第12話:俺と、アルベールさんの誓い
確かです。ざっくり言えば、この方はこの国の未来を憂いてギュネイ一門を裏切られたはずなのですが。
「……大義ではないのですか?」
アルベールさんは苦笑で首を横にふられて。
「まさか。俺はそこまで出来た人間じゃないよ。そりゃ貴族として一応考えてはいるけどさ。この国の未来をそこまで身近なものとして考えるのは無理かな」
そんなことをおっしゃられましたが、うーむ。なんでしょう、この親近感。前世の俺がずばりそんな感じでしたが。選挙には一応行くけどみたいな。国だなんだは、遠い世界の話としてしか受け取れなくて。
まぁ、真面目で優秀なこの人のことですから。口にされたほどには、実際に国のことを考えていないわけではないのでしょうけど。
しかしはて、大義で動いたわけではないと?
先ほどに大広間で聞いたものとは真逆ですが。大義では無い、公のものでは無い。そうなると、理由は私的なものになりますが、ふーむ、これはまさか?
「サーリャ殿のため……つまり君と同じってわけだ」
アルベールさんはどこかいたずらっぽくほほえんでおられましたが、あー、やっぱりでしたね。
この人が娘さんに恋心を抱いていることは、すでに俺自身で耳にしていたことですし。公以外の理由としては、これしか思いつくことはありませんでしたが。
恋する貴公子さんは「ははは」と何やら愉快そうに笑い声を上げられました。
「ノーラがさ、同じ目的であってくれて嬉しいよ。こんなの、俺についてくれた連中には言えないし、マルバス殿やアレクシア殿にもね。そんな浮ついた理由で裏切るヤツがいるかって信用されなかったかもしれないし」
アルベールさんのちょっと嬉しいの内訳はこうだったようですが……ま、まぁ、そうねー。裏切ったのは恋のためですっ! って、ちょっとあー、ねー?
ヤバいヤツ扱いは免れないような気はします。で、同じ目的を持つ俺にだったら、素直に聞いてもらえると思われたと? い、いやぁ? その認識はどうかと思いますが。やっぱ恋のために裏切ったって、なかなか、こう、ねぇ?
でも、そうなんだろうね。この人はきっとね。
「昨日だったよね? 俺がサーリャ殿についてアレコレ君に伝えたのは」
そうでしたねー。いや、本当にそうで。あー、俺の実態がバレないことが前提だったので、そしらぬ顔をして耳にさせて頂きましたが……い、一応謝った方が良いですかね?
「す、すいません。無反応に耳にしてしまいまして」
「いやいや。俺が勝手に話しただけだし。ノーラが気にすることじゃないって。でも、知ってるだろ? 俺がサーリャ殿をどう思ってるかってことだけどさ」
それはもちろん。
全て聞かせてもらいました。今では遠い思い出のような感じですが、妙な敗北感を味わったりもして。まぁ、そんなことは今は心底どうでも良い話ですが。
俺が頷きを見せますと、アルベールさんは笑みままで頷きを返されて。
「とにかく、あの通りだから。俺はサーリャ殿にあんな感じの思いを抱いていて……あの人は多分裏切らないと思ったからさ」
にわかにアルベールさんは表情を暗く陰らせたのでした。
そこにある思いは当然理解出来ます。そうですね。正直俺も、裏切ってくれればと、そう思うのですが。
「カミール閣下が処刑されるってなってさ。あの人が裏切ってくれるとは思えなくって。裏切ってくれれば、俺が何とか出来たかもしれなかったんだけど」
「ギュネイ一門の人間としてですか?」
「そういうこと。親父殿は気に入らなくても、一応期待されている俺が頼めばさ。それで何とかなったかもしれない。でもまぁ……」
「無い……でしょうね」
娘さんが裏切ることは。
多分ですけどね。そんな気がします。
「だから、ギュネイ一門を裏切られたんですか?」
この質問に、アルベールさんは苦笑いを浮かべられるのでした。
「はは。そうなっちゃったよなぁ。我ながら若いって言うか何と言うか。そりゃカミール閣下のことも好きだけど、勝ち馬に乗った一門を裏切って、死に体のリャナス家に与することになって……だからこそ、俺は今回のことを後悔するような結末にするつもりは無いけどね」
そう言い切ったこの方の表情は、どこか冷酷に冴え冴えとしていました。
「本題だけどさ。ここに来たのは、ノーラに俺の覚悟を聞いてもらおうと思ったからでね。自分に誓いを立てる意味で」
「誓い……ですか?」
「そう、誓い。俺はね、助け出すよ。カミール閣下も、そしてもちろんサーリャ殿もね。そのためには何でも利用してみせる。今までに培った実力も人脈も何もかもね。それに……始祖竜の生き写し。君のことも、もちろんね」
少しばかり驚きました。
静謐な誓いの言葉に、急に俺の存在が出てきて。
アルベールさんは淡々と俺の目を見て話されます。
「ちょうど良いから伝えさせてもらうよ。君とサーリャ殿は、何らかの意図を持って、君のその特異性を隠していたんだと思うけど。俺は利用させてもらうよ。始祖竜の生き写しということは、それだけ力を持ちうると俺は思っているから」
俺を利用する。
そのこと自体に思うところは正直ありませんでした。この状況で、俺だって全てを利用して娘さんを助け出すつもりですし。
ただ、始祖竜。
何度も聞いたような気はしますが。俺に利用価値を与えているらしいそのワードには、一体どんな意味があるのか?
「始祖竜とは、一体何なのですか?」
この問いかけに、アルベールさんは「あぁ」と苦笑を浮かべられました。
「そっか。アルヴィル王国の人間だったら常識なんだけど、ドラゴンだからね。普通は子守唄代わりによく聞いたりするんだけど」
「さすがに子守唄の経験は……」
「はは。だろうね。おとぎ話さ。この国の建国神話でもある。ドラゴンが、この国の開祖殿を助けてくれたって話」
今度は、俺が「あぁ」でした。
そのことでしたら、すでに耳にしたことがありますね。
「人間がドラゴンになって助けてくれた話ですか?」
「そうそう。なんだ、ノーラは知ってたじゃないか。それだよ。そのドラゴンが始祖竜だ。始祖竜ソームベル。言葉を操り、開祖殿を助け、この国の基盤を作り上げたドラゴン……まるでノーラのようなね、そんなドラゴンだ」
なるほどでした。
色々と腑に落ちたような気がしました。
何故、竜舎にてマルバスさんたちが、俺に畏怖の眼差しを向けておられたのか。アルベールさんが俺に利用価値を見出しておられるのか。
全ては、その始祖竜……ソームベルさんとやらがあっての話でしたか。
「確かにそれなら、私はけっこう利用出来そうですね」
「そういうこと。リャナス一門には始祖竜の加護がある。そう喧伝出来るわけだから。利用価値は大いにある」
「なるほど」
「まぁ、君とサーリャ殿には悪いだろうけどさ。そんなことは、おそらく君たちの本意では無いだろうから。隠し通していたみたいだしね。でも……俺は使うつもりだから。そのことは、一応君に断っておくよ」
俺が否と言っても、それを曲げて押し通す。
アルベールさんの瞳には、そのぐらいの意思と迫力がありました。
ただまぁ、うん。
そんな決意はさらさら必要無いわけでして。
「……俺も、同じですよ」
少しばかり敬語が崩れてしまいましたが。
構うことはありません。胸にあるものを俺もぶつけさせて頂きます。俺もまた誓いとして、聞いてもらいたいものが確かにあるんです。
「俺も、同じです。使えるものは全て使って娘さんを助けるつもりです。俺に利用価値があるのなら、存分に使い潰して下さい」
アルベールさんの顔に笑顔はありませんでした。
ただただ誠実で真摯な目をされて、頷きを見せてくれました。
「分かった。存分に使い潰させてもらう。ただ、もちろんそれは俺自身も同じだ。このアルベール・ギュネイも、身命を賭してこの気に臨ませてもらおう」
お互いに決意を確認し合うことになったのでした。
頼もしい、と。
俺は正直にそんなことを思うのでした。
「しかし、アレだね。君も、よっぽどサーリャ殿のことが好きなんだね?」
急にでした。アルベールさんの真剣な雰囲気はボロリと剥がれ落ちて。そして、気さくな笑顔でそんなことを尋ねてこられましたが。
少しばかり動揺しました。
ここ数日聞き馴染みのある単語でして。しかし、こんなところで耳にするとは想定しておらず。
「い、いえまぁ、騎竜としてもちろんサーリャさんのことは好きですけど」
「ははは? そりゃそうか。しかしまぁ、俺も大概ベタぼれしてるつもりだけどさ。それでもノーラにはちょっと負けるような気がするけどね」
アルベールさんは愉快そうにそうおっしゃいましたが……惚れた腫れたで栄達の道を蹴飛ばした人には、ちょっと勝てそうに無い気はしますけどねぇ、はい。
しかし……うん。
俺はもちろん、娘さんのことをドラゴンとして好いている。それ以上でもそれ以下でも無いのですが。
アルベールさんの胸中にある熱いもの。
それと似たようなものは、確かに俺にもあるような気がするのでした。