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第17話:【カミール視点】俺と、軟禁

 軍神。


 などと称されて、絶えず違和感に耐えながらに生きてきたのが俺という人間なのではあるが。


 今ほど、軍神という呼称に違和感を覚えざるを得ない時は無かった。


「……はん。まるでカゴの中の鳥だな、まったく」


 悪態をつく様はまぁ、鳥と言うより負け犬と称するしかないのではあるが。


 とにかく、だ。


 俺……カミール・リャナスは囚われていた。


 アルフォンソ・ギュネイなどと言う、王都を代表するお貴族様に急襲された結果だった。


 一応、警戒はしていたつもりだったが、情けなくも捕らえられて、拘束されることになり。


 で、現状だった。


 どこぞの貴族のものなのやら。


 それなりの身分にあるであろう貴族の屋敷、その応接室に押し込められているのである。俺はそこの椅子でふんぞり返っているのだが、その柔らかすぎる感触が何とも腹立たしく。


「おい、クライゼ。絶好機だったぞ。もう少しな、頑張ってみても良かったのではないか?」


 愚痴の矛先を向けてやったのは、ハイゼ家の田舎者だった。


 その田舎者は長椅子に腰をかけて、淡々と時間を過ごしていたのだが。名はクライゼ。見た目は陰気なおっさんなのだが、これでいて戦術眼にも秀でた、この国を代表する騎手である。


 だからこそなのかはしらんが。


 他の家臣共は別にまとめらているようなのだが、コイツは俺と同じく賓客対応だった。


 俺に関しては、大貴族ということもあって、処刑まではそれ相応にということなのだろうが。この国を代表する騎手に関しては、出来れば引き抜きたいらしく。かなり立派な待遇を一緒に受けていやがるのである。


 その好待遇の騎手殿だが、身分差をものともせず、呆れたような視線を俺に向けてきやがるのだった。


「騎手に無茶をおっしゃられますな。そういうことは、絵物語の英雄にでもお頼み下さい」


 憎たらしいが、まったくその通りであって。


 俺は「ふん」と鼻を鳴らして黙り込むのだった。


 よほどアルフォンソはあの爺さんを怒らせたらしく、俺を囚えていた屋敷を急襲されることになったわけだが。


 まぁ、絶好機とは言ったが、アルフォンソが絶好機にはしてくれなかったのだ。


 神経質なあの男のことである。


 急襲を受けた場合の算段も、十分に胸の内に収めていたのだろう。一片のスキも無い見事な退却を見せてくれやがったおかげで、俺が何かしらの行動を起こすことなど夢のまた夢で。


 そして、こうである。

 

 俺はこうして、椅子にふんぞり返っているぐらいしか出来ないのだった。


 やれやれである。


 心からやれやれだった。


 この分であれば、俺は広場の磔台にでも、順当に上らさせられることになりそうだが。


 まぁ、俺もそれなりの大身の貴族だ。戦場では無くても、どこぞで謀殺される覚悟はしていたのでそれは良いのだが。


 しかし……俺は思わず「ふむ」と少しばかりうなることになった。


 自分のことは良い。ただ、これで窮地に立たされる一門一派の連中に関しては、やはり良いだなどとは言えず……ましてや、一門で無ければ一派とも言い切れないヤツが俺に巻き込まれているとなればだ。さすがに思うところは大いにあった。


 それはもちろん、クライゼについてのことであった。


 そして、それ以上に……まぁ、コイツについてはな。不憫以上の感想は湧いてこないのだが。


「……お前もな、もう少し頑張ってくれても良かったのだぞ?」


 そいつは、俺とクライゼからは離れて、椅子にじっと腰を下ろしていた。


 いつもは無表情であっても、明るさの面影がうかがえるぐらいだったのだが。さすがに今はそうとはいかないようだ。


「……はは。それはあの、すみません」


 声音に力が無ければ、作ったような笑みにも活気は無く。


 金の細髪をわずかに揺らしながらに応じてきたのは、新進気鋭の女性騎手……サーリャ・ラウだった。


 まぁ、不憫としか言えないヤツだ。


 俺と一緒に茶会になんぞ出ていたために捕らえられて、そして現状の憂き目に会っている。俺などと一緒に、こうして軟禁されているのである。


 同室であるのは、一つにはアルフォンソらしい気遣いがあるようだった。俺の家臣共とまとめて監禁するには、若い女性という点が意識に引っかかったらしく。


 かと言って、サーリャ一人のために新たに警備に人員を割くのは惜しまれたのだろう。結果として、俺たちと一緒にしておくのが一番効率的だという判断になったようだ。


 あとはまぁ、コイツは一流の騎手だということがあるだろうな。


 まだまだ一介の武人という意味では半人前だろうが、単純に騎手としては、クライゼに比肩するものを持っている。


 引き抜くためにとのことだろう。


 クライゼと同じ対し方で、それなりの誠意を見せているに違いない。


 しかしまぁ、な。


 サーリャを見ていると、やはり不憫という感想しか湧いてこなかった。


 こいつ、今何歳だ?


 騎乗している時はともかく、こうして行儀よく椅子に腰を下ろしている姿を目の当たりにすると、田舎の十代の少女にしか見えないが。


 いや、実際そのはずでな。


 名うての騎手ではあるが、コイツはまだまだ半人前の若造以下で。人生はこれからと言うべきか、まだ始まってもいないような年頃で。


 そんなヤツがだ。


 これから処刑されようとなっている。そうなるとさすがに不憫であった。


 こいつ、誘いを断りやがったからな。


 捕まった当日だ。アルフォンソのヤツが早速、クライゼとサーリャに誘いをかけたのだが。ハイゼ家にラウ家、その両家の厚遇を約束した上で、丁寧な誘いをかけてきたのだが。


 こいつ、本当に断りやがってな。


 クライゼと同様にだ。それは当主の意思では無いなどと賢しげな物言いをして断りやがって。


 その上で、アルフォンソに与したところで裏切りとは思わん。そう言ってやった俺に、「私も覚悟は出来ています」なんて、そんなことをほざいてきやがって。


 あほ抜かせだ。


 俺やクライゼと同じ覚悟が出来ているだと? バカバカしい。


 まぁ、クライゼがどの程度覚悟しているのかは知らんがな。だが、俺と同じ覚悟だなどと、妄言にもほどがある。


 軍神などとおだて上げられた挙げ句、良いように使われ尽くされ、その割に受けるのは非難ばかり。かなりのところ人生に飽きてきた俺と、これからが旬の小娘が同じように覚悟など出来るはずが無い。


「……ふん。カミール・リャナスの無礼と無作法にはうんざりしていた。そうとでも伝えてやれば、あの男は満面の笑みで喜ぶだろうがな」


 何度言ってやったかはもう忘れたが。


 今日もまた一応、俺からの助言を伝えてやった。だが、この小娘は、「ははは……」などと苦笑をもらしながら、静かに首を横に振ってきおって。


「ラウ家としても個人としても、閣下には様々な恩義があります。誇りあるラウ家の騎手として、最後までお付き合いします」


 正直、呆れのため息をつくしかなかった。


 食事も喉を通らず、今も青い顔をしているクセして。


 昨夜にな、確かに聞いたのだぞ。俺とクライゼが寝ていると思って油断したのか、死にたくないなどと呟いていて。


 呆れるやら感心するのやらだった。


 こいつはまったくな。取り乱して、アルフォンソに命乞いでもしていれば可愛げがあったものを。妙に冷静で、そして妙な強情さを発揮しやがって。まぁ、このぐらいでなければ、この若さで名うての騎手などと呼ばれることは無いのだろうが。


 しかしなぁ……ったく。


 俺はクライゼに目配せをした。お前がどうにかしろという目配せだ。師匠として、こいつを可愛がっているクライゼだ。死なせたくない思いは、俺以上にあるはずだが。


 だが、クライゼは眉をひそめるのみだった。


 打つ手無しということだろうか。サーリャのことは俺以上に知っているはずだが、なるほど、その強情さは俺の見知っている以上なのかもしれなかったが。


 さて、どうすればいいのやら。


 クライゼにサーリャぐらいは助けてやりたいものではあるが。このクライゼにしても、強情さは弟子に十分以上に比肩してやがるわけで。


 俺の命にそこまでの価値もあるまいに。


 この師弟をどう助けてやるのか。そこが何とも悩ましかったが……しかし、アレだな。


 よくもまぁ、面倒くさいことを起こしてくれたものである。


「……まったく、あのギュネイのボンボンめが」


 恨み節はどうしてももれるのだった。


 さっさと殺してくれれば良かったものの、おかげで死ぬまで思い悩む必要がありそうだが。

 

 そんなことを思っているとだった。


 廊下へと続く扉がコンコンと控えめな音を立てて。


 時期の良いことだった。この扉の叩き方には非常に覚えがある。俺が憎たらしく思っていた相手がちょうどここを訪れてきたらしい。


「遠慮はいらんぞ、ギュネイ殿。俺と貴殿の仲ではないか」


 適当に返事をしてやって。


 扉は静かに開かれた。


「……では、失礼しましょう」


 慇懃に、だが敬意などはさらさら無い顔つきで。


 護衛を連れたアルフォンソ・ギュネイが、部屋に立ち入ってきた。



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