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第18話:【カミール視点】俺と、サーリャの愚行

 アルフォンソ・ギュネイ。


 王都を代表する大貴族様にして、俺を謀殺してくれようとしている仇敵でもあるのだが。


 捕らえられてから目の当たりにするのは、これで二回目か。しかしまぁ、アレだな。一族一門を窮地に陥れてくれて、なおかつ関わりの薄いものの運命までこうも無茶苦茶にしてくれたのだ。


 少しは憎悪の念が湧き上がるかと思ったのである。


 しかし実際のところ、アルフォンソのすまし顔を目にして湧いてきたのは、強い呆れの感情だった。


 本当、よくやるつもりになったもんだ。


 どうやら俺を殺した上で、陛下第一の家臣として国政に辣腕をふるうつもりのようだが。


 別に俺を殺す必要は無いだろうがとか、頼まれたらいくらでも陛下に推挙したのにだとか、色々と思うところはあるのだが、それはともかくだ。


 心から呆れてしまうのだ。陛下に代わって戦場での重責を担い続け、その一方で非難の声は陛下の分まで引き受けて。その上で、意味の分からない嫉妬を浴びることになり。


 まったく楽しいものでは無いのだが。


 それでも、この男はアルヴィル王国の第一等の立場にご執心のようであり。俺にはまるで理解が出来ないのであったが、まぁ、現実は現実として受け入れるとしてだ。


 この現実にも少し頭を働かせるとするか。


 アルフォンソ・ギュネイが囚人の部屋に立ち入ってきた。その理由について考えてみるとしようか。


 まぁ、今さら俺に用事はあるまいが。


 俺は同居人二人に目を向けた。


 どうやら、俺同様に立ち上がって礼儀を示すつもりにはなれないらしい。椅子に腰をかけたままで、クライゼは淡々と、サーリャは青い顔をしてアルフォンソに視線を向けているが。どう考えても、用事はこの二人についてだろうな。


「良かったら、俺は席を外してやろうか?」


 笑って声をかけてやって。


 だがまぁ、この野郎。アルフォンソは俺にはまるで反応せずに、クライゼとサーリャを交互に見やって。


「居心地はいかがですかな? 必要な物がありましたら、是非おっしゃって下されば」


 俺への態度とは打って変わって、にこやかに声をかけていやがるのだった。


 胸中などは、言わずもがなだろう。


 名騎手二人をどうにか引き抜きたい。


 そんなことを、このお貴族様は思っているらしいが。


 しかし……早いものだな。


 膝に頬杖を突きながらに、俺は何とも意外の思いを味わっていた。


 コイツもヒマでは無いはずなのだが。しかし、一日の間も置かず、コイツはこうして再びの説得に訪れてきたわけだ。


 どうでも実力ある騎手を確保しておきたい事情でもあるのか。そもそもだが、コイツは当然俺を毛嫌いしているわけであって。その大嫌いな俺の息がかかった人間を、コイツがこうして引き抜こうとしていること自体への違和感は多少のところあった。


 無礼、無作法同盟の人間として、まとめてバッサリ。それをしそうなのが、このアルフォンソ・ギュネイと言う、礼儀正しく潔癖で、尊大なお貴族様であるのだ。


 まぁ、コイツは何だかんだ言って陛下の式典を汚したわけだしな。ハルベイユ候がなびかなかったのもそれが理由だろうが、コイツのこの行いに不満を持っているヤツはそれなりにいることだろう。


 だからこそ、あるいは……そうだな。陛下の式典を汚したその穴埋めにでも、この二人を使うつもりなのかも知れんな。陛下の威信のために、威信を高めた忠臣であるために。隣国カルバに攻め込む腹積もりでもあって、その戦力として活かそうとしているのかどうか。


 まぁ、とにかくだな。


 これは好機と見て間違い無いだろう。


 早速、クライゼとサーリャの命が助かる好機がやってきたわけだ。あとは当人たちの機転がものを言うことになるだろう。


 俺が何か言ってやっても良いのだがな。だが、俺が二人の命乞いをしたところで、アルフォンソには微塵も響くところはあるまい。それどころか、俺のお気に入りとして、引き抜く気が失せてしまう心配もある。


 よって俺は傍観に励むしかないのだが……しかしな、コイツらはまったく。


 サーリャはやはり意地っ張りだった。


 初志貫徹と言えば聞こえは良いが。死ぬことが怖いのなら、大人しく強者になびいておけばよかろうに。しかし、コイツは青い顔をして、アルフォンソをただ見つめ返すだけで。


 クライゼは複雑な内心があって口が開けないのだろうか。


 その沈黙は言葉に迷っているといった様子だった。自分は助かる気は無いが、サーリャは助けたい。その立ち位置から、どんな言葉を返せば良いのか? それに悩んでいる感じだが……


 やれやれだ。


 俺は呆れのため息をつきつつ、二人の様子を眺めた。


 心底、ため息しかなかった。サーリャについては言わずもがな。矜持を貫くのは良いが、死んでまで貫ける矜持など無いのだ。若者らしい頭の柔らかさで、とっと生き残る道を選べば良いものを。


 クライゼも大概頭が固いやつだな。俺と一緒に磔台に上る。そこにこだわりがあるのかしらんが。とにかくここは、弟子に率先して裏切っておけというのだ。俺に殉ずる気持ちがあるのなら、後日いかようにも取れる手段はあるだろうに。


 とにもかくにも、いい迷惑だった。


 俺の道連れに死んでくれるなという話だ。うっとうしいことこの上ないぞ、まったく。


「おい、ギュネイ殿。俺からは一つ要望があるぞ」


 名前を呼んでの声かけに、コイツもさすがに無視は出来なかったようだ。


 にわかに笑みを消して、アルフォンソは俺に目を向けてきた。


「……貴殿には、十分な待遇を用意したつもりでしたが」


 それはまったくその通りだがな。


 俺の血筋と、陛下が俺の処刑にまだ同意していないという事実に敬意を払ったのだろう。囚人としては、十二分の待遇を俺は謳歌させてもらっているが。


 別に待遇について物申したいわけじゃあ無い。俺はクライゼとサーリャを、アゴでしゃくって見せた。


「大したお願いじゃない。部屋をな、分けて欲しいのだ」


「……このお二人とですかな?」


「そうだ。うるさくていかんからな。この二人といると、四六時中俺への愚痴と不満を聞かされていかん。正直、気が滅入って仕方が無い」


 真っ先に反応したのはサーリャだった。


 おそらく否定の言葉を口にしようとしたのだろう。目を丸くして口を開こうとして、しかし、それをクライゼが目線で圧して押し留めて。


 よしよし。いいぞ、クライゼ。小娘の余計な一言をよく封じてくれた。師匠として、そのぐらいの機転は見せてもらわんとな。


 単純にだ。


 裏切りやすくしてやろうという俺の配慮だった。こうして俺と顔を合わせていると、どうしても気兼ねする部分が出てくるだろうからな。部屋を分かつことになれば、コイツらも俺を見捨てやすくはなるだろう。


 あとはまぁ、今後を考えてだな。


 コイツらも、どうせならアルフォンソに気に入られた方が良いだろうからな。実はカミール・リャナスを毛嫌いする仲間だった。そうアルフォンソに思われた方が、コイツらも今後活躍がしやすかろう。


 しかし……思いの外に効果はあったのかもしれんな。


 アルフォンソのヤツだ。


 反応は劇的だった。俺のお願いを耳にして、すぐさまクライゼとサーリャに親しげな笑みを向け始めて。


 狙いが図にはまって、それはまったくけっこうなことだが……ふーむ。分かっていたことだが、コイツはよっぽど俺のことを嫌っているらしいな。


 その笑みには、この二人を引き抜けそうなことへの喜びもあるのだろうが。俺を心底嫌っているからこそ、俺を嫌う同志の出現がただただ嬉しい。そんな無邪気な喜びが、この親しげな笑みからは透けて見えるような気がするのだった。

 

 少し不思議だった。なんでコイツは、俺のことをそこまで嫌いになったのやら。


 無礼で無作法な俺が王国随一とされてきたのが、この男の誇りをそこまで傷つけてきたのか。


 もちろんそれは俺の知ったことでは無いし、今はどうでもいい話だが。


 せっかく、こうしてアルフォンソに親近感を抱かれているようなのだ。この流れをな、二人にはしっかりと掴んで欲しいものだったが。


「お二人はどう思われますかな? 部屋を別にされたいとお思いで?」


 楽しげにアルフォンソはそんな尋ねかけをしたのだが。


 クライゼはさすがに決心をしたようだった。


「……私たちも、出来ればそうお願いしたいところですが」


 サーリャには発言する機会を与えずにということなのだろう。


 私たちもなどと口にして、同意を示したのだった。


 よしよしである。さすがにクライゼはサーリャほどには若くは無かった。内心はどうであれ、命脈をつなぐ決断をようやくしたわけだ。


 アルフォンソは嬉しそうに笑みを深め、だが即答はしなかった。


 そりゃそうだろう。

 

 何で俺たち三人がこうして一室に押し込められているのかという話だ。


 一応兵力は集めていたようだが、俺の派閥の諸侯を圧殺出来るほどに豊かではあるまい。俺たちそれぞれを別に監禁し、警備の定番として魔術師を一人ずつ配備するような余裕はまだ無いことだろう。


 そして、十分な警備がつけられないことは、この神経質な男にとっては相当な心労に違いなく。だからこそ、こうして一室にまとめて、効率良く兵員と魔術師を運用しているはずであって。


 俺の申し出は、アルフォンソにとってなかなか難題であるはずなのだ。


 しかしまぁ、よっぽど嬉しかったのだろうな。


 よほど嬉しくて、価値のあることだったのだろう。沈黙は長くは無く、アルフォンソは笑顔で頷きを見せた。


「では、早急にその準備を進めましょう」


 よしよしだな。


 俺は仏頂面を崩さずに、内心では安堵の笑みだった。


 まだどうなるかは分からないが、道筋はつけられただろうな。これでコイツらも、アルフォンソの軍門に下る選択がしやすくはなっただろう。


 気の毒にも巻き込んでしまったが。


 最低限の詫びぐらいには、これでなっただろうか。本当にやれやれだな。


「……あの」


 一安心していたのだ。

 

 それなのに、サーリャがためたいがちにアルフォンソに声をかけて。


 妙な胸騒ぎはあった。コイツ、一体何を言おうとしているんだ?


「どうされましたかな? 何かご要望でも?」


 コイツは胸騒ぎとは無縁だったらしい。


 アルフォンソはにこやかにサーリャに応じ。サーリャは、固い表情で口を開いた。


「私は……結構です。こちらのお部屋で十分です」


 感想としては、だ。


 アホかお前。


 そうとしか思えはしなかった。


「……結構ですか。ご婦人に対し、褒められたものでは無い非礼を働いておりましたので。是非とも誠意を示させて頂きたいものですが」


 アルフォンソも悪い予感を覚えているようだった。


 笑みは変わらず、口調も慇懃だが、目だけは笑っていなかった。


 サーリャはもちろん笑ってはいなかった。


 固い表情で、青ざめていて、唇を震わしていて。


 苦しげに息を一つ吐き。


 意を決したように、震える声を吐き出した。


「ご誠意には感謝いたします。しかし私は……ギュネイ様の誘いに頷くことは出来ません」


 寝返るつもりは無いと。


 そんなことをほざきやがったわけだ。


 


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