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第14話:俺と、好機

 なんか、ラナから妙なイチャモンを受けましたが、それはひとまず忘れることにします。


 動きがあった。


 アルベールさんが緊迫の声音で俺にそう叫んできて。


 具体的に何が動いたのか。それは分からずとも、間違いなく娘さんに関連した話に違いないのです。


 アルベールさんに続いて、俺は急いで屋敷の大広間に足を踏み入れます。そこでは、マルバスさんとアレクシアさんが、こちらも緊迫の表情で俺たちを迎えられました。


「何があったんですか?」


 俺が疑問の声を上げますと、アレクシアさんが緊張の表情で答えてくれました。


「煙が上がっているのです。ギュネイ家の屋敷からですが」


 煙?


 煙が上がっている。その意味するところは……失火? 火事? などと、この状況では思うべきことでは無く。


「……戦闘ですか?」


 ある意味で、この王都は内乱状態にあり。


 だとしたら煙というのは、そこに関係するだろうという発想にしかならないのですが。


 マルバスさんは静かに頷きを見せられます。


「おそらくは。斥候を出して確認しているところですが、騎竜の姿が確認出来ますので。ある程度の規模の戦闘が行われていることかと」


 まだ確定はしていないようなのですが。


 しかし、戦闘ですか。娘さんや、カミールさんたちのおられるだろうギュネイ家の屋敷での戦闘。


 正直、どんな感想と理解を抱けばいいのか分かりませんでした。


 ちょっとぐちゃぐちゃしています。


 火の手が出ているということもあり、娘さんたちが心配だというのはあり。一方で、戦闘ということもあり。ギュネイ一派が一体どこの誰と戦っているのか? そんな疑問もあり。


 そして、これはチャンスではないか?


 そんな思いも確かにあり。


 いや、それが一番大きかったかもしれません。この一夜をまんじりともせずに過ごすことになって。


 急く気持ちは、正直俺の中でかなり膨れ上がっていますから。


「打って出ますか?」


 声にして尋ねかけます。


 それに対して、アルベールさんが鋭い目をして応えられました。


「話が早くて助かる。まだギュネイ家がどの勢力と争っているかは分からないけど、俺たちはこれを絶好機と見ていてね」


 だから、打って出る。そんな、俺にとってありがたい話のようですが。


 さてです。


 にわかに鼓動が早まる感覚がありました。チャンスが来たのです。娘さんを救出するチャンスが。胸が熱くなる感覚があって、しかしだからこそ冷静になろうとする自分がいて。


 ドラゴンに過ぎない俺が、何故この場に慌てて呼ばれたのか?


 そのことが不意に疑問として俺の胸に去来しました。そして、すぐに答えも得られて。


「……他のドラゴンたちですか?」


 その問いかけに、今回もアルベールさんが苦笑で応えられました。


「本当に話が早いな。そういうこと。アレクシア殿がさ、ノーラなら他のドラゴンたちに協力を仰げるって話をされたから」


 アルベールさんを引き継いでです。


 アレクシアさんが真剣な目を俺に向けて来られまして。


「アルバにラナはどうでしょうか? 戦力が足りないのです。可能でしたら、是非とも協力をお願いしたいのですが」


 案の定でした。


 人と意思を疎通し、当然ドラゴンとも会話の出来るドラゴン。俺のそんな価値が今求められているようでした。


 そして、タイミングとしてはちょうどでした。ラナはともかくとして、アルバとサーバスさんは協力を約束してくれていて。


 今がその時なのでしょうか? 協力を求めるタイミングなのか? そんな気はして、しかし……うーむ。


「相手の騎手と……騎竜と戦うのですか?」


 ちょっと懸念があって尋ねます。


 アレクシアさんはマルバスさんをうかがわれるのでした。おそらく自分が戦闘についての門外漢ということで、返答をお願いされたのだと思いますが。


 マルバスさんは首を横にふられました。


「いえ、騎手もいるようですが、こちらには魔術師がそれなりにおりまして。おそらく騎手は脅威になり得ないでしょう。近寄ってくるようであれば、まず間違いなく撃墜出来ます」


「となりますと……」


「昨日、ノーラ殿はギュネイ家の手勢を蹴散らされましたが。私が期待するのは、そのような働きになります」


 懸念はズバリでした。


 こちらは小勢。そして相手は大勢。


 その隙間を埋めるような働きを期待されているのではという推測があり、実際その通りでしたが……うーん。


「それは少し難しい……いや、無理です。出来ません」


 悠長にしていられる時間は無さそうなので。


 普段の俺らしくは無いのですが、ここは言葉を濁すことなく、断定をさせて頂きました。


「無理でしょうか?」


 マルバスさんの口調には少し落胆の色がにじんでいました。しかし、ここは顔色をうかがって、言を左右ににするわけにはいかないので。俺は申し訳ないですが頷きを返します。


「無理です。単身で人間を襲うようなことはとても無理です。ドラゴンは人間の命令が無いと動きません。単身で襲えと言われても、戸惑う以上のことは出来ません」


 俺の知っているドラゴンはそういうものです。


 アルバにラナに、サーバスさん。あの人たちは、どうにも他のドラゴンとは違うようですが、その点については変わらないはずであり。


「ですが、ラナはどうです? 異界では悠々と、自在に単身で飛んでいましたが?」


 異界でのことを思い出されて、アレクシアさんがそう尋ねかけてこられましたが。俺はすぐさま首を横に振ります。


「ラナはちょっと特殊ですけど、無理です。ラナはドラゴンとの争いに慣れていて、だから黒竜を相手に出来ただけで。単体の人間を相手にとなれば、話は別です。きっと戸惑うしか出来ません」


 俺と遊び慣れていたからこその芸当なわけで。人間相手はまず無理だと思われるのでした。


 アルベールさんは腕組みで悩ましげにうなられます。


「ふーむ。そうなると、戦力の上積みは難しいか。魔術師を含めて腕自慢の連中は揃っているけど。厳しい戦いになりそうだね」


 それこそ厳しい見通しを口にされました。


 そうですね。最初から寡勢であることは分かっていましたし。ただ、


「……俺はいけます」


 注目が集まって。


 決意表明に近かったかもしれません。俺が見返したのはアルベールさんでした。俺と同じ決意を抱いているはずの人。その彼に、俺は声を作ります。


「対人戦なんて経験はありませんが。それでもアルバたちの分まで俺は役立ってみせるつもりです」


 本当に、対人戦なんて昨日が初めてで。


 それに対する不安はありますが、それ以上に意気込みはあって。


 娘さんを救出するため。


 そのために全力を尽くす気概は持っているつもりでした。


 アルベールさんは訳知り顔でニヤリと笑みを浮かべられました。。


「なるほど。そりゃ頼もしい。ただ、やっぱりノーラは対人戦の経験は無いんだよね?」


 この質問にどんな意味があるのか。


 にわかに察することは出来ませんでしたが、俺はとにかく応じます。


「えぇ、まぁ。私は騎竜ですので。空中戦の経験しか」


「だよね。だったらさ、俺を背中に乗せてみるのはどうかな?」


 え? と思ってしまいまして。


 ちょっと不意を突かれたと言いますか。アルベールさんを背に乗せる。思ってもみなかったことですが、確かに俺には対人戦の経験は無くて。実際昨日は背後のことまで考えられなくて、ラナに助けてもらうことになって。


 戦慣れした人が背中にいれば、それは非常に助かりますが……しかし、うーん?


「アルベール様。戦力が足りないと、そのような話をしているところなのですが」


 マルバスさんが少しばかりの困り顔でした。


 納得の表情でした。今は、どう戦力を上積みするかという話をしていたので。俺がせっかく単身で動けるのですから、アルベールさんが俺にかかずらうのはちょっともったいない話のような気はしましたが。


 しかし、そんなことをアルベールさんは当然承知していたらしく。笑みでマルバスさんに応じられました。


「ははは。その通りではあります。ただ、私がついていれば、始祖竜としてのノーラを有効に利用出来るかなと思いまして」


「ふむ?」


「数の有利をくつがえすには、色々と小手先の策を試行する必要があるかと俺は思うのです。任せて下さい。俺とノーラであれば、一人と一体で百人分ぐらいの働きは成し得るかと思います」


 昨夜です。


 アルベールさんは、俺を始祖竜として使い潰すといった旨の発言をされていましたが。


 今回をその機会にしようというアルベールさんの意見のようでした。ふーむ、確かに。数の劣勢を覆すには、単純にぶつかるのはおそらく下策で。色々と策をろうする必要はあるのでしょうが。


 マルバスさんは迷われているようでした。


 五十人と戦力としては極めて小勢で。その状況で、わざわざ俺とアルベールさんを組み合わせる必要があるのかどうか。そこが答えの出ない懸案になっているようですか。


 そんなマルバスさんを尻目にです。


 アルベールさんは俺に笑いかけてきて。


「なぁ、ノーラ? 俺は大いに意味があると思うけど。君はどう思う?」


 ひょうひょうとしているように見えて、その目は笑っていませんでした。


 アルベールさんはそれが最適だと確信されているようでした。その上で、今すぐにでも打って出るつもりがある。そんな意欲なのか、ギラギラとした光がその目つきにはあって。


 俺には分かりませんでした。


 果たして、俺とアルベールさんが組むのが、この状況で最適なのかどうか。それは分かりません。ただ……なんでしょうかね。


 不思議な確信があるのでした。


 アルベールさんとだったら上手くいく。上手く成果を上げることが出来る。娘さんを救出するために、有意な働きが出来る。そんな確信があって。


 なんでしょうね?


 確証なんてものはありません。ただ、心からそう思えるのであって。


 同志だなんて、そう思ってしまっているようで。


 同志だから信頼出来る。同志であって、お互い必ず全力を尽くすだろうことが確信出来る。そんなことを思っているようで。


 娘さんに好意を抱く、同じ同志として。


「……私もそう思います」


 俺の返答はこうなりました。


 アルベールさんは目をぎらつかせながらに、俺に頷きを見せてこられました。俺もまた頷きを返します。


 もちろんです。


 俺とアルベールさんでは、同じ好きでもその意味は大きく違いますけどね。


 とにかく同志として。


 俺はアルベールさんと戦場を共にしたいと思ったのです。ドラゴンとして娘さんを好きなドラゴンとして。


 ……不意にです。何故か、ラナの表情が脳裏に浮かんできましたが。


 嘘つき、と。


 そんな言葉を、ラナはにらみつけるようにして俺にぶつけてきましたが。


 えーと、あー。これはまったく無駄な思考ですよね。


 娘さんを助ける。


 これが重要なことで。ラナのすっとんきょんな言葉になんて、思考を割いている時間は無いわけで。


 結局です。


 俺の同意を受けて、マルバスさんは了承をされたのでした。


 俺はアルベールさんと組んで、騎竜として戦場に出ることになったのです。


 


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