第19話:俺と、思わぬ会談
結果として、ギュネイ家への攻勢は失敗となりました。
目的が、娘さんたちの救出ですからね。それが成し得なかった以上は、失敗とするしか無く。そこには落胆しかなくて。
ただ、成果が無かったかと言えば、まったくそうでは無いです。
思わぬ方々の命を救うことになった。
そういうことになるようですが、まさかこの人までがギュネイ家の屋敷にいらっしゃるとは思いませんでしたが。
「……ふーむ」
戦闘が一段落して、リャナス家の屋敷に撤退して。
で、前線基地と化した大広間です。
くだんの人物は椅子に腰をかけながら、うなり声をまじえつつ俺のことをじぃぃぃっと見つめてきているのでした。
「……やはり、手に入れておくべきだったかもしれんなぁ」
で、そんなことをおっしゃったりして。
えー、はい。
ハルベイユ候です。
十中八九以上に敵だろうと思っていた人なのですが、どうやらそうでは無いようで。なので、ここに味方としてお越し頂いたということなのですが。
まぁ、とにかくです。
俺が死ぬほど居心地が悪い思いをしているのはともかくとして、再び現状把握の時間になって頂きたいところでしたが。
娘さんたちがいらっしゃるはず。
そう思ったら、いらっしゃったのはハルベイユ領組の方々だった。しかも、屋敷に陣取って、ギュネイ家の軍勢と争ったりしていて。
なんでそんなことになっていたのか。
これがサッパリ理解が出来ないわけで。
「とにかく、我々の経緯から説明しましょうかな?」
この場には当然、親父さんにハイゼさんもいらっしゃるのですが、ハイゼさんがそんなことをおっしゃってくれたのでした。
で、リャナスお屋敷組の面々……アルベールさんにアレクシアさん、それにマルバスさんもこの場にいらっしゃるのですが。
代表して、マルバスさんが頷きを見せられました。
「是非ともお願いします。我々も何が何やらで」
ハイゼさんが頷きを返されてです。
早速、説明を始められました。
で、その説明されたところによりますと。
どうやら、ハルベイユ候に親父さん、ハイゼさんも、娘さんたちの奪還を狙っていたらしいのです。
で、払暁奇襲とでも言うのか。夜明けの最中を狙って、ギュネイ家の屋敷を急襲されて。
かなりのところ襲撃は上手くいったようなのです。
門扉を迅速に打ち破って、屋敷を陥れるところまでいって。
ただです。
屋敷には娘さんたちはいらっしゃったようなのですが。しかし、ギュネイ家の当主が卓越した判断をしたらしく。
「あっという間に逃げられましてなぁ」
苦笑いでハイゼさんは当時のことを思い起こされるのでした。
「父祖伝来の、手塩にかけて造り上げた屋敷ですからな。そう簡単に手放す判断は下せまいと思ったのですが、さすがはギュネイ殿。迅速に逃げの一手を打たれましてな」
娘さんたちを連れてです。
見事なまでの鮮やかな撤退を見せられたそうで。
結果として、屋敷を陥れたものの成果を得られることは無く。
逆に、屋敷に押し込められて、討ち取られそうになっていたと、そういうことのようで。
なるほどです。
経緯はよく理解出来ました。その後に、遅ればせながらに駆けつけたのが俺たちということで。
しかし……ふーむ。
俺はハルベイユ候を見返すのでした。
正直、この人のことが一番気になるというか、理解出来ないというか。
本当、絶対にギュネイ家側だと思っていたのですけどね。
俺が知る限りでも、カミールさんとハルベイユ候には因縁があって。
ハーゲンビルの戦で、裏切ったのかどうか。そこは分かりませんが、ハルベイユ候が俺を欲して、しかしカミールさんの影響力でそれを諦めてなんてことがあったり。
黒竜の事件の際にも、いちゃもんつけて犯人はアルバだなんて決めつけてきたものですが、カミールさんがアレクシアさんを派遣されて、それで目論見がご破産になったり。
少なくとも、カミールさんに好意は抱いていないだろう。
それがハルベイユ候に関する俺の印象なのですけど。でも、現実はこんな感じなんですよねぇ。
多分、この人もそれなりに不思議に思ってはおられるのでしょうけど。しかし、それはひとまずは脇に置いてということなのでしょう。マルバスさんが、ハルベイユ候に深々と頭を下げられました。
「リャナスの当主のために尽力して頂けたようで。当主に代わりまして、心より御礼申し上げます」
そう礼の言葉を述べられたのですが……実際に言葉にすると違和感が増すような。
尽力と言って、本当我が身を省みない尽力をされたようなのですが。
この人がカミールさんのためにねぇ。そこが何とも違和感全開で。
で、お礼を受けた当人でしたが、心底どうでも良さそうでした。
俺をしげしげと眺めたままで、気のない口調で返事をされます。
「お気にされるな。別に私は、カミール・リャナスのためなどに行動を起こしたつもりは無い」
マルバスさんが恩を過剰に背負わないように気を使おうとか。
そんな気配のまるで無い、絶対これ本心だよなって、そんな口ぶりでしたが。
俺は首をかしげるのでした。
いやでも、実際にこの人はカミールさんの救出のために動いたんですよね?
じゃあ目的は? って、そんな疑問しか浮かびませんが。
俺の疑問は、屋敷組の疑問でもあったらしく。アレクシアさんがたまらずと言った様子で声を上げられました。
「ではあの、何のためでしょうか? 旗下の勇士が囚えられているからでしょうか?」
娘さんとクライゼさんを救出するため。
その可能性をアレクシアさんは声に上げたわけですが。
「ふん。私の立場からすれば、そう言っておくべきかもしれんがな」
とのハルベイユ候の返答でして。
つまるところ違うって、そういう話でしょうか?
だとしたら何ですかね? 疑問しか浮かばない中で、今度はハルベイユ候から声を上げてきたのでした。
「あの、貴族風を吹かせたヤツが気に入らなかった。それだけの話だ」
少しばかり遠まわしな発言でしたが。
貴族風を吹かせたヤツ。
この人は、ギュネイ家の屋敷を攻めて、カミールさんを奪還しようとしていたわけで。その点から、くだんの人物の検討はつきますが。
「……私の親父殿のことですか?」
アルベールさんが、俺の胸中そのままの声を上げられて。
ハルベイユ候の口から出てきたのは肯定の言葉でした。
「そうなるな。あの見栄っ張りの小物のことだ」
そして、罵倒のおまけが付いてきましたが。
ふ、ふむ?
俺はハルベイユ候とギュネイ家の当主の仲はよく知りませんが。少なくとも、ハルベイユ候はギュネイ家の当主に良い感想を抱いていなかったみたいですね。
ただ、それは周囲からは意外なことだったらしく。
アルベールさんは大きく首を傾げておられました。
「正直あの……意外です。まさか、そこまで嫌っておられたとは。閣下は、親父殿とそれなりに親しい仲であったように思っていたのですが」
淡々と俺に興味を向けながらに応じていたハルベイユ候でしたが。ここで初めて感情の色を見せられたのでした。
「……ふん。確かに仲は悪くなかったな。だが、今回の件でほとほと愛想が尽きたわ。あやつめ、この私を、このような蛮行に関わらせようとしおって」
ハルベイユ候のシワの刻まれた顔にあるのは、明白な侮蔑の表情でした。
今回の件……ギュネイ一派による、リャナス一派への実力行使がハルベイユ候のギュネイ家の当主への心象を悪化させたようで。
それに対する何故って思いもありますが。
しかし、それよりも関わらせる? この言葉から察することが出来るのは。
「……誘いがあったのですか?」
俺が思わず声に出して。
ハルベイユ候は「ふーむ」と目を丸くされました。
「やはりしゃべるのだな。まったく、稀有な存在だな。ふむ」
え、えーと、俺が口を出したのは失敗だったような。ハルベイユ候の興味は、疑問の内容よりも、俺が言葉を発したということに向けられているようで。
しかしあの、皆さんが気にされているのは疑問の内容で、俺もまた気になっているので。な、なんとか軌道修正をば。
「え、えー、ハルベイユ候殿にギュネイ家の当主からの誘いがあったのか。それが是非お聞きしたいのですが……」
いぜんとしてハルベイユ候はしげしげと俺を見つめていましたが。その目には、わずかに不快の色が浮かんだようでした。
「それはまぁ、あったな。自分の見栄のために陛下の式典を台無しにしろと、バカげた誘いをして来よったが」
思うところは二つありました。
一つはカミールさんのハルベイユ候への寸評を思い出してのことです。王家に厚い忠誠心をもっていると、ハルベイユ候を評価されていましたが。
本当、その通りみたいですね。
式典を前にしての実力行使を、この人は蛮行と称されていたようで。これが一つ、ハルベイユ候がギュネイ家の当主になびかなかった理由なのでしょうね。
そして、思うところの二つ目です。
見栄。
ギュネイ家の当主を評して、ハルベイユ候は二回この言葉を使ってましたけど。
カミールさんが気に入らないから、この実力行使に至った。
アルベールさんはそうおっしゃっていましたが、ハルベイユ候の評価もそれに通じるところがあるような気がして。その点がちょっと気になったと言いますか。
そしてですが、ハルベイユ候は顔をわずかに紅潮させていました。どうにもギュネイ家への当主に穏やかならぬところがあるようなのですが、俺の問いかけが契機になって、それが燃え上がる結果になったようで。
「さも忠実な陛下の家臣であるようにふるまっておきながらな、結局コレだ。結局、自分の身が可愛いだけだ。王国第一のカミール・リャナスを排除して、自分がその名誉に浴しようとするのみ。誰が、そのような小人に従えるものか」
その評価がどれほど正しいものかは分かりません。
しかし事実として、ハルベイユ候は王家への忠誠とギュネイ家の当主への不満があって、リャナス一派に与して頂いているようでして。
「いずれにしても、ありがたい限りでございます。改めて、ご助力に感謝します」
マルバスさんが再び頭を下げられるのでした。そして、ここでもハルベイユ候はどうでも良さそうに応じます。
「だから、気にする必要は無い。私はあくまで王家のためを思って行動している。ただ、一つ詫びておく必要はあるかもしれんな」
「お詫びでしょうか?」
「カミール・リャナスを救出することも、あの背信の輩の首の取ることにも失敗したからな。これからが難しいことになるだろう」
場に、暗い雰囲気が漂うのでした。
確かにそれはその……その通りであって。
居場所すら分からなくなったのでした。
娘さんたちのことです。今までは、少なくともギュネイ家の屋敷におられるのだろうと、それは分かっていたのですが。
今ではそれも分からなくなってしまって。ギュネイ家の当主が、娘さんたちを連れてどこへ撤退したのか。それは分からなくなっていて。
もちろん、これはハルベイユ候のせいではありません。
そもそも、俺たちは屋敷に引きこもって、娘さんたちの処刑を待つしか無いような状況だったので。
行動を起こしてくれたハルベイユ候を責めるようなことは、もちろん出来ないし、あり得ないのですが。しかし、現実としてはこうなっていて。
ハイゼさんが「いやはや」と申し訳無さそうに声を上げられます。
「せめて貴方方と協力することが出来れば結果は違ったのかも知れませんが。そこはまったく申し訳なく」
謝罪の言葉でしたが、マルバスさんは首を横にふられました。
「この屋敷は見張られていましたので。奇襲性を優先された結果でしょうから、もちろんそちらに非はございませんが……難しいことになりましたな」
顔をしかめざるを得ませんでした。
処刑までにいくらの猶予があるのか分からないのに。
しかし、今は娘さんたちの行方する分からなくて。
……どこにおられるのですかね。
娘さんは一体どこに。
そして、一体どうなっておられるのか。