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第16話:俺と、再会

「死ね!! この裏切り者が!!」


 それはアルベールさんへの叫びでした。


 これに対し、アルベールさんは俺を脇で支えながらです。


「はん、裏切者はどっちだ!! お前たちは本当にアルヴィル国民か!! 始祖竜を裏切るか!!」


 嘲笑の声を上げて。


 窮地にあって、思考の停止しかけていた俺ですが。さすがにこれには反応し得たのでした。


「邪魔をするなっ!! どけよ、人間っ!!」


 咄嗟に魔術の叫びを上げて。


 反応は劇的でした。


「ど、ドラゴンがしゃべった!? まさか、これが例の……」


 どうやら、俺の話はすでに伝わっているらしく。


 そして、始祖竜の伝説が、得物を手にする兵の殺意を削ぐことになったようで。


「はは。いい芝居っ気だ! よしっ!」


 これが、俺たちにとって起死回生の間になりました。


 慌てて体を起こし、動揺の激しい敵兵に襲いかかり。


 本当、どうなんだろうね、ラナ。


 アルベールさんが槍をふるって敵兵を血の海に沈め。俺もまた、魔術と尾をふるって、敵兵をなぎ倒し、中には倒れたっきり動かない兵士もいて。


 ……はは。本当、どうなんだろう。


 何をするにもだけどさ。


 俺の頭には娘さんのことがあって。どうしても会いたくって。あの笑顔にどうしても会いたくって。


「……くそ。しかし、良い気はしないなっ!!」


 アルベールさんはそんなことをおっしゃりながらに槍をふるわれるのですが。


 かつての仲間ですからね。


 この兵士たちはギュネイ家の家臣であり。それに槍を向けている現状は、アルベールさんにとって耐えがたいもののようですが。


 それでもアルベールさんは粛々と槍を振るわれるのでした。


 否定はされましたが、大儀ももちろんあるでしょう。


 そして、これは間違いなくですが、娘さんへの恋心というものがあるはずで。


 これに対してです。


 俺は負けられないなんて思っていて。


 娘さんへの思いでは負けてないなんて思って。それで奮起して戦場に立ち続けていて。前と同じような対抗心なんかを、ちょっと持ってたりしちゃっていて。


 ぶっちゃけね、分からないんだよね、ラナ。


 前世じゃ、好かれもしなければ、人を好きになることなんてなくて。だから、好きって感情があまり良く分かっていない感じがあって。


 それでも、きっとこれは親愛の情なんだろう。


 そう思って、俺は娘さんに接してきたわけだけど。実際どうなんだろうね?


 この、どうしても会いたいって気持ちは。


 どうしても失いたくないっていう気持ちは。


 俺を戦場に立たせ続ける、この胸中にあるものは。


 親愛の情なのか?


 きっとそうだと思います。


 でも、やっぱりね。娘さんのために必死に戦うアルベールさんと、自分が重なる部分がある気がして。


 本当、何なのか。


 分かりません。分かりませんが……やはり今はそれを考えている場合ではなくて。


「……やれるもんだな、ノーラ。俺たちが優位みたいだぞ」


 アルベールさんが俺の背で呟かれます。


 確かにその通りのようでした。


 俺たちの陽動が抜群の効果を上げたらしく。ふと見渡せば、マルバスさん率いる本隊は動揺するギュネイの兵士たちを優位に追い立てていて。


 となると次は……屋敷ですか。


 屋敷に目をやります。その大扉は、今は開け放たれていました。しかし、俺の視線に気づいたのか。兵士たちが慌てて中から扉を閉めてきて。


「……中にまで入り込まれていたのか?」


 アルベールさんもその様子を見ておられたらしく。懸念の呟きをもらされたのでした。


 小勢ながら、何とか屋敷を守り続けていたようでしたが。すでに門を突破されてしまったと、そういうことなのでしょうか? それで俺たちに攻め込まれてはたまらないと、扉を閉じることで防御としたということなのか。


 これは……マズイかもしれません。


 娘さんたちが再び人質とされてしまったのなら。その命をもって、俺たちに降伏を迫ってきたのなら。


 どうせ、おそらくは処刑されるのです。


 俺たちの選択に降伏などありえませんが、しかし、なかなか難しい事態になるのは間違いなく。まだ抵抗されておられるのであれば、何としてもその間に救い出す必要があるように思えますが。


「……よし、行くか」


 アルベールさんがそう決定されました。


 寡勢ながらにマルバスさんたちは優位な現状。


 ここを離れてでも、屋敷に攻勢をかけるべきと結論づけられたらしく。


 俺もまったく同意でした。


「えぇ、行きましょう」


 返事は手綱を通して来ました。


 屋敷へと。


 アルベールさんは俺を走らせて。


「風でこじ開けてくれ!!」


 承知しました。


 暴風をもってぶち開けろと。敵方がどれだけ固く防備しているかは分かりませんが、やってみせましょう。


 魔力を過剰なほどに練り、イメージは槍のように。


 迫ってくる大扉。


 足を止める指示は無く。俺は全力で駆けながら、目前に迫った大扉に、全力で風の大槍を放ちます。


 成果は十分。


 大扉は弾かれるように開け放たれます。


 そこには大きな高揚感があり。


 いよいよです。


 娘さんを救出する。俺が心の底から願った成果は目前に迫っていて。


「突っ込むぞっ!」


 アルベールさんが叫び。もはや、それ以外に選択肢は無く。


 開け放たれた大扉に突っ込みます。


 そして、


『へ?』


 思わず呟きます。


 時間が極限まで伸ばされたような感覚。


 扉をくぐった瞬間でした。


 横手から、一人の兵士が俺の首に飛びかかってきて。


 そこにある金色の髪の輝きが妙に印象に残りました。


 次いで、鋼の刀身の持つ鈍い輝きも。


 その兵士は俺の首を抱き込んで、間髪入れずに剣先を俺の喉元に突き入れようとしているようで。


 あ、死んだ。


 何の感慨も無く、俺はその事実を胸中で呟くのですが……え?


 感情が揺れました。


 夢にまで見た、澄んだ青色の瞳。


 凄絶な目つきでした。しかしその瞳は、まるで娘さんと同じようなキレイな輝きをもっていて……って、ちょ、ちょっと?


 これ、アレじゃん。


 この人、あの人じゃん。


「お、親父さんっ!?」


 切っ先が俺の喉を切り破ったところで、しかし致命傷にはほど遠いところで、俺の声はその相手に届いたらしく。


 空色の瞳、それを収めた眼が大きく見開かれて。


「の、ノーラっ!? お前かっ!?」


 その驚きの声は、俺が生まれてから今まで耳にし続けてきたものであり。


 まごうこと無き親父さんでした。


 血にまみれて、血の匂いを濃厚に漂わせる親父さんが、慌てて手にした長剣を引いていて。


「ぬ、ぬおっ! す、すまん。痛いな? すぐ手当するからな。う、うーむ。こんなところをサーリャに見られたら、私がこれまで通り父親でいられるかは怪しいところだが……い、いやっ!? な、なんだそれはっ!! しゃべったな? お前、しゃべったな、お前っ!?」


 親父さん、ド混乱でした。


 いやまぁ、俺もかなりド混乱でしたけど。


「お、お、親父さんですよね? あ、あのー……え?」


 会えてめちゃくちゃ嬉しくはあるのですが。


 しかし、あの、何でここに? ここには娘さんたちがいらっしゃるはずで。決して、親父さんたちがいらっしゃる予定は無かったのですが……


 俺はさらに驚くことになりました。


 ここは屋敷の玄関に当たるのですが。その奥から、またまた、俺のよく耳にした声が響いてきて。


「……ふーむ。何かあるとは思っていたが、まさか言葉を操るほどとはですな」


 感心の呟きをもらしながら現れたのは……ハイゼさん? そうハイゼさんで。見慣れぬ戦装束に身を包んだハイゼさんが、俺にほほえみかけてこられたのでした。


「久しぶりな気がするな、ノーラ。その様子では、元気だったようだな」


「え、えーと、はい。その、それなりに」


「はっはっは! それは良かったな、うむ」


 やっぱりと言いますか、俺が妙なドラゴンであることを、ほとんど確信されておられたようで。親父さんとは対照的に落ち着いたご様子でした。


 そのハイゼさんですが、俺の背中へと興味深げな視線を向けられまして。


「しかしな、ノーラ。その背中におられるギュネイ家の貴公子殿は、味方と思って良いものかな?」


 あっ、と。


 なるほどの疑問でした。


 親父さんにハイゼさんは、ギュネイ家の勢力と争っておられたようなので。当然リャナス一派であるのでしょうから、アルベールさんの存在はパッと見には敵に思えて仕方がないでしょうし。


「はい、味方と思って頂ければ」


 俺の返事に、アルベールさんが続かれるのでした。


「あー、はい。このアルベール・ギュネイ、故あってカミール閣下の陣営に与させて頂いておりますが……あの、閣下はこちらにおられないので?」


 そして、俺の知りたかったことを尋ねて頂いたのでした。


 そうです。何故、親父さんとハイゼさんがこちらにおられるのか。それも気になりますが、カミールさんはここにおられないのか? クライゼさんは? そして……娘さんは。そのことが、何よりも気になることなのです。


 ハイゼさんは不思議な苦笑を見せられました。


「やはり、そうでしたか。でしたら、一足遅かった……ということになりますかな」


 一足遅かった?


 俺は思わず尋ねかけます。


「それは、あの、どういう意味でしょうか?」


 ハイゼさんはすぐに答えられようとして。


 しかし、不意の来訪者がそれを押し止めることになり。


「……ふーむ。しゃべるドラゴンか、うーむ」


 それは、好奇心の滲んだしわがれた声音で。


 親父さんとハイゼさんに驚いたわけですが。今回もまた、俺は驚くことになりました。


 ぶっちゃけ、二百パーセントぐらい敵だと思っていたのですが。


 屋敷の奥からです。人の手を借りながら歩いてきたのは、重そうに外套を引きずる白髪の老人で……紛れもなく、ハルベイユ候その人でした。



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