無いでしょう」


 アルベールさんのおっしゃった通りでした。


 場所が分かったことで救出に出向くことが出来るのです。そして、それは唯一の選択肢になるはずで。


 アレクシアさんが目を光らせながらに頷かれます。


「そうですね。それ以外に出来ることは無く……ただ、場所の情報は、我々反抗勢力を誘い出す罠かもしれませんが」


 慎重なアレクシアさんらしいと言いますか。不安を口にされて、確かにその可能性はあって。


 俺はアルベールさんと一緒に表情を曇らせることになりました。ですが、ハイゼさんが静かに首を横に振られまして。


「その可能性は低いでしょうな。反対派を鎮圧しようと思えば、カミール閣下をさっさと処刑するのが一番でしょうから。あの方あっての、リャナス派でありますゆえ」


 アレクシアさんが「なるほど」と頷きを見せられます。


「わざわざ罠を張るようなことは、小手先の無駄な労ということでしょうか?」


「まさに。それに、式典を潰して、陛下の面目をも潰したところですので。罠を張るにしても、始祖竜の名を持ち、王家とも縁の深いソームベル広場とはならないでしょう」


「ソームベル広場で罠を張ってしまえば恥の上塗り。不忠のそしりは免れず……罠は無さそうなのですね。では、選択肢は一つとなりそうで」


 アレクシアさんの瞳には鋭い光が宿っていましたが。それはアルベールさんも同じで、俺もきっと同様であって。


 もはや議論の余地は無いでしょう。


 広場における処刑を阻止し、娘さんたちを無事救出する。これしか選択肢は無いのです。


 やってやりましょう。


 目的が明確に定まって、決意がより固くなったようでした。ここが俺が命を賭して全力を尽くす場面です。ふつふつと心がたぎるような感覚を、俺は確かに覚えるのでした。


 が、しかし。


「我らが手勢は引き上げる。貴殿らもそれが良かろう」


 冷水を浴びせられたという感覚も無くて。


 正直、すぐには理解は出来ませんでした。椅子にもたれかかったハルベイユ候が、けだるげにそう口にしてきたのですが。


 えーと……え? 引き上げる? それは、あの……どういうことなのでしょうか?


 マルバスさんがすぐさまに声を上げられました。


「ハルベイユ閣下。この局面にあって、何故にそのような決断を? 閣下は、ギュネイ殿の野心をくじくのにご執心だったように思っておりましたが」


 それは困惑の声でした。


 俺としても、同じ意見でしたが。この人は、ギュネイ家の当主に非常な反感を覚えていたはずで。


「無論。あの不忠者の思惑など、叶えさせるのは業腹以外の何物でも無い」


 ハルベイユ候の返答は肯定で、それがなおさら俺を困惑させるのでしたが。思いがいぜんとして同じなら、何故ギュネイ家の屋敷を急襲したように、今回も行動を起こしてはくれないのか。


 アレクシアさんが剣呑に目を細めながらに声を上げられます。


「この処刑は陛下の命ですので。不忠のそしりを恐れたと、そういうことでしょうか?」


 ハルベイユ候は忠誠心に厚い人のようですから。王様の命令とあって臆するところがあったのではないかとアレクシアさんは指摘されているようですが。


 しかし、なかなかに挑発な響きがその指摘にはあって。ここに来て逃げるのかと、そうも痛烈に指摘しているようで。


 それがハルベイユ候には不快だったらしく。「ふん」と大きく鼻を鳴らしたのでした。


「あまりナメるなよ、小娘。陛下の政道に誤りがあれば、それに直言するのも家臣としての務め。ましてや、アルフォンソの私情に従っておられるのであればな。命がけの諫言をするのに、この私がためらいを覚えるものか」


 この発言に、嘘偽りは全く無いように思えました。


 だからこそ、俺の疑念は深まるのですが。


「それでも……引き上げられるのですか?」


 尋ねかけます。


 ハルベイユ候は「当然」と頷きました。


「勝てぬ戦はするものでは無かろうて」


 

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