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第19話:【カミール視点】俺と、この先

 クライゼは沈痛なため息をついていたが、俺も舌打ちを抑えきれなかった。


 コイツは本当に分かっているのか?


 自分が何を言ったのか? 自分の命運がそれでどうなるのかを?


 多少のところ冷静には見えていたが、本当に分かって口にしたのか?


 幸いなことに、まだアルフォンソはサーリャを見放してはいないようだった。


 目は笑ってはいないが、そこまで酷薄な雰囲気は無く。


 ただ、眉をひそめてサーリャに問いかけるのだった。


「貴女は、この男にそこまでの思い入れでもあるのですかな?」


「……恩義がございます」


「恩義。なるほど。どうやらハーゲンビルでの戦から、何かしらの縁はおありのようですが。恩義を大切にされているのは、まったくもって素晴らしきことですな。しかし……」


 アルフォンソは目を細めた。


 そこにあるのは哀れみの感情であるように俺には思えた。


「どうやら、貴女はこの男について良く理解されていないようですな」


「理解……でしょうか?」


「えぇ。ご存知ないかと。昨日はあまりその説明は出来ませんでしたが。この男は、ただ無礼で無作法なだけでは無いのです。王国を私物化し腐敗させる害悪なのです」


 ちゃんと聞いているのかいないのか。


 サーリャは青い顔をしたままで、ただただアルフォンソを見つめ返していた。


 そのサーリャに、アルフォンソは哀れみの眼差しで頷きを見せる。


「王都に縁の薄い貴女はご存知ないでしょうが、この男の悪評はひどいものなのです。実際、ひどい悪行を起こっています。陛下からの信認を良いことに、そのふるまいは暴虐を極めているのです」


「…………」


「信認もあり、多少武勇に優れているからと言って、まるで自分が国王であるかのように傍若無人にふるまい、それによって王家の権威を失墜させて」


「…………」


「そのくせ、王都にはまるで近寄らず、王都の面倒ないざこざには決して関わろうとはせず。大貴族としての責務を果たさず、陛下からの信認を裏切り」


「…………」


「最近では、取り巻き共にカミール・リャナスこそが国王にふさわしいと喧伝させているようです。これはもはや、謀反行為です。王国を分裂させ、混乱に陥れようとする敵対行為です。まったく許しがたい悪行であります」


 正直、それはどこの世界のカミール・リャナスなのかと言いたくはあったが。


 まぁ、傍若無人であることは認めないでもないが。だが、誰が王都のいざこざを無視しているだ。マルバスを通じて、あれこれと世話を焼いてやっただろうが。


 さらには誰が喧伝させているだ。俺が国王にふさわしいなどと、そんなこと一度も思ったことも無ければ、口にしたことなども当然無い。

 

 しかし、まぁいいぞ、それで。


 俺が見つめる中で、サーリャは相変わらず青い顔をして身を固くしていたが。


 信じてしまえ。それで全ては上手くいく。


 そうすれば俺を見捨てるのも楽になるだろう。俺をそんな小悪党だと信じて、アルフォンソのヤツを救国の英雄だとでも思い込んでしまえばな。


 久しぶりに、願うなんて真似をしたものであるが。


 サーリャはようやく口を開いた。


「……分かりません」


 なんだその返答は。


 肯定でも無く、否定でも無く分からない? 期せずして、アルフォンソと気が合うことになったようだ。アルフォンソは、軽く首を傾げていた。


「分からない? 非常に単純な話であったはずですが」

 

 まったくもってそうだな。


 俺が悪者だぞと、アルフォンソはそれを告げていただけなのだが。


 分からないはずは無かったと俺も思う。


 だが、現実としてサーリャの返答は分からないであって。


 サーリャは再び口を開いた。


「……よく分からないのです」


 返答の内容は変わらず。ただ、今度は続く言葉があった。


「本当に、よく分からないのです。昨日からの全てがよく分からなくて」


 サーリャはアルフォンソを見てはいなかった。


 うつむいて、青ざめた表情で。誰へ聞かせるといった様子でも無く、独り言のようにサーリャは淡々と言葉をもらしていく。


「何が起きているのか分からないのです。ずっと夢を見ているような心地で。王都で過ごしていたら、いきなり捕まえられて、それで殺されるかもしれないとなって」


「ふむ」


「頭が全然働かなくて。本当によく分からないんです。ギュネイ様のおっしゃったことも、すみません理解できませんでした」


 相槌を打っていたアルフォンソは憐憫の表情を顔に浮かべていた。

 

 それは俺も同じだった。まったくもって、俺も同じだった。


 年の割にはしっかりしている。


 そんな様に俺は評価してしまっていたが。


 なんてことは無い。


 コイツはまだ、二十も超えない青二才なのだ。


 騎手としての実力には優れていても、戦場経験は一度しかなく、なおかつ勝ち戦しか知らず。


 それが味方と思っていた連中に捕らえられて、こうして虜囚の憂き目に会っている。


 呆然自失になったとして、それは何らおかしいことでは無いが……これは俺の失態だな。


 苦虫をかみつぶしたような表情にならざるを得なかった。

 

 意地を張っているだけで、冷静さは多少のところ残しているのだろうと盲信していたが。


 これはマズイ。


 冷静さを失った誇りある若造の決断などは、大抵一様に決まっているものなのだ。


「事情はお察ししましょう。しかし、少し冷静になるべきでしょうな。貴女は優秀な騎手なのです。その力をどのように活かすべきか。冷静に考えれば、すぐに分かるはずですが」


 アルフォンソは、暗に自分に下るように要求してきたが。だが、これはサーリャに通じなかったようだ。呆然としたまま応じることは無かった。


 アルフォンソは持って回った言い方を止めるようにしたようだ。


「率直に申しましょう。我らが軍営に加わりなさい。その男は見捨ててやればそれでよろしい。それが貴女がこの国に貢献し得る唯一の道です」


 コイツにしては率直な言い回しをして。


 そしてサーリャは……案の定、首を横に振りやがったのだった。


「……それはありえません。ラウ家の騎手に、そのような選択はありえません」


 誇り高い武人の覚悟ある否定。


 一見すると、そのような感じではあったがまったくもってそんなわけでは無かった。


 冷静さを失った若造が、幼少から叩き込まれてきた価値観に従うしかなかった結果。それが今の光景だ。


 顔を蒼白にして、唇を震わしてな。


 こう言うしかないわけだ。未熟な若造は、こうするしかないわけだ。


「それは……残念ですな」


 アルフォンソの顔には、侮蔑に近い表情が浮かんでいた。


「では、クライゼ殿には別室を用意させてもらいましょう」


 アルフォンソはクライゼに笑みを向けた。だが、その笑みはすぐに消え失せた。クライゼが首を横に振ることで応じたからだが。


「前言は撤回させて頂きましょう。理由のさっぱり分からない内乱行為に加担するのは御免こうむりたいのでね」


 ……まったく。せめて自分ぐらいは助かってやろうとは思ってくれんのか。


 師匠としての意地か何かなのか。サーリャがこれで、自分だけ助かる気にはなれないようだが。ともかく、俺の頭を痛くするような返答をしてくれて。当然のこと、アルフォンソは冷たい侮蔑をクライゼにも向けることになった。


「貴殿ならば、大儀というものを理解されると思ったのですがな」


 これにクライゼは答えなかった。


 侮蔑の嘲笑を、アルフォンソに返すのみだった。


 ふん、と。


 アルフォンソは珍しいことに鼻を鳴らしてみせた。そして、クライゼをにらみ返し、身を震わしているサーリャへと視線を向けた。


「貴女も同じ意見ですかな?」


 サーリャにそんなことを考える余裕は無かっただろう。


 ただ、サーリャは頷きを見せた。尊敬するクライゼの意見に、反射的に追従したのだろう。アルフォンソは冷たい目をして、サーリャを見下ろした。そして、


「貴女は奇妙なドラゴンをお持ちのようですな?」


 予期しない奇妙な内容の尋ねかけだった。


 奇妙なドラゴン? 確かにサーリャは妙なドラゴンを一体持っていたが。ドラゴンのくせに、弱気な人間のようにおどおどしている挙動不審なドラゴンが。アレの話を、何故アルフォンソは今ここで口にしてきたのか。


 サーリャにだって、その意図は読めなかっただろう。


 しかし、サーリャは「え?」とわずかに見開いて口を開いた。


「奇妙なドラゴン? ……ノーラのことですか?」


「色々と一緒にお話ししたいことはあったのですが。まことに残念です。食事の用意はしてあります。その日がくるまでは、どうぞごゆるりと」


 もはや、この場には用事は無いらしい。


 アルベールはさっさと身をひるがえして部屋を後にしていった。代わりに食事が運ばれて、すぐに沈黙が部屋に満ちた。


「……申し訳ありません。ご配慮を無駄にしてしまいました」


 沈黙を破って、クライゼが謝罪を口にしてきたがな。むしろ謝りたいのは俺の方であったが。


「いや、お前に非はあるまい。非があるとすれば俺だろうさ」


 若造の胸中を読み違えていた。そんな大失敗を犯していたようだからな。


 サーリャは呆然としていた。


 目をわずかに見開いたままで固まっているが。今さらながらに、自分がどんな対応をして、どんな命運を選んでしまったのか。そのことに唖然としているのかもしれんが。


 とにかく、冷静にしてやらんとな。


 まだ機会はあるかもしれないのだ。冷静にさせて、次の好機では命運をつなぐような選択が出来るようにしてやる。


 せめてではあるが。この程度のことはしてやりたかったが……さて、どうするか。


 サーリャはいぜんとして呆然としていた。


 何と言って声をかけてやればいいものやらだ。まだ機会はあるはずと、とにかく夢を見させてやればいいのか?


 とにかく意識を俺に向けさせてやるとするか。


 そう思った時だった。


「……ノーラが。そっか」


 そんなことをサーリャは呟いたのだった。そのまま、大きく深呼吸をして、長いこと息を吐き。小さく一つ頷きを見せた。


「よし」


 そして、いきなりだった。


 アルフォンソの手下は、白パンに野菜のふんだんに入ったスープに燻製の鶏肉にと、この状況にしてはなかなか立派な食事を運んできたのだが。


 サーリャは白パンに手を伸ばし、黙々と食べ始めたのだ。なかなか立派な食欲があると見えて、見る見る内に食事は消えていくのだが。


 なんだコイツ。俺はクライゼに自らの頭を指で指して見せた。色々なことが起きすぎて、頭が少しばかりバカになってしまったのかと疑ったのだが。緊張を感じられるような理性を失ってしまったのではとな。


 クライゼは「うーむ」とうなって首をひねるばかりだったが。その間にも、サーリャは食事を進めていて。その最中だ。サーリャは俺たちを眺めて、不思議そうに首をかしげてきた。


「どうしたんですか? お食事、冷めちゃいますよ?」


 まぁ、それは確かにな。


 だが、俺たちの興味はそんなところに無いのだが。


「お前、どうした? 急に元気になったように見えるが」


 相対的にではあるが、今までとは比べものにならないぐらいに落ち着いて活力があるように見えるのだった。気づけば、青かった唇にも血色が戻ってきているように見えるしな。


 サーリャは「あはは」とこれまた元気そうに笑うのだった。


「いやいやいや。元気じゃないからこうして食べてるんじゃないですか。昨日なんて、ロクに食事してませんし」


「うーむ。いや、だがな?」


「とにかく食べましょう。活力をつけませんと。いざという時にですね、お腹が空いて動けないなんて、そんなことにはならないようにしませんとですよね」


 それもまぁ、確かにな。だが……う、うーむ。


「コイツ、どうしたんだ?」


「……さて」


 クライゼと二人して首をひねることになって。


 本当に良く分からんな。元気があるのはけっこうなことだし、普段の冷静さを取り戻しているように見えて、それもけっこうなことなのだが。


 とにかくまぁ……俺も食事にするか。


 次の機会があったらしっかり媚びろと伝えるのは食事の後でもいいだろう。


 正直、困惑しかないが俺も白パンを手に取り口に運び。


 しかし、アレだな。


 元気になったのけっこうだが、このままいけばコイツは処刑の憂き目に会うわけだ。


 首をひねったままで、サーリャの奇態に戸惑い続けるクライゼも同様にな。


 ……せめて、コイツらはな。


 なんとか助けてやらねばなるまい。俺に殉じて死への道を歩んでいる、関係の薄いはずのこのバカ共ぐらいはな。



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