第21話:俺と、不吉な使者
「……どこかで誰かが戦っているみたいです」
おそらく、それが事実なのでしょう。アルベールさんが瞬時に顔色を変えます。
「この近くでか? となると、情報を届けにきた連中が監視の目に引っ掛かったのかもしれないな」
なるほど。となると、俺たちのすべきことは……
「とにかく救援が必要だろうな」
当然、そうなるようでして。
「場所は? 方向は分かるか?」
「え、えー、あの大きな木の向こう側かと」
「分かった。ノーラは早速、飛んで救援に向かってくれ。俺は皆に知らせた上で、後から駆けつける」
そして、アルベールさんは急いで階下へ向かわれたのですが……んん? 俺に飛んで救援に行けと? 人間の争いの最中に? 俺一体で?
「ちょ、ちょっとっ!!」
俺はアルベールさんを引き留めようと、慌てて首裏のエリを、掴むないし咥えようとしたのですが。アルベールさんはすでに階下に身を踊らせていて。飛ぶようにして、階段を下りていかれたのでした。
す、すごいな。さすがに若いし達者。三段飛ばしだよ、三段飛ばし。前世の俺の最盛期だったら、頭から転げてそのまま黄泉路にお邪魔することになったでしょうけど。やっぱり基礎スペックが違うよなぁ、ふーむ。
って、いやいやいや。
感心している場合じゃない。ドッと冷や汗ですよ。人間同士の争いに俺一人で? い、いやいや、御冗談を。昼間のことを思うと、死ぬほどためらわれると言うか、ぶっちゃけめちゃくちゃ行きたくないのですが。
くっそ怖いんだけどなぁ。
でも、頼みの綱の若者は、そのバイタリティに任せてとっくに階下ですし。現状、ここにいるのは俺一人。頼れる人はゼロ。そして、事態は進んでいて。剣戟の音と怒声は、勢いを増して俺の耳に届いていて。
ど、どないしよう?
めっさ怖い。でも、今戦っている人が娘さんたちに関して重要な情報を持っているのならば。ここで飛び出さなかったことを、俺は一生後悔することになるのは間違いないでしょう。
『……よ、よしっ!!』
昼間は何とかなったのだ。
今回は一人だけど、それでも何とかなる……はず。そう思っておくことにしましょう。
と言うことで、飛び出します。
塔の壁面を蹴るようにして空中へ。このまま飛行へと洒落込むには、勢いはまったくもって足らないのですが、そこは魔術の風によって何とか補います。
とにかく夜闇の中へ。
剣戟の音は、屋敷の敷地の外から聞こえていました。屋敷を囲む石塀の外側です。
すぐに音の発生源を視界に収めることになりました。
三人を、武装した十人が追い詰めている。石畳の上では、そんな状況が繰り広げられているようでした。追い詰められている方が、こちらの陣営の方々なのですよね、きっと。
そうして地上を観察する俺を、両陣営の人たちは驚きの表情で見上げていました。
突如のドラゴンの襲来に驚いているのでしょう。敵か味方かと、驚きと疑念の眼差を俺に向けてきています。
もう、やるしかないよなぁ。
一体で人間と戦うしかない。殺し合うしかない……って、むむ? いや、そこまで思い詰める必要は無いのか?
追い払えばいいわけですからね。追い払って、追い詰められている側を助ければいいわけですから。グッと心が軽くなる感覚。よし。じゃあ、やってみるとしますか。
俺はアギトを開きます。やっぱり、風の魔術よりこっちの方が断然楽だよね。
ドラゴンブレス。
人を丸焼きにする気は無くて。威嚇ですね、威嚇。俺は、追い詰めている側と追われている側を分断するように、ドラゴンブレスを地面に放ちます。
「……っ! ま、魔術をっ!!」
そして、追い詰めている側は、そんな叫びを上げられましたが。あらまぁ。どうやら、魔術師がいるようですね。
これは風の魔術に訴えざるを得ません。
俺は追われる側を守るために、ゆるく弧を描きながら追って側の前への着陸を目指しますが。
そんな俺の進行方向に炎の壁が立ちはだかります。魔術師が早速実力行使に出てきたようですが、それはパパっと吹き飛ばしまして。
着陸します。
お相手さんたちは、色々と驚愕されているみたいでした。
「ま、まさか、これが例の……」
一人がそんな呟きをもらします。
あらかじめ伝え聞いていたようなのですけどね。それでも実物を目の当たりにしての衝撃は大きかったらしく、十人揃って得物を手にしたまま立ち尽くしていて。
そんな彼らと相対しながら、俺は内心『うーむ』でした。
驚愕ついでに逃げ出してくれれば良かったのですが。しかし、場が変な硬直を見せてしまって。
どうなるかなー。驚愕から立ち直って、いきなり立ち向かってこられたら困るけど。戦いたくは無いんだよなぁ。それはもう、心の底から殺し合いは勘弁で。
うーむぅ……あ、そうだ。
昼間のことを思い出してでした。
俺という存在が、特に王都の方々からはどう思われるかという話です。昼間において、アルベールさんの機転の下、かなりの効果を上げまして。
意外と芝居っ気があるなんて言われたものですがね。よーし。
俺は居並ぶ追っ手の面々を見渡してみせます。追っ手側のそれぞれがビクリと身を震わしたところで、俺は口を開きながらに声を作ります。
「どうする? 始祖竜に逆らうか? 人間ども」
我ながら、くっそ偉そうでしたが。
それでも反感を招かないのが、喋るドラゴンという存在であり、始祖竜の名であり。
ひぃ、と。誰のものなのか、ひきつった悲鳴が響きました。それがきっかけとなったようで。
「ひ、退けっ!! 退けっ!!」
脱兎のごとくでした。始祖竜を名乗るドラゴンを前にして、彼らは冷静でいられずに退散してくれたようでして。
いやぁ、よ、よーし。俺は自分の仕事を何とか成し遂げたようですが、やはり大きかったのは始祖竜さんの存在ですよね。
虎の威を借る狐の気分をドラゴンながらに味わうことになっているわけですが。本当、始祖竜さん様々ですね。多分どこかで祀られているでしょうし、今後絶対に一度は参拝させて頂くとしましょう、えぇ。
まぁ、始祖竜さんへの謝意はともかくとしてです。
俺が何のために、ここに飛んできたのか? それは、こちら陣営に情報をもたらしてくれるだろう人たちを助けるためであって。
振り返ります。
そこには三人の男性がおられました。どなたも戦装束では無く、市中に普通にいそうなちょっと裕福な貴族って感じの格好をされています。
そんな彼らは、どなたも驚愕の表情を浮かべておられて。どうやら始祖竜の名乗りが、こちらの方々にも大きな影響を与えてしまったようですね。
えーと、なんですかね、この空気。
驚愕には畏怖の雰囲気もかなりのところ混じっていました。始祖竜の名前って、本当すごいね。始祖竜に守護されたと思われているようで、今にも拝み崇められそうな感じがありますが。
崇められても困りますけどね。俺はただの喋って魔術がちょっと扱えるだけのドラゴンに過ぎませんし。ご利益なんて期待されても、さっぱり無下にするしか出来ませんし
ま、まぁ、とにかくです。
俺の居心地の悪さはとにかく、重要なのは情報ですよね、情報。そもそもですが、実際にこの方たちは、俺の想定していた情報の運び屋さんたちなのかどうか……って、ん?
なんか見覚えがあるような。
三人の方々の内のお一人です。品の良い中年の男性がおられるのですが、はてさて。どこかでお会いしたような気が非常にしまして。
「あのー……どこかでお会いしましたっけ?」
尋ねかけると、その男性は「あ」と目を見開き。
「あ、あぁっ!! の、ノーラっ!! サーリャ殿の偉大な騎竜っ!!」
俺も『あっ』でした。
思い出しました。もう、ほとんど一年前の話になりますけど。娘さんが俺のことを偉大な騎竜だとして伝えた相手がおられまして。
一騎討ちの時です。
ハルベイユ候の代わりだとして臨席された男性。その品の良い男性が、目前の男性と酷似しているような気がするのですが。
「一騎討ちの時以来でしょうか?」
「あぁ、やはりそうでしたかっ! やはりっ! 一騎討ち以来ですなっ! いやはやお久しぶりでっ!」
どうやら、俺の思ったとおりの方のようでした。
一騎討ちの時に臨席された、ハルベイユ候の使者さん。ずばりその方のようです。
しかし……驚かれませんねぇ。
ドラゴンとか言う大トカゲが、喋って魔術らしき風を操って。今までの方々は、皆が皆驚きを露わにされたのですが。
ただまぁ、疑問を覚えていないわけでは無いようで。
使者さんはにわかに首を大きくかしげられました。
「そう言えばですが……言葉を話しておられますかな?」
「へ? あぁ、はい。その通りですけど」
「言葉を話されて、し、始祖竜? そう名乗られていたようですが……え? えぇ?」
多分、今まで命の危機にあって、驚きの回路がマヒしていたようなのですが。ちょっと落ち着かれたようで、驚きの芽がにょきにょき成長してきたようで。
え、えーと、そうですねー。
驚きは納得なのですが、俺についてあーだこーだの話をするのわね。この方たちは、もしかしたら娘さんたちの情報を俺たちに伝えにきてくれたかもなので。そっちの話が膨らんでくれた方が、俺にとっては嬉しく。
「何か情報などがおありで?」
失礼ですけど、使者さんの驚きを無視して尋ねかけます。使者さんは「あぁ、はい」と引き続き動揺されながらにですが頷かれて。
まず少しばかり、身の上について語られたのでした。
この方たちは、戦闘はあまり得意では無いということで、ハイゼさんの発案で情報の収集に回されたようでした。
で、何かしらの情報を得られたらしく、ここにハルベイユ候がいそうだということで尋ねてこられて。で、監視に見つかって、危うい目に会っていたと。
「まことに感謝いたします。危ういところを助けられました」
使者さんは頭を下げられましたが、そんな気にされる必要なことでは無くて。
「いえいえ、お気になさらずに。それよりも、では得られた情報とは何でしょうか?」
本当は、危険もあればここで話し込んでいる場合じゃないんだろうけどね。どうしても気になって。
使者さんは俺という存在について気にされているようで、俺を見つめながらそわそわされていましたが。それでも、俺の疑問に率直に答えてくれました。
「私は親類のツテを頼って、王宮の動向に目を配っていたのですが。漏れ伝わってきた話によると、どうやら陛下は同意されてしまったようで」
「同意?」
不吉な予感があると言いますか、さすがに覚えていました。
ギュネイ家の当主は、あくまで私闘によるものでは無くカミールさんを死に追いやりたいだろうと。王命による、公な処刑ということにしたいのではないかと。
アルベールさんはそうおっしゃっていて、おそらくこの国の王様を説得しているだろうとのことでしたが……それが成功してしまったということでしょうか。となると、
「……処刑ですか?」
あまり口にしたくない言葉でしたが、そう尋ねかけて。
予想通りではあっても、期待通りとはほど遠く。使者さんは深刻な表情で頷かれました。
「そのような話でありました。おそらく早晩……いえ、明日の日の出を待って、早々に実行されるだろうと」