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第18話:裁定の行方

「……死んだ」


 地上に降りた俺たちに、ふらふらしながら近づいてきての親父さんの言葉だった。


 し、死んだ? 確かに親父さんはなんか今にも倒れそうな顔色をしておられますが……


「死んだ。五度は死んだ。心配で、だ。少なくともそれぐらいは死んだような気分だった。それで最後だ。お前たち、やりすぎだ。心臓が止まった。父親を心配で殺してくれるな」


 娘さんはすでに俺の背中から降りていた。俺の頭に手を置きながら、親父さんに申し訳なさそうな笑みを送る。


「い、いや、その……あはは、ごめんなさい。心配させちゃったみたいで。でもほらっ! これっ! これだからっ!」


 娘さんは手にしていた穂先の無い釣り槍を親父さんに掲げて見せる。親父さんは頷いた。そこに不思議と笑みは無い。


「そうだな。そのようだ。だが、感情が追い付かん。なんなんだ? 一体何がどうしてこうなった?」


 なんかすごい分かる。穂先のない釣り槍も、観衆の大声援もそのことを証明している。ただ、なんか実感が湧かないというか……


 勝ったんだよな? 娘さんと俺は一騎討ちに勝利したんだよな?


「いやはや、大変な試合になったわ」


 誰の声かと言えば、それはハゲ頭さんだった。ハルベイユ候の使者さんと連れだって、こちらに向かってきていた。


 娘さんを目の前にしたハゲ頭さんは、満面の笑みを見せてくる。


「まずは賛辞を送らさせて頂きたい。サーリャ殿。貴殿の騎手としての実力、それに勇気は大変なものだった。さすがはラウ家の騎手殿だと感心しっぱなしでしたな、はははは」


 ハゲ頭さんの笑みには何の陰りもなかった。うむ? ハゲ頭さんはラウ家を陥れようとしてたって、俺はそんな認識なんだけど。悔しかったりはしないのだろうか。ハゲたぬきなんて親父さんから呼ばれていたから、感情を隠すのはお手のものなだけかも知れないけど。


 ともかく娘さんは褒められたわけで。勝利の興奮も手伝ってか、娘さんは顔を紅潮させて頭を下げた。


「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです。でも正直偶然かなって。手も足も出なかったって、そんな実感しかないですし」


 まぁ、本当正直ねぇ。実力の差をただただ思い知らせ続けられた、そんな実感しかない空の時間だった。偶然とか奇跡だとか、今日の結果はそんな言葉で片付けるのが適切なような気がしてならない。


 ただ、ハゲ頭さんの意見は違うようで。


「それは違いますぞ、ラウ家の騎手殿。偶然で勝てるほど当家のクライゼは甘い男ではない。少なくとも、偶然を手繰(たぐ)り寄せられるほどに戦い続けられる、その実力があったからこその今回の結果なわけで。とにかく、今回の結果を偶然として片付けるのは止めなされ。大戦果として胸を張るのがよろしいかと」


 俺としては偶然で片付けてもいい気がするけど、確かにそれはその通りかもなぁ。しかしである。なんか賢い人の器の大きい褒め方って感じだな、これ。


 実際、ハゲ頭さんってどんな人なんだろうね? 意味の分からないところがある嫌味な人ってイメージだったけど……うーん、ちょっと良く分からなくなってきた。


 しかしまぁ、俺の戸惑いはわきに置いておきました。


 ハゲ頭さんの言葉に、娘さんはちょっと感動していたみたいだった。瞳をうるませながらこくりと頷く。


「……はい。今回の試合は私の誇りにしたいと思います」


「はははは、それがいい。その誇りを胸に雄飛してもらえれば私も嬉しい。なぁ、クライゼ。お前もそうは思わんか?」


 この場には当然クライゼさんの姿もあった。


 歴戦の化物みたいな実力をそなえた騎手。ただ今回の結果はといえば、ある意味不幸にも敗戦を(きっ)してしまったのだが……え、えーと、クライゼさん? なんかちょっと怒っていたりしませんか?


 腕を組んで、メチャクチャむすっとしている。やはり一流のプライドみたいなものがあるのだろうか。アマチュアのラッキーパンチみたいなので負けることになったのだ。その点で、どうにも腹の虫がおさまらないところが正直あるのではなかろうか。


 はたして、そんなクライゼさんの第一声はどうなるのか。


 ちょっと固唾(かたず)を呑んで見守る。結果はといえば意外なものだった。クライゼさんは深々と娘さんに対して頭を下げた。


「……まずは謝らせて頂きたい」


 な、なんぞ? 不思議の思いは娘さんも同じだったらしい。大きな瞳を目に見えて丸くしていた。


「え? あ、あの……ど、どういうことでしょうか?」


「私は騎手として第一線に立って久しい。一流の騎手も数多く見てきて、一流の騎手なら一目で分かると、そんな自信もあった。だが、それは私のうぬぼれだったようだ」


「へ、へ? いやあのその、とりあえず頭を上げて頂ければ……」


「申し訳なかった。一人前の騎手にとんだ非礼をしてしまった。そこを許して欲しいのだ」


「え、許す? いや別にそんな……え、えぇ?」


 娘さんはとにかく戸惑っていたが、俺も似たようなものだった。


 あるいは、実力だと勘違いするなみたいに怒られると思ってたんだけど。でも実際はこんな誠心誠意の謝罪のわけで。


 なんだろう。怒っているように見えたのは俺の勘違いだったのだろうか? それともあるいは……言葉通り、娘さんを半人前扱いしていた自分が許せなかったということなのかな? こ、高潔っ! 俺の予想通りだったら、この人、物語の騎士みたいな人だな。


 何はともあれ、娘さんは騎手の大英雄に頭を下げられているのが居心地が悪いらしい。娘さんは眉を八の字にして困り顔だった。


「や、止めて下さい。そんなの良いですから。クライゼさんから見たら、私なんて半人前以下なのは分かってますし」


「いや、半人前とはとても言えまい。空戦におけるドラゴンの御し方は大したものだった。そんな騎手を未熟と見誤る非礼を私は犯したのだ。許してはもらえないだろうか?」


「で、ですからあの、許すも許さないもないですからっ! か、顔を上げて下さい、クライゼさん。私は何も気にしていませんから」


 クライゼさんは顔を上げた。そこにあった表情はといえば、この人には似合わない柔和な笑顔だった。


「そう言ってもらえてありがたい。さすがは一流の騎手ですな。器が大きい」


「ですから、私はそんな風に思ってもらえるような騎手じゃ……」


「いや、それはこのクライゼが保証させて頂こう。貴殿は立派な一流の騎手だ。ただ……」


「へ? た、ただ?」


「……だからこそ、言いたいことは少なくないのだがな」


 な、なんか流れが変わった? クライゼさんの目つきが恐ろしく険しいものになった。雰囲気もやたら剣呑で……怒ってる? これ、絶対怒ってるよね?


 空気が変わったのは娘さんも感づいたらしい。娘さんは「え? え?」とうろたえながら後ずさる。


「あの、クライゼさん? ど、どうされました?」


「貴殿は分かっているのか?」


「へ、へ?」


「貴殿は分かっているのかと聞いているのだ。騎竜の任において、真に大事なのはドラゴンではない。ドラゴンを乗りこなし、空戦を巧みにこなし得る騎手こそ真の宝なのだ。そのことを貴殿は分かっているのか?」


「あ、あ、えーと……少しはその、分かっているような……」


「だったら、あれは何だ? あの最後の攻め口は? ドラゴンから手綱を手放し、空中に身を踊らせて、単身相手に穂先をかけていく。結果はけっこうなことだ。見事私に打ち勝ったのだからな。だが、あの攻め口で良かったと、貴殿は本当にそう思っているのか?」


「そ、それはあの……その……」


「あんなものはただの結果論だ。地に落ちて命を散らす。その公算の方がはるかに高かったのだ。そうなれば一体どうなっていたのか? 貴殿という騎手の死が、ラウ家にどれほどの打撃を与えるのか? 貴殿はしっかりとその辺りのことを考えていたのか?」


「いや、そういうことは……う、ううう……」


 娘さん、完全に打ちのめされております。一言も言い返すことも出来ずに、涙目で小さくなっていたりしている。


 まぁ、これが負け犬の遠吠えだったりしたら、娘さんは気にも留めなかったんだろうけどねぇ。


 でも、明らかにクライゼさんの物言いはそんな小さいものでは無かった。娘さんのことをしっかりと評価して、その上で娘さんのことを本気で心配している。そのことが如実に伝わってくる。


 思えば、クライゼさんが最初ムスっとしていたのも、娘さんの危険行為に不満を覚えていたからなんだろうなぁ。クライゼさん、超良い人。


「クライゼ。気持ちはわからんでも無いが、その辺りにしておけ。誰が勝者だか分からなくなってくる」


 ハゲ頭さんが苦笑ながらに取りなして、クライゼさんはにわかに雰囲気を和らげた。


「そうですな。失礼しました。ただ、やはり言っておく必要があるような気はしますが。アレを成功させたということは、アレの練習をしていたということになりますからな。正直正気の沙汰とは思えません」


 まぁ、ですよねー。


 あの時は俺も、娘さん壊れちゃった? みたいな気分になりましたし。ただ、さすがにあんなのの練習はしてませんよ。娘さんも、練習の時はあくまで普通に戦うつもりでしたし。


「あ、あのー、私もそんな練習はさすがにしてないですよ?」


 ここで娘さんがおそるおそる自己弁護に出る。これが吉と出たのか凶と出たのか。クライゼさんの表情が途端に険しくなる。


「なんだと? 練習もせずにあんな行為に出たのか?」


「は、はい。そういうことになりますけど……」


「ドラゴンが下で拾ってくれる偶然を期待して、あんな蛮行に打って出たのか?」


 より一層正気を疑われている感じ。


 また怒られるのではないか? それを不安に思っている感じで娘さんは慌て始める。


「え、えーと、あの、確信があったんです! ノーラです、ノーラ! ノーラならきっと分かってくれるって! ノーラなら私の言葉を理解してくれるって!」


「……は?」


「き、きっと私の言葉を分かってくれてるって、そんな瞬間が何度もあって……ね? ね? ノーラ? もしかしたら、貴方私の言葉が分かるんじゃないの? そうだよね? ね?」


 娘さん、怒られたくないのは分かるけど、どうか止めてくだされ。クライゼさんが頭がおかしいヤツを見る目で貴女を見ております。俺としては娘さんがそんな目で見られるのは忍びないので、一切無視の姿勢を取らさせて頂きますが。つーん。


 進退極まった感じ。娘さんは半笑いでクライゼさんに向き直る。


「な、なーんて。全部冗談ですけど……あはははは」


「……よくは分からんが、貴殿はもう少し真剣に鍛錬に励むべきのようだな」


 相変わらずクライゼさんは手厳しかったが、とりあえずこの話は終わりのようだった。


「あー、よろしいか? 私としては、今回の件で当家の処遇がどうなるのかが気になるのだが」


 相変わらず青い顔をしている親父さんがひかえめに声を上げた。


 そうである。この一騎討ちが何のためにあったかと言えば、それはもちろん娘さんの正気の怪しさを宣伝するためにあったのではない。


 ラウ家の騎竜の任。娘さんがドラゴンに乗り続けることが出来るのか、俺たちドラゴンがラウ家に居続けることが出来るのか。それを決めるために行われたのであって。


 そして、この親父さんの疑問に答えられるのは、この人をおいて他にいないだろう。使者のおじさんは、親父さんに満面の笑みを向けた。


「ヒース・ラウ殿。その疑問は無用でしょう。ラウ家の騎手は一騎討ちにおいて、ハイゼ家の騎手に見事に競り勝ったのですから」


「ですが、私から見ても、あの結果は偶然によるものという感がぬぐえないのですが……」


「ははは。そこはハイゼ家の当主殿のお言葉の通りでしょう。確かに最後は偶然によるものと思えても、そこまでの激戦は決して偶然によって織りなされたものではありえません」


「そ、それでは?」


「我が身命にかけて断言しましょう。ラウ家から騎竜の任が剥奪(はくだつ)されることはありません」


 ……だよな。そうだよな。


 そうなるとは思っていた。それだけのことはしたと信じていた。


 だが、明言されるとそれは格別だった。


 脳を痺れさすような充実感と達成感。成し遂げたのだ。俺と娘さんは、諦めたはずのものを成し遂げることに成功したのだ。


 娘さんも感極まったような様子だった。この瞬間を噛みしめるように、じっとどこへでも無く宙に視線をさまよわせる。


「……そっか。本当……良かった」


 小さな呟きには静かな喜びがにじみ出ているようだった。


「サーシャ・ラウ殿」


 使者のおじさんは、喜びに打ち震える親父さんから娘さんへと視線を移した。娘さんは小さく頷きを返す。


「はい。何でしょうか?」


「貴女のことは、ハルベイユ候に言葉を尽くして伝えさせて頂きます。ここハルベイユ候領に素晴らしき騎手の新鋭が生まれでたようだと」


 娘さんは微笑みを返し、しかし何故か首を横にふった。


「私の実力など、伝えられるほどの価値はありません。ですから、伝えられるのならこう伝えて下さい。ハルベイユ候領にノーラという偉大な騎竜が生まれ出たと」


 娘さんの言葉に使者のおじさんは楽しそうに笑みをもらした。


「ははは。では伝えさせて頂きましょう。サーシャとノーラ。英傑への道を歩み始めたその騎手と騎竜の名を」

 

 娘さんは嬉しそうに頷き、ぽんと俺の首の裏を叩くのだった。


 ……ごめんなさい、ちょっと泣いちゃいそうです。


 嬉しくって、嬉しくって言葉も出ない。俺になんてそんな褒めてもらえるような価値はないのに……って、いかんいかんっ! これじゃ駄目なんだ、きっと。


 思ったのだ。娘さんはきっとこれからもっと進歩していく。それこそ英傑の道を歩んでいくに違いない。


 だから、自分が無価値だって、そんなことを考えている場合じゃないのだ。


 俺は絶対に娘さんの隣にいていたいから。


 がんばろう。これからも絶対がんばろう。


 金髪を揺らして微笑む娘さんに、俺はそんなことを誓うのだった。


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