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第11話:俺と、夜闇の中で

 カミール家の屋敷に、夜の帳が下りました。


 現象としては、ここに来てから俺が何度も経験したことです。ただ、俺の目に映るものは、今までとは断然に違っていて。


 警備の問題があって、ドラゴンたちは中庭に集められているのですが。


 俺の姿もその中にありまして。ラナにアルバにサーバスさん、そして他のドラゴンたち。彼らの寝息が響く中、俺は屋敷の様子に目を向けていました。


 煌々と松明の光に照らされています。


 これもまた警備の問題でした。


 闇夜の侵入者を防ぐために、火が盛大にたかれているのです。中庭からうかがうことは出来ないのですが、外向きの窓やら尖塔には兵がひかえて、寝ずの番に精を出しているはずでした。


 異常事態なのです。


 戦時下と言っても良いかもしれません。


 ギュネイ一門一派と、リャナス一門一派との争い。それが、この王都……セヴィラだっけ? そう、この王都セヴィラで繰り広げられているのであって。


 そして……多分、あっちだよな。


 俺は中庭からうかがえる、夜空の一角に目を向けます。


 その方向は、この屋敷の明かりによるものでは無くて、どこかぼんやりと明るくなっていて。


 あちらの方向に、おそらくギュネイ家の屋敷があるのでしょう。


 火をくべて、あちらも侵入者を警戒しているはずで。


 カミールさんを……娘さんたちを確保しておくために、神経をする減らしているはずで。


『…………』


 思わずにらみつけてしまいます。


 囚われているのです。


 処刑するために。


 娘さんたちは、処刑されるためにギュネイ家の屋敷に囚われていて。


『……はぁ』


 俺は明かりの方向から目をそらします。


 処刑なんて、そんなこと俺が許すものか。


 そんな気概と決意は俺の胸にあります。ただ……俺にはそこまでの実力は無くて。


 結局、今日は何の動きもありませんでした。


 マルバスさんのおっしゃる通りに、向こうから攻めてくるようなことは無くて。そして、戦力差通りに、早急に奪還に動くことは叶わなくて。


 アレクシアさんなどは、本当忸怩たる思いを抱えておられるようでした。


 冷静にふるまわれていたあの方ですが。


 きっと、誰よりも娘さんの奪還に動きたかったはずで。もう身一つで動きたかっただろうはずで。


 しかし、現実はそれを許さなくて。


 そして、それは俺も一緒で。


 力が欲しい。


 生まれてこの方、そんなことを願ったのは初めてでした。


 ドラゴンとして分相応に。ただただ、娘さんの騎竜であれれば良い。そう思っていたものですが。


 力が欲しかったです。


 今すぐに娘さんを助け出せるような力が。騎竜を超えて、軍勢を圧倒出来るような力が。


 でも、俺にはそんな力は無くて。


 だから今、俺はこんなことをするのですが。


 短く息を吐きます。


 そして行うのは、魔力の造成と、その行使です。より速く、より強く。軍勢を圧倒するのに、十分なほどに。それを目指して、俺は魔術の鍛錬をしているのです。


 今さらだって分かっているんですけどね。


 魔術に適性があるドラゴンであったとしても、一朝一夕で上達するなんてそんなわけが無くて。


 それでも、俺にはこれぐらいしか出来なくて。だから、これをするしか無くて。


 他のドラゴンに迷惑はかけないようにですが、風を吹かせます。


 吹かせて、巻かせて、槍のように鋭く走らせて。


 とにかくでした。


 俺は娘さんを助けたいんです。


 助けたくて、しかし、この程度のことしか出来ず……


 焦燥もあり、それに伴う苛立ちもありで。


 八つ当たり気味にでした。


 ただただ強く激しく。


 そう風を唸らせようとして……俺は慌てて行使を停止しました。


「これはまた……激しかったな。鍛錬でしょうかね?」


 屋敷には、中庭に降りるための扉と階段がいくつもあるのですが。


 その中の一つからでした。


 アルベールさんです。中庭の松明の明かりに照らされながら、彼がこちらに下りてきていたのでした。

 

 あ、危なかったかもですね……


 少しばかりヒヤリしました。位置的にちょっとばかり。ちょっとばかり影響が出たかもでしたので。足を滑らせることを、強要する結果になっていたかもしれないで。慌てて魔術を取りやめて、これは正解だっったでしょうね、えぇ。


「え、えぇっとまぁ、そんなところです」


 問いかけに対しての返事をしつつ、俺はわずかに首をかしげるのでした。


 一体、何の用なのでしょうかね?


 中庭に何か用事があるのか、それとも俺への用事なのか。


 確かアルベールさんは、手勢の方々と共に、屋敷の警備の一端を担っておられたはずですが。その関係で、中庭に降りて来られたのかどうか。


「警備のご用事でしょうか?」


 今までだったら疑問は胸にしまうしか無い場合がほとんどだったのですけどね。もう、ためらう必要も無ければ、率直に尋ねかけます。


 アルベールさんは社交的な笑みを浮かべながらに首を横にふられます。


「いえいえ。今は休憩でして。この機会にノーラ殿とお話をさせて頂こうかと思ったわけです」


 えー、俺にご用事とのことで?


 お話とおっしゃいましたが、一体何を俺と話されたいのか、それはさっぱりでしたが……あー、やっぱり違和感があるよなぁ。


 別にあちらは気にしておられないかもしれませんが。俺としては気になるし、妙な居心地の悪さも感じていますので。ここは口にさせてもらうとしましょうかね。


「私に会いに来て下さったことは光栄ですが……えー、敬語はどうぞお止め頂ければ」


 不意の俺のお願いに、俺の前にまで来ていたアルベールさんはわずかに目を丸くされていました。


 やっぱり、アルベールさんは気になんてしていなかったようで。でも、俺は気になるわけで。


 人間の人たちから敬語なんてねぇ? 正直、違和感しかないですし。


 例外はアレクシアさんぐらいですが、あの人は普段の延長で敬語を使っておられるだけで。俺をことさらに敬おうとか、そんな意味はまったく無くて。


 でも、アルベールさんやマルバスさんは、どうにもこうにも、あえて敬語を使っているようで。俺に敬意を示そうとされているようで。それが、俺にとっては何ともむずむずすると言うか、居心地の悪いものと言いますか。


 なので、こんなお願いになったわけですが。


 アルベールさんは興味深そうに「ふむ」とうなられました。


「どういうことでしょうか? へりくだった言葉遣いはお嫌いで? なかなかの豪傑肌な方なのですかな?」


「い、いえいえ。そうではないのですが、私はドラゴンですから」


「あー、なるほどですね。ドラゴンに敬語を使うなんて、私も式典ぐらいのものですが。違和感がありますかな?」


「正直、はい」


「ははは。そうですか。でしたら……まぁ、俺も、ちょっと違和感はあったからね。喜んで、くだけさせてもらうよ」


 大貴族の四男殿は、それこそくだけた笑顔を俺に向けて下さったのでした。


 なんだかホッとしました。


 そもそも、人間と会話していること自体に違和感があるのですが、それもこれで多少和らいだような気がしますし。


「でもさ、そっちも敬語なんていいよ。君はドラゴンなんだから。俺は貴族だけど、人間社会のアレコレなんか気にする必要ないだろ?」


 ただ、アルベールさんは笑顔でそんなことをおっしゃってきましたが。


 え、えーと、それは確かに。犬、猫が人間の社会的立場なんか気にしないようなもので。ドラゴンである俺だって、気にする必要は無いのかもしれませんが。


 しかし……うん。


「娘さんの……サーリャさんのご友人ですので」


 娘さんが敬意を払う人に、敬語を外す気になんてさらさらなれないわけで。そうです。この人は、娘さんが……今は囚われている娘さんがいい人とおっしゃった人なのですから。


 にわかにです。


 アルベールさんは真剣な顔になられて。


「もちろん強要なんてする気は無いけど……魔術の鍛錬はやっぱりサーリャ殿のことを思ってのことなのかい?」


 忘れていた焦燥感といら立ちが蘇ってきました。


「……そりゃ、そうですよ」


 返答にも、いくらかいら立ちがにじんでしまったと思います。娘さんが囚えられてしまっている。これ以外に、俺の行動原理になり得るものなんて無くて。


 アルベールさんは表情を変えられました。


 真剣な顔から、不思議な笑顔へ。


「そっか。それは頼りになるし……ちょっと嬉しいかな」


 俺はわずかに首をひねります。


 言葉を操り、魔術を行使するドラゴンを味方に出来る。それを頼りになると表現されるのは分かりますが、ちょっと嬉しい? 味方に出来て嬉しいと、そういうことなのでしょうか? なんだか、そんなニュアンスとは少し異なっているような気がするのですが。


 アルベールさんは笑顔のままで語りかけてきます。


「ちょっと聞いて欲しいことがあってさ。他の人たちには話しづらいことで。いいかな?」


 そしての、この尋ねかけでしたが。


 ここに、アルベールさんがちょっと嬉しいとおっしゃった意味があるのでしょうか? 


 よく分かりませんが、それはもちろん。娘さんを助けたくても、何も出来ないこの現状。今さらな魔術の鍛錬にふけっていても特に意味は無くて。


 アルベールさんに聞いて欲しいことがおありなら、もちろん聞かさせて頂きますとも。


 俺が頷くと、アルベールさんは嬉しそうに頷かれました。


「ありがとう。じゃあ、早速だけどさ。俺は別に大義のために裏切ったわけじゃないから」


 ん? と、ならざるを得ませんでした。


 

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