第15話:俺と、白兵戦
どうしても考えてしまうことがありました。
どうにもラナに嘘つきなんて呼ばれたことが響いているようで。どうしても考えてしまうのです。
自分は、娘さんについてどう思っているのか?
もちろんです。
もちろん俺は、娘さんのことをドラゴンとして、信頼し、尊敬し、そして好意を抱いている。
これに間違いは無くて。
だからこそ俺は、娘さんの救出に尽力している。
それで間違いなくて。
しかし……嘘つき。
その言葉が妙に頭に残っていますが……うん。
やはり考えるべきことではないでしょう。
思考を割くべきことは他にあって。
現状はそれを許す状況では無くて。
「……やはり戦闘みたいだな」
俺の背のアルベールさんが呟かれます。
俺の姿は空にありました。アルベールさんを乗せて、空の高い所を旋回していて。
眼下には、ギュネイ家の屋敷がありました。
行動は迅速に行われたのでした。地上の部隊と歩調を合わせてここまで来たのです。そして、いよいよ眼下にすることになって。
立派な屋敷でした。
リャナス家のものに負けないぐらいに、豪奢で広くて。
その、そこかしこから煙が上がっているのです。そして周囲では、少なくとも数百の規模で兵士たちがそれぞれの集団を作っていて。そのそれぞれが、屋敷に攻勢をかけているようで。
これは……どういう状況なのでしょうか?
ギュネイ家の屋敷が攻められている。一言で言えば、そんな状況なのですが。
明らかに寄せ手の方が多勢で。
守り手は、屋敷の窓から必死に矢を射掛けているような状況で。
ギュネイ一派とリャナス一派の現状を考えるとです。あの小勢の守り手が、ギュネイ一派の兵士たちだとは考えにくいのですが。しかし、屋敷にいるのは間違いなく小勢の方で。
「攻め手はどこのということになるでしょうか?」
風切り音に負けないように、大きめの声を作ります。
アルベールさんはすぐさまに応じてくれました。
「ウチだっ! ウチの手勢だっ! どうにも攻め手はギュネイの手勢のようだが……守勢はどうなんだ? 俺の他に裏切り者でも出たのか? 裏切り者が出て、カミール閣下たちと立てこもっている。その可能性はあるかもしれないが……」
アルベールさんにも、状況は理解しがたいものだったようです。しかし、ともあれです。
あそこに娘さんがおられるのです。
一体どうなるかと思いましたが。小勢で何ら手は無く。処刑されるまでに何も出来ないのではないか。そう恐怖すらしましたが。
あそこにおられるのです。
手の届くところに。
俺の頑張り次第で、事態がなんとかなる状況にあるのです。
「燃えてきたかい?」
何かしら察するところがあったのか。
アルベールさんが、茶目っ気たっぷりにそんなことをおっしゃってきて。
「もちろんです」
そう返すと、アルベールさんは楽しそうに笑い声を上げられました。
「あははは! そうか、俺もだよ。じゃあ、そろそろ行くとしようか。戦場の先駆けだ」
はい。では、行くとしましょうか。
娘さんのドラゴンとして、娘さんを助けるために。
屋敷の上空では、俺の他に二体の騎竜が旋回を続けていました。
屋敷における出入りを監視しているのか。カミールさんたちが密かに逃げ出すことを警戒しているのか。それは分かりませんが、今までは俺たちのことを遠巻きに警戒するのみでした。
しかし、今はそれどころでは無いようです。
慌てた様子で、釣り槍を俺たちの方向に指し示していて。地上に、何事か伝えようとしていて。
まぁ、珍しいことでしょうからね。
一対の騎手に騎竜が地上に突貫しようとしている。その状況に際して、迎撃の手はずを整えるように伝達をしているのでしょう。
ということで、突貫でした。
「さぁて、かき乱すぞ!! ノーラの力、ここで見せてくれよっ!!」
アルベールさんの叫びに、俺は見えずとも頷きを見せます。
それが狙いでした。
地上の敵勢を可能な限り混乱させる。これが地上の味方の援護にもなれば、屋敷にいるだろう娘さんたちが屋敷を抜け出すきっかけにもなるかもで。
よし、です。
兵士たちを相手にした戦闘なんてまるで経験はありませんが。
やってやりましょう。やれるはずです。娘さんのためなのですから。俺だったら、きっとやり遂げることが出来るはずでした。
上空からの騎竜を見とがめて、進んで前に出てくる人影がありました。見た目は重武装の兵士の一人ですが、おそらくは魔術師。ドラゴンを迎撃するために、魔術を行使するつもりなのでしょう。
いたって好都合。
普通であれば、魔術師によってドラゴンは十分に撃退することが出来るのでしょうが。
俺は違います。
連中の度肝を抜いてやるにはちょうど良い機会となるわけで。
「頼むぞ、ノーラっ!!」
それはもちろん。
娘さんのため。やってやるとしましょうか。
旋回をしながら、緩い入射角で地上で目指します。敵勢は、こちらが着陸するものと見て、着陸のスキを狙って攻勢をかけてくるようですが……さて。
アルベールさんの手綱の指示に従って、前足がギュネイ家の芝生を捉えます。
そして、俺は勢いを殺さなければならず。着陸の勢いそのままに駆けることを余儀なくされ、それが相手にとっては格好のスキになり。
紅蓮が膨れ上がります。
勢いを殺すのに精一杯で俺はよけることは叶わず。寸刻で俺とアルベールさんは火炎に沈むことになる。それがあちらさんの予定だったのでしょうが。
そうは問屋がおろさないわけで。
すでに俺は魔力を練っています。心の準備も十分。黒竜と対峙した時のことを思えば、この程度に怖気つく必要も無く。
魔術を行使。
難なく紅蓮を吹き飛ばし、居並ぶ兵士たちの表情に驚愕を刻んだところで……
開戦です。
トンと俺の脇を槍の穂先が叩きます。釣り槍の穂先では無く、人を貫くための両刃の穂先が。
「よし、いくかっ!!」
アルベールさんが叫んで、俺の士気も上がって。
さて、娘さんのために蹴散らしてやるとしますか。
そう俺が思う中、アルベールさんは長槍をひるがえすのでした。
俺を手綱で御しながらに、片手で長槍を扱って。そして、手近な兵の首元に穂先を勢いよく突き出して。
鮮血が舞って。
アルベールさんほどの若さの兵士が、苦悶の叫びと共に虚空を掴んで倒れて。
……え?
正気に戻ったような気分でした。
ただただ唖然としてしまいました。
こんなもの知らない。まったくもって、そんな心地で。
「幸先良いな。次に行くぞ、ノーラっ!」
俺はアルベールさんに御されるがままに、敵の動揺につけ込むために突進をするのですが……敵。いや、あの、そうなんだけどさ。
俺はバカだったのかもしれません。
戦争は知っているつもりでした。騎竜としては、一応知っているつもりでした。ハーゲンビルで経験して、だから何とかなるだろう。そう思っていました。
しかし、実際に経験する白兵戦は……これは……えーと……
本当、何なんだ、これ?
アルベールさんが長槍を振るうたびに血煙が上がって。悲鳴がこだまして。憎悪の声が、視線が、俺を射抜いてきて。
怖い。
そうとしか思えなくて。
「ノーラっ!!」
ハッとしました。
アルベールさんの叫びの意味は分かりました。
弓兵がズラリとして、俺たちに弓を向けてきていて。俺たちを射殺そうとしていて。
喉がひきつるような感覚がありました。もちろん恐怖によるものです。よく考えればです。ドラゴンである俺は無縁であれたのです。空中戦でも、敵が敵意を向けてくるのは騎手に対してであって。
黒竜からは殺意に似たものを受けたことはあったけどさ。でも人間からは、俺は敵意なり、殺意なりを受けずにすんできたのであって。
とにかく、殺されるわけにはいかず。
ドラゴンの適正は、恐怖があっても魔術の行使を実現してくれました。
弓兵をまとめて風圧で吹き飛ばし、一難をやり過ごし。しかし、
『……っ!?』
恐怖の声を上げてしまいました。
後ろ足に鋭い衝撃があったのです。うろこの上からの衝撃。反射的に振り返ると、そこでは兵士の一人が俺の足に長剣を振り下ろしていて。
「死ねっ!! この異常なドラゴンがっ!!」
呪いを叫んで。
再び俺の足を斬りつけようとしてきますが、瞬間でした。長槍がその兵士の頭を横なぎに吹き飛ばします。
「悪いっ!! 次は注意するっ!!」
アルベールさんが謝罪の言葉を叫ばれましたが、俺の頭にはまったくなじんでこなくて。
死ねって。
死ねって、俺にだよね? 俺が言われたんだよね?
いや、前世で言われたことあるけどさ。親にも同級生にも同期にも。言われたことはあるけどさ。
でも、これってガチだよね?
本気でさ、本気で俺を殺そうとしてるんだよね?
『……はは』
思わず笑い声がもれます。
泣きたくなって、それが不思議な笑い声となります。
帰りたい。
もう帰りたい。
俺が甘かった。完全に甘かった。
周りは敵だらけで。人間だらけで。それが恐ろしい顔をして、殺意を言葉にして、行動に移してきていて。
人間からの殺意は格別で。
俺はもう逃げ出したくってたまらなくて。
しかし……今は、
「とにかく暴れるぞっ! それが他の連中の助けになるっ!」
……そうですね。そのために、こうして俺は戦場に出ているので。
視界に妙な呼吸をする兵士を見つけました。
おそらくは魔術師。魔術を行使するために、独自の集中法を実践しているのでしょうが。
こちらの邪魔はさせない。
瞬時に魔力とイメージを練り上げ。
暴風をなして、その魔術師と周囲の兵士たちを地に這いずらせます。
「いいぞっ!!」
アルベールさんは俺を走らせます。
それは這いずった兵士たちに追撃をかけるために違いなく。
戦闘は続きます。
人の死を望んで、死を求められて。それをただただ繰り返して。
なんでこんなことをやってるんだろう?
不意にそんな疑問が襲ってきましたが、そんなことは決まっていました。
娘さんのためです。
娘さんのため、本当、ただただ娘さんのため。
もう娘さんのことしか頭にはありませんでした。
無性に恋しかったです。
血煙の中を駆けながら、妙に娘さんが恋しくて。
ラウ家の放牧地で、俺が背もたれになりながら、娘さんが静かに繕いものなんかされて。
寒い竜舎で、絵本を開きながらに俺に文字を教えたりなんてされて。
最も一緒に時間を過ごしていた頃でしょうか。
その時のことが何ともなしに思い出されて。
……どうなんだろうね、ラナ。
『……っ!!』
俺はうめき声を上げて、よろめくのでした。
地上において、ドラゴンの柔らかい腹側を狙うのはそこまで難しい話では無く。
兵士たちの長槍が俺の脇腹を突いてきたのでした。
穂先はすんでのところで俺の脇腹をかすめるにとどまって。しかし、俺はバランスを崩して、地に倒れることになって。
背中から倒れるようなことは避けられましたが、崩れ落ちることになり。これは……マズイ。
これを好機と兵士たちが四方から殺到してきて。
俺たちを殺そうと得物をふりかざしてきていて。